転生者 黒いモヤをお祓いしてみる


 翌日、教室に入ってくる与謝峰さんの様子が明らかに変だった。動きはぎこちなく机にぶつかるわ、手を振る挨拶がカクカクしてるわ、筆入れの中身をぶちまけるわ、教師の質問にはいつもは完璧に答えるのに質問自体を聞いていなかったり……休み時間になると心配になったのか鈴香に連れられてどっかに行ってしまう。そんな二人を後目に海斗が話しかけてくる。


「優斗、なんかやったな?」

「おう、一緒に頑張る事にした」

「そうか、一緒にか……落ち着いたら色々教えてくれ」

「落ち着いたらな」


 本当に落ち着くといいな、与謝峰さんの話しを要約すると黒のモヤをなんとかしないと俺達はハッピーエンドにならないみたいだからな。本気で魔力の鍛錬しないといけない。黒いモヤを少しずつ出して貰って少しずつ浄化の繰り返しになるんだろうか?あれ?そう言えば浄化の力なんて前世では使えた事無かったような気がする。浄化は兄さん達と女神様の専売特許だったような?俺は前世では浄化の訓練を直接見た事が無いな……どうやればいいんだ?



 ぎこちない与謝峰さんも週末になるにつれて通常運転になってきた。それでも時々ちらっとこっちを見るたびに変な動きをする。スマホでやり取りをする上ではそこまで変な感じでは無いのだが不思議な感じだ。スマホと現実では情報量が違うからだろうか?そんな感じで土曜日を迎え、いつもの廃工場に行く前にコンビニで落ち合う。




「私ばっかり意識してるみたいでずるいと思うの!」


 開口一番で頬をやや赤く染めた与謝峰さんがクレームを入れて来た。


「?なんでだい?」

「なんでって、その、俺はいつも通り!って感じが……私はこんなに……なのに」

「すまないが、大分前から俺は色々とおかしいぞ?」


「……え?」

「週末に女の子と会おうとするとか、女の子が病気だから様子を見に行ったりとか、女の子が愛しくて抱きしめたりとか、以前の俺と比べると大胆な行動すぎて自分でもビックリしているんだけど」



 与謝峰さんの顔がさらに真っ赤になって行く。前世の妹が「兄ちゃん、気持ちはストレートに伝えた方がいいと思う。花にたとえたり、星座にたとえたり回りくどい事をいっても伝わらないよ!」とかなりの真顔でアドバイスしてくれたのを思い出したのでなるべくストレートに色々言う事にしてみた。かなり恥ずかしいがしょうがない。


「い、行くわ!」

 


 与謝峰さんが自転車を全力で漕ぎはじめて先に廃工場に向かう。なんか吹っ切れてからは感情をちゃんと出してくれる様になってくれた。他人行儀では無く気を許して来てくれてるんだろうなと思う。そんな事を考えていると大分離されてしまったので慌てて俺も自転車を漕ぎ出し後を追う。





 いつもの廃工場についた俺たちは各々準備を始める。


「やっぱり、ちょっと……落ち着く時間を希望します」


 深呼吸をしてスーハースーハーする与謝峰さん。しばらくすると落ち着いて来たようでバックから何枚か紙を取り出す。


「あれ?それって……」

「そう、魔法陣」

「俺がいない時にやっちゃダメって言っただろ?」

 

 慌てて魔力感知を行い、与謝峰さんから黒いモヤが出ていないか確認する。出ていないな?


「大丈夫、これ、3歳くらいの時に描いたやつだから」


 確かに少し歪んでいる線で書かれたものだった。歪んでいるが3歳で書いたとはとてもじゃないが思えない、前世の記憶があるとすごい物なのだな。


「流石に細かいところは忘れてしまうだろうな……と思って小さいながら必死に書いたの、あ、すまないけど、コレに武器強化の要領で魔力を流してくれる?」


 与謝峰さんが俺にチョークを渡してくる。良くわからないがチョークに魔力を込めてみる。こんな感じで良いのだろうか?


「あ、もう少し強めて……あ、それくらいでストップ」


 魔力を通したチョークを俺から受け取った与謝峰さんはコンクリの地面に紙を見ながら魔法陣をかきはじめる。かなり手際が良い。殆ど記憶しているんじゃなかろうか?


