カメレオンですら

 変わることが楽しい。

そう思ったのは高校生、たまたま目に入った演劇部に入ってからだった


 自分がじぶんでなくなっていくような没入感、他人の人生を模倣して得られる幸福や哀愁、時には罪悪感まで愉しむことができた。


 そして2年になり、初めてもらった主役。

それはみんなを救う王子様。他の役の人からは羨望のまなざしを向けられたが、自分にとってはその役は何も愉しむことのできない欠陥品のような役だった。


 なぜなら、それは王子様にヒーローを投影しただけの中身が空っぽで心には希望しかないような化け物だと感じたからだ。自分にとってそれはヒーローでもなんでもないただの化け物。演じる価値のない

駄役だった。


 皆がその役を羨んでいる時、自分は気づいてしまったのだ。皆は演じることが愉しいのではなく、目立つこと、より長く舞台に立ちたいと思っているだけなのだと。


 そして少しの空虚感を抱えたまま高校を卒業し、なんとか大学に入学すると、演劇サークルなどには入らず、劇団のオーディションを受けた。また自分が否定されるような気持ちになるのが嫌だったからかもしれないし、そうでないかもしれない。


 劇団に入ってからは高校の時よりも、役を演じている時間が長くなっているように感じていた。それはしあわせだった。自分にとってのいちばんのしあわせ。それを毎日感じていた。


 座長からは天才だと言われ、オーディションを受けると審査員からカメレオンのようだと口を揃えて言われた。


 しかしある日突然、自分のことを役で呼んでしまうことがあってから、自分に違和感が流れ出す。役に入っていない方がおかしいように感じてくるのだ。自分がない。


 その時ふっと気づいた。じゃあ自分には今まで中身があったのか。自分に何か色があったのか。


 からっぽだった。それを満たすことができたのが演劇だけだった。演劇だけが自分の世界に色を注いでくれた。自分に色をくれたのだ。


 自分はカメレオンですらないと悟った。

カメレオンですら最初に色を持ってるじゃないか。

この無色透明な自分を好きになることはない。

ただ演じる愉しさを感じるために、今日もまた空っぽな自分を混ざり合って真っ黒になったインクで満たそう。


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