第22話 大食漢【side:バムケス】


 ――ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。


「な、なんということだ……」


 俺の目の前で、自慢の軍隊が、砦が、要塞が……マウンテングリズリーに蹂躙されていく。

 巨大化しただけで、これほどまでに強くなるのか!?


「すみませんバムケスさま! もうここは持ちません、はやくお逃げください!」


「くそ! 俺の自慢の軍隊が……」


 俺は仕方なく逃げ出す。

 街にも避難勧告が出された。

 俺の国はもう終わりだな……。


「だがこいつをどこかで食い止めないと、大変なことになるぞ!」


「隣国のボルドー王国のドルスさまのもとへ、使いを出しました!」


「よし、優秀だな」


 だが、他国からの援軍があったところで、この巨大化マウンテングリズリー10頭を仕留められるとは思えない。

 我が国以上に軍事力に力を入れている国もないのだ。

 ここ数百年は、組織のおかげで大きな戦争もなく済んでいる。

 なので軍事力に力を入れている国は、よほどの物好きか用心深い奴に限るのだ。


 マウンテングリズリーは戦いながらも巨大化を続け、何体かは城ほどの大きさになっていた。

 これでは、もはや人間にどうこうできるサイズではなくなっている。


「バムケスさま、アレを使いましょう」


「っく……アレか……しかし。いや、仕方がないか……」


 我が国には、緊急用の軍事設備がたくさんある。

 軍事力にだけは金を惜しみなく使ってきたのだ。

 その中でも防衛に特化した最終兵器がこれだ。


「グレートウォール・オブ・バムケス――」


 俺の名を冠した、最終防衛ライン。

 全てをダマスカス鋼で作った、超巨大な金属の壁。

 本来は国の外から攻めてくる敵を阻むものだが、今回はこれで、マウンテングリズリーを我が首都に閉じ込める。

 これは一度発動すれば、破壊することでしか突破できない最終手段。

 まあ、破壊などできないだろうがな!


「まさかこれを使うことになるとはな……」


 さすがのマウンテングリズリーも、素手でこれを破壊することなど不可能だ。

 俺はその最終兵器を発動させるための仕掛けに、手をかける。


「発動だ……!」


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。


 とてつもない地鳴りとともに、地面から大きな壁が姿を現す。

 それは首都全体を覆いつくすほどの巨大な壁だった。

 厚さ3メートルの鋼の板は、大砲さえも通さない。


「よし! これでマウンテングリズリーを街の中に閉じ込めた!」


「街は捨てるしかないが、これでなんとか食い止めたぞ!」


 人類滅亡を俺のせいにされたくはないからな。

 俺の面子にかけても、ここで食い止めなければならない。


 もちろん街の人々は避難済みだ。

 マウンテングリズリーは、壁に傷をつけようと殴ってみたりしているようだが、もちろん大した効果はない。

 いくら巨大なマウンテングリズリーでも、この無敵の城壁を突破することなど不可能なのだ。


「やりましたねバムケスさま!」


「ああ、なにごとも備えあれば患いなしだな」


 俺たちが安心したのもつかの間、壁を確認しに行った別の部下から、報告があった。


「バムケスさま! 大変です!」


「おいおいおい、今度はいったいなんなんだ!」


 もうこれ以上の面倒は勘弁してほしい。


「無限キノコが……壁の隙間から、外に出ています」


「な、なんだと……!?」


 俺の身体から、血の気が引いていく。

 熊を抑えたら、次はキノコか……。


「このままでは、我が国土はキノコに支配されてしまいます!」


「そんな馬鹿な!」


 キノコに滅ぼされた王国など、聞いたことがない。

 そんな馬鹿な話があるか!

 必死に軍事力を鍛えていた俺の大事な国が、キノコなんかに滅ぼされるだと!?

 そんな間抜けな話……。


「今すぐ火をつけろ!」


「そんなわけにはいきません! 今火をつけたら大変なことになりますよ! もうすでにキノコはかなりの範囲を覆っています。ここで火をつけたら、山火事どころじゃすまなくなります」


「ならどうしろというのだ! 黙ってこのまま見てるのか? 火まみれになるかキノコまみれになるかの違いだろ!」


「ですが……」


「っく……」


 もはやどうすることもできないのか……?

 だが、あいつの手を借りることだけはできない。

 あの薄汚いエルフの血を持つ、クソ女。


「シルヴィアさまを頼りましょう! バムケスさま!」


「馬鹿を言え!」


「この惨状をなんとかできるとすれば、あの方だけです」


「エルフだぞ!? エルフなんかに俺の国をいじらせるくらいなら、大人しく滅びた方がましだ!」


 物わかりの悪い部下ばかりでいやになる。

 そもそも、部下たちの管理が悪かったから、こんなことになっているのだ……。


「ばばっばばばばばっばばば……バムケスさまぁあああ……!?」


「なんだいきなり!?」


 急に部下の一人が取り乱しはじめた。

 口を大きく開け、パクパクさせている。

 俺はそいつが指さしている方向を見た。


「な、なんだって……!?」


 なんと、巨大化したマウンテングリズリー……そのうちの一匹が――。


 ――鋼の巨壁にかじりついていたのだ。


「お、俺のグレートウォール・オブ・バムケスが……食われている……!?」


 もちろんかぶりついたからといって、そう簡単に壊れるものではない。

 しかし、確実に、徐々にだが、削れていっている。

 このままでは、月日とともに確実に、破壊されてしまうだろう。


「あいつら、自分の唾液を使って壁を劣化させる気です!」


「っく……脳まで成長しているというわけか……!?」


 兵士の一人が、失禁し、泣き叫び始めた。


「あわわわわわわ……もうだめだ……、この世の終わりだぁああああああ」


「うるさい、泣きわめくな! みっともない!」


 クソ……もうおしまいだな。

 泣きたいのは俺の方だ。

 俺は、その場に座り込んだ。


「バムケスさま……?」


「もう知らん、どうにでもなれ……」


 俺がそこから立ち上がるのに、二日かかった――。

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