主人公未満の僕達が
亜未田久志
第1話 彼女をきっと救いたい
鈴木太郎は誓っていた。きっと彼女をこの時間の檻から救ってみせると。
彼女の名前は、天音叶。鈴木の先輩だ。吹奏楽部のエース。ソロパートを任されるエリート。彼女は今、コンクール間際の夏休み、彼女はそんな時間に閉じ込められていた。
鈴木は龍田源太郎に相談する。同じ高校の同級生。クラスは違うが中学時代からの仲間だ。
「この夏がループしてるのは分かってるよな?」
「半信半疑だがな、妙なデジャヴがあるのは確かだ」
「そうだ、何度も何度も夏休みを体験しているうちに俺達はデジャヴを感じるようになった」
「そもそも、なんでそんな事になった?」
「……呪いの曲って知ってるか?」
呪いの曲、それはこの鷹坂高校に伝わる七不思議の一つ、一度、演奏した者は、牢獄に囚われてしまうという、曖昧な内容の怪談。
それを、天音先輩は演奏してしまったらしいのだと、鈴木は語る。
「呪いの曲ねぇ、そんなもの何処にあったんだ?」
「音楽準備室の奥底にあるらしいけど……真偽までは」
「具体的に俺達は何をしたらいい?」
「先輩が呪いの曲を見つける前に俺達が見つけてそれを処分する」
「割と簡単だな?」
「なんか面白そうな話してんじゃーん」
そこに現れたツインテの少女、
「一枚噛ませなさいよ」
なんて切り出して来た。茜はとにかくミーハーなのだ。
とにかく厄介事に首を突っ込みたがる。
「どうなっても知らないからな」
「ウェルカムカモーン!」
「ホントこいつノリいいな」
「ノリがいいって言うのか?」
三人で音楽準備室へと向かう、埃っぽい部屋、鍵はかかっていない。人の気配もしない。手分けして呪いの曲を探す。
「ないな」
「ないね」
「ないよー」
隅々まで探したがそれらしき楽譜は見つからなかった。万事休すかと思われたその時、音楽準備室の扉が開かれる。
「あれ、君達、なにしてるの? 吹奏楽部じゃないよね?」
「天音先輩……」
「鈴木くん? どうしたの?」
「あの、先輩。ここで楽譜、見つけませんでしたか?」
「楽譜? ああこれの事?」
天音先輩が差し出したのは黒地に白字の不気味な楽譜だった。
「変だよね、でもなんか不思議な魅力があるっていうかさ」
「それを捨てて下さい!」
「えっ、えっ、なんで?」
戸惑う天音先輩。鈴木はそれをひったくろうとする。躱す天音先輩。
次に龍田が飛び掛かる。逃げる先輩。茜が追いかける。
「役に立たねーな男子共!」
「「うるせー!」」
鈴木と龍田は急いで後を追う。
「なんなのよーもうー!」
「その曲はは呪われてるんです!」
「そんなの信じられるわけないでしょ!」
天音先輩はフルートも小脇に抱えている。いつでも演奏できる状態だ。
これはマズい。鈴木は焦る。演奏されたら最後、時間は巻き戻され、全てリセットされてしまう。そしたらまたデジャヴを頼りに一からやり直さなければならない。
天音先輩はまたコンクールが始まらない夏休みを過ごす羽目になる。
しかし、遅かった。音楽室に逃げ込んだ天音先輩は、内側から鍵をかける。
「そんなに演奏して欲しくないなら聴かせてあげる。これはとってもいい曲なんだから!」
「先輩待って!」
「マズいぞ太郎!」
「どうするよ、たろーっち」
すると、フルートの音色が音楽室の中から聴こえてくる。不気味ながら、美しいとさえ思える旋律。しかし、それに耳を傾けてはいけない。時間が逆行する。
気分が悪くなる。地面が溶けていく、揺らぐ世界。
ハッと目を覚ます、教室の中、夏休みの登校日。授業中に居眠りをしていたらしい。
何か大切な事を忘れているような、そんな気が鈴木にはしていた。
龍田が声をかけて来る、授業中だぞ。と鈴木は思った。
茜も声をかけてくる。なんなんだいったいと鈴木は困惑する。
「おい、目覚ませ」
「覚めてるよ」
「そうじゃなくてさぁ。またデジャヴ、起きてるみたいだよ」
デジャヴ? 首を傾げる鈴木。二人の言葉を受けて、頭痛が走る。
そうだ。天音先輩――
鈴木は思わず立ち上がる。
「どうした鈴木?」
先生が声をかけてくる。俺はそれに答えるようにふらりと机に腕をつく。
龍田が察する。
「先生ー、鈴木君、具合悪いみたいですー」
「私たちが保健室連れて行きますー」
龍田と茜が、手を挙げる。二人も保健室に連れて行くのに必要かと疑問に思った先生だったが、渋々、承諾した。
そうして三人で教室を出る。目指すは音楽準備室。
鍵は相変わらずかかっていない。扉を開くとそこにいたのは。
天音先輩だった――
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