転生者 土曜日の午後の練習をする

 一旦自宅に戻って動きやすい服装に着替えた俺は、待ち合わせ場所に自転車で向かう。自転車を漕ぐときにも足に魔力を込めるとほんとスイスイと進んで面白い。セルフ電動アシスト自転車の様だ……もちろんそれなりに疲れるけど……


 待ち合わせの目印のコンビニの前に近づくと電動アシスト自転車に乗った与謝峰さんを発見する。あちらも俺に気が付いた様でひらひらと手を振りながら近づいてくる。


「羽雪くーん、時間通りだったかな?」

「おそらく」


 お互いに自転車を止めて向き合う。パンツスタイルで地味だけど洒落た感じを醸し出していた。普段ぼさぼさな髪もまとめられて綺麗になっていた。まぁ、そりゃ男子の話題になるくらいだなぁ……と改めて思った。


「えっと、どこで練習する?」

「いい場所があるんだ。付いてきて。知る人ぞ知るくらいの場所だから」

「この辺は割と詳しいはずだけど……どこだろ?」



 自転車で与謝峰さんが先行して案内してくれる。電動アシスト自転車じゃないときつい勾配の坂道を上り進んだ所で地元民じゃないとわからないような脇道に着く、放棄されて時間がかなり経ち、ひびの割れ目から草が生えたボロボロのアスファルトの道だった。


「この先に廃工場があるんだ、十年前か、それ以上昔のものみたいだけど、そこなら人目に付かないし、ある程度音がしても大丈夫だと思うの」

「行けるところまで自転車で行くか?」

「そうだね、もうちょっと行けそうだね」


 俺たちは自転車でこれ以上いけなさそうな所まで進み、徒歩に切り替える。舗装よりも長い雑草の方が多くなって道も凸凹だ。


「フフッ、なんか冒険している気分だね」

「そうだねぇ……」


 前世では山道なんて当たり前のように散策していたから懐かしさと、日本の安全さを噛み締める気分だった。前世ではこんな道歩いたら獣やら魔物やらに襲われるのが当たり前だったもんなぁ……


「あ、あそこ」

「おお、なんでこんな所に?」


 確かに草木の先に廃工場があった。入れないように色々と封印されているけど隙間が多くて入り放題になっていた。もちろん立ち入り禁止!の張り紙や看板が至る所にある。


「かなり昔の工場に見えるね」

「私も7年くらい前に見つけたんだど、その時もかなり昔だろうなぁ……と思ったなぁ」


 アスファルトとコンクリ部分などが上手い具合に雑草の浸食を防ぎ、ちょっと運動できそうなスペースがそこら中にある。工場自体も扉の施錠が壊されて半開きになっている。窓もほとんど割られていて雨風が入り放題だ。ザ・廃墟と言った感じだ。


「確かにここなら、あまり無茶をしない限り大丈夫そうだな」

「さすがに爆発はダメだと思うよ。音が大きすぎるから誰かに探してください!って時に使うしかないんじゃないかな?」

「まぁ、爆発なんて現代じゃ使わないよな……」

「?現代……」

「……ああ、戦争でもない限りって事」


 現代……前世と今世が入り混じりすぎて若干表現が覚束ない時があるが、この事も相談した方が良いのだろうか?いや……もうちょっと信頼できるかどうか確認してからの方が良いよなぁ……とりあえず、今日の二人の様子見ると仲の良いであろう鈴香には話しをしてないみたいだしなぁ……




 満面の笑みで与謝峰さんが言う。


「それじゃぁ、魔法を教えてもらいましょう!」

「えーっと、どうすればいいんだろ?」

「え~~~?……使えるのに教え方がわからないパターン?んー、そうだ、最初に魔力を感じた時の事を教えてもらえれば、私もそれをなぞって行けば出来るかも」

「あーなるほど」


 確か記憶が戻ってからは、前世の記憶を頼りにやり方をなぞってやったんだったな、余りに自然に出来ちゃったものだから深く考えたことがなかった……って事は俺がやった通りにやれば出来ちゃうものなのかな?


