第2話 これは過去のお話


 そう、これは過去の話、もう終わった話。

 そもそもなぜ、鈴木たちが吹奏楽部を巻き込む時間遡行騒動に巻き込まれる事になったのか。そのきっかけの話。

 それはとある暑い夏の日だった。鈴木はいつもの如く夏休みの登校日として学校に通っていた。部活動のある者はそちらが優先されるようで。吹奏楽部の演奏がこちらまで聴こえて来た。その音が、鈴木たちは好きだった。龍田も茜も。腐れ縁の三人は互いにつるんで、音楽室まで遊びに行った。扉の前で、音を聴くために。吹奏楽部に知り合いもいなかった三人だったが。それでもと。

 そんな三人を見るに見かねたのが、叶だった。

 四人はすぐに仲良くなった。話が合うわけでも、一緒に遊びに行くわけでもない。ただ叶のフルートを聴くだけの集まり。それだけで幸せだった。だけど――


「コンクール、本当は嫌なんだ」


「知ってる? 呪われた楽譜の噂」


「やっと見つけた!!」


「三人は聴いてくれるよね……」


 ――叶がそれを見つけて演奏するまでは。


 地面がぐにゃりと捻れる感覚、空が溶け落ちるような錯覚。

 その曲を聴くだけで、そんな気分に陥った。そして、時は一人と三人が出会う前まで遡る。遡行する。時間が逆回転する。


 三人がそれに気づくまで何回かかったか。

 気づいた時にはもう遅かった。

 そのループから抜け出すためのピースが欠けていた。

 それは『楽譜』。

 黒い楽譜。それを手に入れるの止めるという行為が間に合わない。

 時間遡行はその時点から始まっている。

 始まってしまっている。

 それを止めなければ、四人がまた笑いあえる日々は来ないというのに。


「どうする」

「そもそも情報源がデジャヴしかないのがな」

「だよねー、先輩も頑固だしー」


 三人は頭を悩ませる。どうにかしてこの悪循環を止めなければと。

 そうするためには。


「とりあえず、先輩に合わせてみる」

「合わせる?」

「それじゃあまた時間が巻き戻っちゃうじゃん」


 鈴木は茜の言う事に同意する。同意した上で。


「俺の提案はこうだ。先輩が演奏するその直前まで展開を持って行く。勝負はそこだ」

「取り押さえるんだな!?」

「男子って乱暴ねー」

「最悪、それでもいい。まずは話を聞いてもらうのが先決だ」

「話ねぇ。私達、先輩の事、何も知らなくない?」

「確かに、フルート好きって事しか知らん。あとはコンクールが嫌い?」


 そう、四人の仲はその程度なのだ。三人は天音先輩の事をそれしか知らない。

 説得なんて土台無理な話だったのだ。だから。取り押さえる?

 鈴木は納得しない。


「確かに俺達じゃ、先輩の力になれないかもしれない」


 主役にはなれないかもしれないけど。やれる事はあるはずだ。

 そう思い、行動を開始する。

 音楽準備室に向かう。そこに天音先輩はいた。黒い楽譜を持って。


「……先輩、それ」

「うん……呪い楽譜」

「……良かったら聴かせてくださいよ。お話しながら」

「いいよ」


 鈴木の提案に天音先輩はノってくる。

 龍田がガッツポーズをすると茜がみぞおちにエルボーを喰らわせた。

 天音先輩は小首を傾げながら、校舎裏へと鈴木たちを導く。


「私のフルートなんて、下手くそなのに」

「そんな事ないですよ、先輩のフルート好きです」

「そうっすよ! 俺、音楽とか分かんないっすけど、先輩のフルートは大好きッス!」

「わたしもー、なんていうか、感動?」

「もう、みんなありがとう」


 黒い楽譜を開く天音先輩。龍田は取り押さえようとするが、それを手で制する鈴木。


「先輩はどうしてコンクールが嫌いなんですか?」

「……!? どうしてそれを」

「風の噂っていうか!?」

「そうそう!」


 龍田と茜がフォローに入る。いささかに早急過ぎたのだ。鈴木は反省する。

 

「そうか、知ってるなら話が早いね。私、人に測られるのが嫌いなの」

「測られたくない……コンクール、辞退は出来ないんですか?」

「出来ないよ、私、こうみえてエースだからね」


 沈黙が舞い降りる。三人はなんて声をかけていいか分からなかった。

 天音先輩がフルートに口をつける。

 取り押さえようとする龍田。茜も追随する。鈴木は静観する。

 地面がぐらりと揺らぐ。空が溶けていく。

 最後に鈴木は天音先輩に問いかけた。


「何度繰り返したってコンクールはいつか来ますよ」


 デジャヴに消える言葉は、天音先輩の胸に刺さった。

 世界はとめどなく逆回転する。

 

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