転生者 能力テストを試みる

 放課後一旦家に帰って着替えてから、人目を忍んで近くの裏山の空き地に行く。土地開発を途中で辞めたっぽい砂利に覆われた場所で、地元人だけが知る隠れた穴場だ。小さい頃に夏休みに良くここに遊びに来たもんだ。妹の話だと今はこの場所は親バレしたらしく、小学校から出入りが禁止されていて小さな子供達の姿は今はない。


 さてと、まずは魔力の循環テストだ。転生前の記憶によると、魔力を体に纏わせて身体を強化し、炎と風を操っていた……と記憶している。現代では見たこともやった事も無いはずなのに、さも昨日見たかの様に記憶の中で再現している……不思議な感覚だ。


(確か……魔力を腹の底から練り込む様に膨らませて体に循環させる……だったな……)


 前世でやっていた通りに頭の中で魔力のイメージを固めると、腹の底から魔力の流れを感じる。何十年とやってきた事だから簡単だ。


(ああ、何十年とやったんだったな……)


 記憶が飛び飛びになっているが、体が……いや……魂が覚えているのだろうか、すんなりと魔力を体に纏わせることができた。


 力を込めて地面を蹴ると、朝の時と同様に物凄いスピードで加速する。試しにジャンプをすると、あり得ないくらいの高さまでジャンプできた。凄いと思うと同時に懐かしいとも思った。思わず顔に笑みがこぼれる。意識と記憶がズレている不思議な感覚だ。記憶を更にたどり、側転、バク宙など現代の体操選手まがいのこともできる様になっていた。どんだけ鍛錬してたんだ、前世の俺は……


「これは……すごいな」


 思わず口から独り言が出てしまった。羽雪優斗と言う一般人である自分と、記憶の中の転生前の自分の微妙な感覚の違いに戸惑うばかりだった。


「魔法はやっぱり無理かな?」


 魔法は魔力を媒介に精霊の力を借りて発動する……と師匠が言っていた。


(師匠は人では無かったな……獣人ってやつか?狐の様な人だったな……)


 精霊なんてのを生まれてこの方見たことも無かったので、出来るかどうかわからなかった。とりあえず、体で練った魔力を手のひらに集め、火の精霊と交ぜるイメージをしてみる。思った以上に見事に、手のひらに野球ボール大の火の玉が出現する。おお、成功?


「あっちぃ!」


 ビー玉サイズを出そうと試していたが、想像していたよりも熱く大きかったため、なるべく遠くの砂利に向かって慌てて投げ捨てる。


 ボウッ!


 投げ捨てた地点から火炎瓶なんて、目じゃ無いくらいの火柱があがる。


「お、お、おおっ?!」


 あまりの威力に後ずさる。記憶の中の自分が使ってた威力と随分違う様だ。どうなってるんだろうか?精霊力が強いのか?魔力が強いのか?俺のコントロールがおかしいのか?どれだろう?


 とりあえず、火の魔法の方は山火事でも起こしかねないので、風の魔法の検証に移ることにした。持ってきたペットボトルを飲み干した後、二十メートルくらい離れた場所に置き、前世の記憶を頼りに風の魔法を練って放ってみる。


「風の刃」


 半月円状の形で風の魔力の塊が、かなりの速度で飛んで行きペットボトルに直撃。ペットボトルだけではなく、周りの地面ごと爆散する。


 ドーォゥン!


 こちらも記憶とのあまりの違いに呆然としてしまう。ただ目標を切断するだけの魔法のはずが、大砲を数発横に薙いで打ったかの様な跡になってしまっている。どうやら、こちらの世界では全ての魔法の威力が数倍になっている様に感じる。


「ちょっ、これヤバイ!」


 あまりに威力が大きく派手で大きな音がしたので、流石にやばさを感じだ俺は一目散にその場を逃げ出す。あ……見られて無いよな大丈夫かな?見られていてもかなり遠くだから分からないか……



 現状のところは威力に関してかなりの問題があるが、どちらにしろ物凄い力を使えることが確定した。これはあれか、某蜘蛛男とかみたいに日常生活を送りながら、スーパーな事ができるスーパーヒーローになる事が可能なのでは無いだろうか?それか現実路線では身体強化魔法をこっそり使ってプロスポーツ選手にねるとか?卑怯すぎるか?色々と妄想は膨らむが、とりあえず当面は上手く制御できず暴走しがちな魔力を制御する練習かな?


 夕ご飯までには帰らないと……と思い軽く身体強化の魔法の練習をしながら家路についた。明日が非常に楽しみだ。どれだけ上達するのだろうか?




 帰宅して用意された晩御飯を食べながら前世の記憶を整理していく。まず俺は魔物を狩ったりして、もしくは軍かなんかに所属をして生計を立てていたっぽいのは確定。現代だったら猟友会とか自衛隊なんだろうか?