「まず腹の奥の方……この辺に流れる魔力を感じて練る……力を集中させて混ぜ混ぜするんだけど……」


 俺が指で腹の真ん中あたりを指して説明する。この場所を現代ではなんて言うんだ?あ、前世でもわからんかも?


「この場所なんて言うんだ?」

「丹田って言われている場所かなぁ?」


 与謝峰さんがしばらく集中して何かをしている。魔力を感知してみるが全く魔力が溜まっている気配が無い。あれ?与謝峰さんのお腹当たりに黒いモヤみたいなのが出たり入ったりしている様に見えるけどなんだろ?


「ん~?わからないなぁ……」

「どうやれば伝わるんだろ……ってかできるのか?」


 お手本として俺が魔力を練ってみる。確かに丹田と言われる場所だ、何か前世の世界と共通するものがあるのだろうか?……あ、どちらの世界にも人間がいる。思いっきりあるじゃないか……と自分で突っ込む。


「あれ?」


 俺は魔力感知を強化して与謝峰さんの体全体をくまなく見てみると、今度は与謝峰さんの目にうっすらと魔力の流れが見える。どういう事だこれは?わけがわからん。


「え?どうしたの?」

「与謝峰さんの目に魔力が流れているように見えるよ」

「……え?……魔力が見えるの?」

「うん、ちょっと前に魔力感知を思い出して使ってみたんだけど、こう魔力を練ってうっすら―と広げる感じ……魔力ソナーみたいな感じかなぁ?」

「……そ、そんな事もできるのね……あれ、漫画にある敵の気配を察知!とかあんな感じ?」

「あーそれそれ、そんな感じ、でもFPSの気配察知の方が近いかなぁ……視覚的にわかる感じだし」

「FPS……銃で撃ちあうゲーム?だったかな?」

「そうそう」


 しばし与謝峰さんが考え込む。ゲームの話はやっぱりわからんよなぁ。家庭用ゲームだったら分かるだろうけど、FPSは男子ばっかりで女子はあまりやらないものね。



「……私の目に魔力が流れてるって事は、私にも使うチャンスがあるって事だね」

「そうみたいね、俺も近所とか街中とか学校とか、色々なところで魔力感知してみたけど、全然ヒットしなくて諦めてたところだよ。魔力持った人っていないのかなぁ?」

「うーん、わからないなぁ、私、もうちょっと頑張ってみる」



 与謝峰さんが丹田に手を添えて何やら頑張り始めた。俺はそんな彼女を傍目に見ながら、とりあえず魔法の練習をしたかった事を端から試してみる事にした。


 まずは復習を兼ねて火と風の操作を個別に、こちらは前回と同様で順調にコントロールできる。練習の合間に魔力感知を挟む。与謝峰さんみたいにこっそりと見ている人も探さないとな……うん、人の接近は無い。動物の気配はやっぱり森の中だとかなりあるなぁ、小さい生物ばっかりだけど、頑張れば微生物も見えるのだろうか……?


 次は前世の記憶では苦手だった、水、土のコントロールをしてみる。これが思いのほか上手く行き、水を生成した後に水芸の如く動かしたり、土の穴を作ったり槍状のものを出したり引っ込めたり割とイメージした通りに出来て面白い状態になった。


「すごいね、自然のものを全部動かせるの?」

「自分でもびっくりしてるよ、火と風だけだと思ってた」

「なるほど……あとの自然っぽい現象と言えば……光とか影とか雷とかは動かせたりしないの?忍者漫画みたいに」

「おお……試しにやってみるか……あの忍者漫画は好きだからイメージできるかも」


 今日の練習予定に無かった光と闇と雷も練習してみる。


 光を急激にフラッシュさせたり、ふんわりと周辺を照らすライトみたいになったり、暗いボールになったり、俺のイメージがそのまま出てくる。ただ、影縛りやら光の剣なんかは出来なかった。周囲の明るさと暗さをコントロールするだけだね。魔法で作る光には明るさ自体には熱が無く、熱と明るさが別になっていると言う現代科学の常識と違った原理で動いている様たった。赤外線!とイメージしてみてもうまく行かなかった。もっと光の原理を勉強しないとだめなのかな?