「どう?私に黒いモヤでてる?」

「大丈夫そうだね」


 与謝峯さんは鼻歌でもでそうなくらいウキウキした感じで魔法陣を書き上げる。全部描き終えて一通りチェックをしたかと思うと、辺りを見回し少し離れた場所に似た感じで魔法陣を書いていく。俺はもちろん魔法陣にそこまで詳しくないので、どんな目的のものを書いているのかがわからない。


「なんの魔法陣?」

「空間転移ってやつね。コレができると空間系の色々な魔法が使えるかも」

「あれ?この世界で使えるの?」

「こうやって住所、空間座標、方向、ものの大きさなどを指定して文字に起こして魔力を流すとやっと使えるの、魔法陣無しだと絶対に無理だね。漫画みたいに何もなしで空間移動は難しいよ。念じてヒュン!って瞬間移動とかね」

「そう言うものなのか」



「それじゃ、私が魔力を使うね、ドキドキしてきた……」

「もっと簡単なもので試すと思ってたよ」


 確か魔法陣にも色々あって、物を軽く光らすだけ、浮かすだけ、風をそよがせるだけ、など学校で習った記憶がある。そんな俺に気が付いたのか与謝峰さんがモジモジしながら答える。


「……本当は魔法使ってみたかったの。17年も待ったんだから……折角だから一番試したいことをと……」

「わかった。それじゃ遠慮なくやってくれ」


 こくんと与謝峰さんが頷いた後、聞き取れない言語を呟きはじめる。呪文ってやつだろうか?魔力が高まってくると魔法陣の方が淡く光り出してくる。それと同時に与謝峰さんのお腹の辺りから黒いモヤ、いや触手?の様なものか吹き出してくる。魔法の盾の時より多いな。

黒いモヤに気が付きつつも詠唱を止めず最後までできた様だ。魔法陣の線が光だした後に線の色が白から赤い色に変わる。


「うん、出てるね黒いモヤ、それじゃぁ、お願い」

「では遠慮なく行くよ」

「えっ?」


 与謝峰さんを優しく抱きしめて黒いモヤよ消えろのイメージで浄化を始める。強めにやって一気に消した方が楽だろうから一気に魔力を注ぎ込む。


「くっ……」


 痛みが予測出来たせいか我慢した感じの声を発する。黒いモヤはどんどん光となって消えて行き、腹の中に吸い込まれる様に消える。なるほど、あそこ……か与謝峰さんの背中、黒いモヤが消えた辺りに浄化の力を集中してみる。反応無いな……この浄化パワーだけでは腹の中までは届かない様だ。


「あっ、ふぁん、んふ」


 与謝峰さんの声が苦痛の声からリラックスした声になったので魔力を注ぐのを止める。


「どう?」

「ふぅ……消えたけど、身体の中にはまだあるイメージね……厄介ね」

「もう一つ魔法陣あるからまた試すかい?」

「そうね……安全とは完全に言えないけど試して行かないとね。……ところで、毎回浄化の時は抱きつくの?」

「そのつもり……だめか?」

「別に……いいよ」


 そう言いながら与謝峰さんが俺から離れ、次の魔法陣まで歩き出す。



「あ、忘れてた」


「え?」


 再び与謝峰さんがくるりと回転し俺に抱きつく。あれ?何が起きてるの?浄化終わったよ?


「ありがとう、羽雪くん」


 若干顔の赤い与謝峰さんが上目遣いでお礼を言ってきた……想定していなかった行動と発言に俺は顔から火が出るんじゃかいかと言うくらいカーッとなった。


「!ふふ、やった!いつもの仕返し」


 そう言い放った与謝峰さんも耳まで真っ赤になってた。


「ず、ずるい」

「あなたでもそういう顔するのね?」


 与謝峰さんがからかう様に微笑んだ。しばらく俺たち2人には冷却時間が必要だった。



「さて、次行きましょう!」



 魔法陣に呪文を唱えながら魔力を流すとまた黒いモヤが発生。魔力を流して見て魔法陣間で空間転移をさせて見ても発生。試しに基礎魔術を使用してもらったが、それでも発生。と言った感じで魔力を使用した時は何をやっても発生する様だった。段々と黒いモヤの勢いが弱くなるのを期待していたがそういう感じでも無さそうだった。