 また、仕事をする際には魔力を使った魔法や身体強化を利用していた。残念ながら転生前の名前や、転生した理由、死んだ前後の記憶はまるで思い出せない。風景などは現代とは全く違い、電気も無ければ水道もない世界だった。ただよくわからないが光っている魔法的な何かが照らしていたりする光景を見た記憶はあった。建築も石造りがメインで高層ビルなどは無く、地球で見たことも無い感じで世界遺産みたいな世界だった。要するに現代の尺度で考えると中世以前の文明レベルだったのかな?


 更に大きく違うのは人間だけでは無く、変わった種族なども普通にいる世界だった。これは思い出す記憶の風景に必ず人間以外の人型のなにかがいるからだ。どういう状況かはよくわからなかった……


 羽雪優斗として生きてきた16年の記憶と、前世の記憶が混じり合い複雑な感じだが、基本的な性格がそこまで違うわけでは無いようで、しっくりと馴染んでいる感じだった。


 魔物を山のように殺している記憶もあるが、特にこれといった感情が出ないのも前世の記憶を思い出したせいなのだろうか?今だったら牛とか殺してもなんとも思わないのかな?


「ちょっと!兄ぃ!それ私の!」

「あ、悪りぃ……」


 何も考えずに、妹の皿のおかずに手を伸ばしていた様だった。


「私の分食べていいから喧嘩しないの。まだおかわりあるから」

「んもう!」

「朝寝坊してたと思ったら、夜まで寝ぼけちゃって……あんまり夜更かしするんじゃないよ」

「へーい」

「今日はちゃんと寝なさい」

「へーい」


 食べるものを食べ終えたらとりあえず風呂に入ってから自分の部屋に入る。風呂って凄い贅沢だよな……と入りながら考えたのは言うまでもない。前世の記憶が蘇ると、この世界にはありがたいと思う事の方が圧倒的に多い気がする。


「宿題やったの?!やってから寝なさいよ!」

「あ、ヤバっ!」


 授業のメモを取ることを忘れていたので、慌てて海斗にスマホのメッセージで連絡をする。海斗は宿題の範囲を丁寧に全部教えてくれた。今日の様子を見て忘れてるだろうなと思ったとの事。


【なぁ、突然だけど優斗は与謝峰さんのことどう思う?】

【どうとは?クラスメイト?あまり話した事無いから分からんよ】

【そうか、特に深い意味はないから忘れてくれ】

【あい】


 あれ?なんかおかしいな。海斗が与謝峰さんのことが好き?なはずは無いな、鈴香の事が小学生の頃から好きだったはずだ。一緒にいる時はテンションが一段階上がるから見ていてわかりやすい。


 与謝峰さんは控えめな眼鏡が似合う美人という感じの印象で、かなり勉強ができた記憶がある。ただ、みんなが集まる場所にあまり来ないので、俺との接点が少なくあまり話す機会がない。高校からは鈴香と仲が良く、一緒に登校したり教室で話をしている様だった。


 ん〜……ちょっと前だったらこれくらいの事を聞いてしまったら、こちらがドギマギしてしまう所だったが、転生前の記憶が蘇ったせいで、随分落ち着いた感じになってしまった。女子たちが言っていると言う、達観した感じな印象なのは前世の記憶があったからだろうか?まぁ、今は転生前の魔力をどうやって、今の俺が使っていくかの方が遥かに興味があり、まだまだ思春期のはずなのに、あまり気にならない状態だった。


 それから宿題を相当な集中力で終わらせ(おそらく間違いが多いであろう)再び魔力の使い方の記憶を探るのと、現代での使い道を色々考えることにした。が、色々考えている内に激しい睡魔に襲われ早めに眠りについてしまった。




 ■とある山の中で……


 ある薄曇りの夜も更けた時間……日本のどこかの山奥で光の柱が立った。光の柱が消えるとそこには人間型のなにか、男性とも女性と見分けがつかない、中性的な見た目の人間型の何かが【何もない】ところから出現した。


『……力を観測した地点からおよそ20日前後離れた場所に転移完了』


 この世界の言語でないものを呟きながら、人間型の何かはあたりを見回す。


『周囲には英知ある生物の反応なし、現在……力の反応……感知できず』


『大気の魔力の反応……かなり微弱。空気成分など登録されている世界の組成との若干の違いを確認、ここを異世界と判断します。これよりこの世界の調査を開始、英知ある生き物の接触、観察を図ってみる事とする。』


 人間型のなにかは人間とは到底思えない速度で暗闇の森を音もなく走り去った。人間型のなにかがいた後には見た目に削ぐ会わない重量のある足跡のめり込みだけが残された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る