 雷の操作もやってみたかったが、遠くの方に小さな雷を出せる事を確認したが、小さくても結構な音が出たのでこれ以上は練習をするのを諦めた。


 それにしても色々やったけどこんなに魔力が持つとは思いもしなかった、前世の体だったらとっくに魔力切れを起こしてぐったりしていたと思う。魔術師と言うより、大魔導士クラスだわこれ。


「本当にすごいね、何でもできちゃう感じ?」

「ほんとに……大道芸人になれるわ、これ」

「え?……なんで大道芸人??」

「だって現代でこの魔法使って何が出来るかって……剣と魔法の世界とかだったら魔も……モンスター倒したりする……だろ?」

「ああ、どうやってお金稼ぐかって事ね。んー確かに剣と魔法のゲームの世界だったら攻撃魔法撃ってモンスター倒すものねぇ」



 与謝峰さんがちょっと色々考えている様で思案にふける。その間に俺は身体能力強化の練習をしてみる。丁度良く開けた場所が多々ある場所だったので、徐々に体に魔力を込め、徐々にスピードを上げたり力を上げたりしてみる。もちろん体が壊れない様にパワーアップと同時に耐久力を上げる方に魔力を割きつつ慎重に強化をしてみる。廃工場の壊れ具合が良いアスレチックになって色々と飛び回って遊んでみる。ただし筋肉痛が怖いので強化倍率はかなり下げてだが……それにしても面白い。パルクールの動画やってる人以上の……いや、これは蜘蛛男レベルかも?


「なんか、人間辞めちゃってるくらいの動きね……」


 与謝峰さんの驚いた雰囲気の発言に思わずピタッと止まってしまう俺。あれ?そこまですごい事になってるの今?全力までだ出してない状態なのに……


「ねぇ、魔法感知してる?今の状態を見られるとさすがに不味いと思うよ」

「あ……忘れてた」

「羽雪君って凄いけど……抜けてるのかな……?」

「うっ……ちょっとはしゃぎ過ぎました」


 すぐさま魔力感知の範囲を広げてみる。とりあえず周囲に人の気配は無い。遠くから望遠鏡で覗こうにも出来ないくらい草木が多いから大丈夫だろう?衛星とかヘリコプターからなら見えるけど、上空から見たら豆粒以下でブラーがかかるから認識できない……よな?


「大丈夫そう……だな」

「ふぅ……良かった」


 与謝峰さんは安心したようで一息ついてから話しをはじめる。


「さっきの自然現象を操る魔法でのお金稼ぎの話だけど……大道芸人でもいいかもね……あとはマジシャンになって、種がありますと言って魔法を使ってカバーして今までにないすごいショーをするとかだね。ラスベガスの凄い人達と同じくらいの事が出来そうだし」

「ああ……そうか、木を隠すなら森ってやつね」

「それか裏の社会の暗殺者……現代では証拠が残らないからやりたい放題……カメラだけに気を付ければなんとかなるかなぁ……」

「それは……出来たとしてもちょっとやりたくない……」

「あとは水を生成する魔法を使って恵まれない地域に行って慈善活動……どれくらいの威力が出せるかわからないけど、自然系の魔法って使いどころに困るものなのね……」

「その辺は俺も考えた、魔法を使うより科学の方が明らかに凄いもんな」

「自然系魔法の使い道はもうちょっと色々考えないとダメみたいね」

「そうだね……」


 破壊系の超能力者同士のバトルの物語は良くあっても、破壊系の超能力を使った金儲けの物語はあまりないことに気が付く。俺の見た映画や漫画の登場人物の自然系の能力者なんて、みんなバトルしあってるぞ?バトル以外だと土魔法なら土木工事……だけどこれもどう考えても現代の重機使った方が早そうだものな。一瞬で家一軒分の土を掘り返せるとかじゃないと意味がなさそうだ。


「さっきの身体能力アップの方が現実的……かなぁ……どちらにしろ金儲けに使うと、プロになって有名になっちゃうね。加減も難しそう……フットサルの時は使ってなかったの?」