「黒いモヤは簡単には減らない、増減している感じはあまりないので大量に体内にある。もしくは私の魔力を変換して黒いモヤになっている可能性があるわね。使用する魔力が多いと大量発生、こちらは魔力の使用量に応じて増えると考えて良さそうね」

「そうみたいだね……残念、簡単にはいかないか?あ、そうだ、俺が知らない魔法使ってみてよ?」


「……そうしたいのは山々なんだけど、魔力切れみたい……」

「やっぱりあるのか魔力欠乏」

「今のあなたか異常なのよ、どうしてかしら……どう考えてもこちらの世界の方が魔力を持てないはずなんだけど」


 そう言うと与謝峰さんがふらふらとこちらに歩いて俺にもたれかかる。そのまま膝の力が抜けてがくんと体がずり下がる。俺は慌てて抱きかかえた。



「……寝ちゃってる……魔力切れってこんな感じだったなぁ」



 ふと記憶の中で練習中に魔力切れを起こして倒れる自分を思い浮かべた。確かに俺の魔力量は前世と比べるとおかしいわ。一日中使い続けても全然切れる気配ないし、毎日連続で使っても魔力欠乏で倒れる事もない。


 それから俺は与謝峰さんに浄化魔法と回復魔力を流し続ける。30分くらいで目を覚ます。もう夕暮れ時だった。そろそろ家に帰らないとダメなんだけどなぁと思いつつまったり過ごす。可愛い寝顔だ。



「……寝ちゃってたのね……ありがとう……魔力量が少ないかも、この身体」

「そうか」

「明日は厳しいかな」

「魔力の完全回復は3日は掛かる……だったっけ?」

「そうね、まさか転生して初めて魔力欠乏を経験するとは」

「転生前は魔力多かったんだ」

「うん、特大魔法を使わない限りは使い放題くらいな……あ!え、えっ?」


 与謝峰さんが俺に膝枕されている事に気がつき慌てて起き上がる。


「あ、ありがとう?」

「どういたしまして」




「さっ、帰ろ」

「うん」


 魔法陣はさすがに怪しいので、上に落ち葉とか砂をかけて隠す。一度魔力を通すと、別にむき出しじゃなくても機能するらしい。後片付けと帰る準備をして2人で自転車を置いてある場所まで歩き出す。



「ねえ?私たちちょっと頑張りすぎだよね?」


「あー、まぁ凄い頑張ってるよね」

「明日くらい息抜きしない?私の魔力の回復も完全じゃないだろうし……」

「えっ?」


 俺はあまりの唐突さに一瞬、思考能力がゼロになった。あれ?それってデート?俺の顔が再び赤く染まる。これバレてるよな……与謝峯さんが俺の顔を見て軽く微笑む。


「それじゃ、明日は駅前のエーオンで遊ぼうか」


「わ、わかった」

「……あれ?いや?」

「……嬉しい、とても」


 与謝峰さん顔が一瞬で真っ赤になる。多分俺も変な顔になってると思った。






■とある土の中で


『邪神の残滓を検出……ロスト……再検出……ロスト』


『最重要ターゲットの可能性あり、巨大な魔力反応のあり、接触を試みます』


 ガーディアンと言われたものは地中から地面を破壊して飛び出す。改めて方向を確認するとかなりの速度で走り出した。





■とある別の世界で


 薄暗い石造りの部屋の中、複雑な機械の中に魔法で生成されたような3Dモニターに赤く光る点が映し出される。それを観察する人影が複数ある。


『おっと?今の反応大きかったんじゃ無いの?』

『はい、出たり消えたりしてる感じですね。』


『クックック、じゃあ次の大きな反応出たらぶち込んでみようか?』

『可能なのですか?』


『ああ、出来るさ、奴らの魔法陣まるっと盗ませてもらったからな』

『私が行った方が確実では?』


『違う神の世界には生物が行っちゃいけないルールだからな、モノならなんの問題も無い、もっとも魂が行くのは大丈夫みたいだかやってみるか?転生しちまうぞ?』

『い、いえ』


『クックック……17年待たせてくれたな……賢者ちゃん……』


 相変わらずメチャクチャな神の言う事に困惑しながら振り返ると、大量の人型のなにがが音もなく立っていた。

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