変幻色彩
さんせっとぼーい
曲がっても
「変わらないって怖いよな」
自称弁護士の男はそう言って、今来た三杯目のハイボールを煽った。
「だってよ、考えとか行動とかがずっと一貫してるやつってそうそういなくないか。」 そう言った男は僕とはなんの関係もない、強いて言うなら駅近の居酒屋で今夕初めて会った10年来ならぬ10分来の関係だ。 「そんなやつがいたらよ、英雄になれるよ。ヒーローだ。絶対に。」男はまだ続ける。
「考えてもみろよ。お前やお前の知り合いの中に、
子供の頃の夢叶えたやつはどんだけいる。」
一応考えてみる。というか考えた素振りをしよう。
「な。片手で数えられるくらいだろ。それだけ初志貫徹ってのは難しいのさ。」
僕はふと興味が湧いて聞いてみる。
「でも、あなたは弁護士なんでしょう。あなたは子供の頃憧れた正義っていうのを貫いてるんじゃないんですか。」
俺が弁護士目指したのは正義なんてそんな崇高なもののためじゃねぇよ。俺は安定して金が欲しかっただけだ。結局は我欲だよ。」
そして右手でお金のポーズをして笑いながらハイボールを飲む。
「もし子供の頃から正義を貫き通し、正義のために欲を捨てたやつがいたとしたらそいつは化け物だな。正義の化け物だ。だって変わらないんだぜ。いや変われないんだ。何か大事なものができても、今もっと好きなものができても、正義は捨てらんないんだ。それってよ怖くないか。」 それを側から見るとヒーローと呼ぶのだなと僕は思った。男は泣きそうな目をして続ける。
「そしてよ、この界隈にはそう言うやつが多すぎるんだよ。そいつらは人一倍いいやつだから、すぐ他人の分の正義感まで背負ってさ、辛そうにするんだよ。」
男は赤い目をしながら熱く語る。
「そんなやつをいっぱい見てきて思ったよ。俺は曲がっても、折れない。そうやって生きてくんだってな。」
男は僕より早くこの店に来ていたので、酔っていたのかもしれない。でも
「曲がっても、折れない」
この言葉は僕の喉につっかえ続けた。
男はハイボールを飲み終え、お勘定を告げた。
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