「ずるいと思って使わなかったよ」

「あれ?でもなんか調子が良すぎとかみんな騒いでなかった?」

「ああ、あれはなんか、こう、五感が研ぎ澄まされると言うか……そんな感じだった」

「魔力の影響なのかなぁ?……丹田とかなんか体に良さそうだものね」



 ちょっと考え込み始めた与謝峰さんがふと思い出したように言った。


「あ、私の魔力トレーニング!頑張ってるけど、どう?」



 魔力を溜めてる様な動作をしているが……全然溜まってないな、黒いモヤは相変わらず見え隠れしてるけど……どうすれば良いのだろうか?魔力を流す……みたいな事お師匠様達がやってたな……



「ダメっぽいなぁ……ちょっといい?」

「ダメかぁ……なにするの?」


 俺は与謝峰さんのお腹のあたりに手を触れ微弱な魔力を流してみる。こうやって腹の魔力の根源の様なものに直接魔力を流して体に魔力を流す、そうすると魔力をうまく使えなかった子供達も使える子が出てくる……だったような気がした。


「ひゃん!」


 与謝峰さんがビックリして後ずさりする。ちょっとかわいい声だった……



「ちょっと、いきなり何するの!」

「ごめん……魔力を流すと覚えられるかな……っと」

「……今のが……魔力?なのね……電気が走ったかと思った」

「……電気??ビリビリする感じ?そんな感じではないはずだけど……?」

「電気みたいな感じじゃないのね?他人に流すとそうなるとか?」

「うーん……よくわからないな……」

「って、女の子のお腹にいきなり触るのはだめだよ」

「あ、すんません……その、丹田に魔力をながそうかと……」


 あれ?黒いモヤみたいのは消えているな、アレはなんだったんだろう?疑問に思うが今は見えなくなってしまっているので良くわからなかった。そうやってお互いに色々と練習している内に日もかなり傾き夕方になりかかっていた。


「あ、そろそろ帰らないとね」

「んだな、この辺は電灯無いもんな」


 与謝峰さんと廃工場を後にし、自転車で家路に着いた。今日は色々練習が出来たと思う。与謝峰さんと話をすると色々とアイディアがわくので非常に助かる。あとは二人で検証をすると客観性が上がるので1人で悩むより大分良い気がした。家に帰ると魔力の使い過ぎの疲労からか、すぐに眠りについてしまった。


■とある街の中で……


 人型のなにかは市街地に来ていた。遠くから人間を観察している様だ。


『類似した文明に該当するデータなし。人型の生命体は行動、サイズなど人型のデータとほぼ合致。通貨の流通を確認。魔法器具の使用を確認。馬車型の魔法器具を確認。類似点が多いが、異世界と断定』


 人型のなにかは自分の体がむき出しなのを確認する。肌の様な質感だが、女性とも男性ともわからない中性的な体つきをしていた。


『言語の習得と同時に、潜伏のためこの世界の衣服を獲得する必要あり』


 人間型のなにかは人知を超えたスピードでゴミ捨て場らしき場所に移動し、捨てられた古着を探し出した。そのまま屋根の上までひとっ飛びでジャンプして移動し一般的な女性もの衣服を着る。


『衣服を獲得、この文明の一般的な服と思われる』

『これより町に潜入し言語の習得を図る』


 商店街を歩く人型のなにか。周りの人間がちらちらと人型のなにかを見てくる。人型のなにかはしばらく様子を観察し、自分の容姿や足に人の注目が集まっている事に気が付く。


『この文明においては裸足で歩く事は無い模様、靴の獲得が必須。髪の色なども類似したものに変更する必要あり』


 人型のなにかは商店街の靴屋に入り靴を物色。店員にどこから出したかわからないコインを投げて渡し靴を履いたまま店を出ようとする。店員が慌てて人型のなにかを追う。


「ちょっとお客さん、こんなおもちゃのお金……えっ?重い?あれ?なんだこれ本物の金貨か?どこのお金だこれ?」


 人型のなにかは人知を超えたスピードで移動し姿をくらます。人気のない場所に移動し、もともと水色だった髪の毛の色を黒寄りの色に変更する。自由自在に髪の色が変えられる様だった。そして人型のなにかは再び町の人混みに交じりゆっくりと歩き出す。


『!力の反応を感知。極めて微弱』


人間型のなにかは突然何かに気が付き、向きを変えて人間が走るくらいのスピードで走り出す。

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