第2話 答えをください

 しばしその場で呆然としていたが、どうにか重い身体を引きずり、寂れた修道院へと向かう。


 Michal……? と門扉に書かれているのが辛うじて読み取れるが、古い建物は天井すらも崩れ落ち、聖母子像もわずかに足元が確認できるかどうか、といった状態だった。


 祈らねばなるまい。

 罪を、懺悔せねばなるまい。


「主よ……私を、お赦しください……」


 膝をつき、祈りの言葉を口にする。

 声が掠れているようにも感じたが、構わず祈り続ける。


「私も……私も、人を……許します……」


 無理にでも言葉を絞り出し、未だ渦巻く激情にどうにか蓋をする。


 許さなければ。許さなければ。許さなければ……


 司教様は、今の私をどう思われるだろうか。誰にでも気さくに接した修道女ニーナは? 厳格な修道女イザベルは?

 ……あの外道は……司祭エマヌエルは、またしても嬉々として嘲笑うのだろうか。


「神父様」


 肩を叩かれて初めて、ヴィルが近くに来ていたと気付いた。


「地下室に戻りましょ。血も手に入ったし……これで、しばらく篭もりやすくなりました」


 優しげな声に、思わず涙腺が緩む。


「傷は」


 震える声を隠し、尋ねた。


「かすり傷っすよ。なんなら、後で舐めます?」


 その言葉には適当に返し、立ち上がる。うっかりふらついたところを、ヴィルに受け止められた。

 抱き締められ、髪を撫でられ……凍えた心身が、優しい温もりに包まれる。


 もう、耐えられなかった。


「ぅ……、うぅうう……っ」


 脚の力が抜け、崩れ落ちそうになる。

 ヴィルに支えられたまま、私は、声を殺して泣いた。




 ***




 凍えきった身体は、ヴィルの手によって心地の良い熱に満たされた。

 たくましい胸板に頬を寄せ、つかの間の安らぎに身を委ねる。


「……今後のことを、考えねば」


 ……だが、いつまでも休んでいるわけにはいかない。

 またしても、易々やすやすと拠点を暴かれてしまったのだ。どうにか、対策を考えねばなるまい。


「明日でいいじゃないすか。今は休みましょ」

「だが」

「怪我の方、先に癒さねぇと」


 ヴィルの言葉にはっと気が付き、彼の腕の生傷に視線をやる。

 そうだ、ヴィルは人間なのだ。……傷の治りの速度は、今の私に比べれば段違いに遅い。


「そう、だな……かすり傷とはいえ、銃弾を」


 迂闊うかつだった。かすり傷とはいえ、銃弾による負傷だ。周囲が火傷のようになっているし、痛みもそれなりに……


「いや、そっちじゃなくて……」


 だが、違った。

 胸の中心に手を当てられ、残された傷痕が温かい手のひらに包まれる。身を強ばらせる私に、ヴィルは優しく語りかけた。


「もっと、見えないトコ。酷い怪我してんでしょ」


 ヴィルの言葉は、胸の、更に奥深くの傷をも包み込んだかのように思えた。

 思わず涙がぼろぼろと零れ落ち、嗚咽おえつが漏れ出しそうになる。

 咄嗟とっさに口を手で抑え、顔を逸らす。……泣き顔は、見られたくない。


「オレ、そばにいますんで」

「……ああ」


 ヴィルの言葉に応えた声は、震えていた。

 胸と腹の傷痕に優しい口付けが落ちてくる

 慈しむような腕に抱かれ、意識が眠りにいざなわれていく。




 ……主よ。

 この愛は、この温もりは……


 本当に、罪深いものですか?

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