第6話
そして、
九鬼龍作は、女が紙袋を押し込めたコインロッカーから離れようとした時、入れ替わりに、白い帽子を深く被った中年の・・・男とすれ違った。
「おやっ!」
龍作は振り返った。ビビもショルダーバッグから顔を出した。
その男は抱きかかえていたバッグを、下から二番目のロッカーに入れた。彼はキョロキョロと辺りを見回し、誰も見ていないと分かると、平然と龍作とすれ違い、何処かへ行ってしまった。
その頃、豊田の警察署では、橘十三男が被害届を出していた。
橘は警察に届を出すか・・・迷った。
「あいつは、ああ見えても、俺の友達だ。俺と同じに、この会社をやって来たのだ。高々一千万円だ。そのために・・・」
警察に行くのか・・・だが、
「出さない・・・」
理由など、俺にはない、と結論付けだ。もちろん、現金、手形、小切手を持ち去った金谷登の名前も告げた。
だが、新聞などの報道はなかった。金額も少なく、それほどたいした事件にはならないと判断したのかもしれない。それでも、一社だけは被害金額と金谷登り名前を報道した。もちろん、届け出が受理されたということは、県内の警察官に伝達が行き渡っているはずである。
もうしばらく、栄の地下街を歩いていると、
「お久しぶりです」
と、龍作は声を掛けられた。振り向くと、
「おっ!」
と、龍作は声を上げた。
さっき連絡した九重巡査部長だった。
「来てくれたのか」
「はい、どんなものかと気になりましたもので・・・」それに、
⌒念のために、ケンだけは連れて来ています。ええ、上の何処かに・・・ひそめている筈です)
と、耳打ちした。
この後そのコインロッカーに、龍作は巡査部長を案内したが、鍵が掛かっている者を、無断で開ける訳にはいかない。まだ、犯罪になるのかさえ分かっていないのである。
「まあ・・・ちょっと様子をみましょう」
ということになった。
「それより・・・」
と、龍作は言い掛けたが、止めた。
事件性があるのか、今の所分からなかったのだが、
「私は、この辺りを巡回しています」
といい、九重巡査部長は栄の地下街の中に歩いて行った。
「私は約束があるので・・・」
と、龍作は九重巡査部長と別れた。
そのコインロッカーであるが、二十分ほど前に、一本の電話が警察に入った。
「変なにおい・・・」
がする、というのである。
十分もしない内に、二人の警官がそのコインロッカーを調べにやって来た。
「確かに・・・」
鼻をつまみたくなるいやな臭いがした。すぐに係員を呼び、コインロッカーを開けることになった。
すると、コインロッカーの中には、しっとりとした紙袋があり、恐る恐る紙袋の中を見てみると、なんと生まれたばかりの赤ん坊がビニール袋に包まり・・・最早呼吸はしていない。
すぐに規制線が張られ、コインロッカーには誰も近づけなくなった。
九重巡査部長もすぐに現場に駆け付けていた。
さて・・・龍作とビビはどうしたのか、というと、
早苗と待ち合わせの時間であるので、名古屋駅前に向った。
龍作はビビをショルダーバッグの中に入れ、名古屋地下鉄の改札口で待っていた。約束の時間よりちょっと早かったのだか、ビビがバッグの中を動き回り、早くあの子に会いたい素振りをしていた。
「ビビ、さえちゃんだ」
ビビがバッグから顔を出すと、今にもショルダーバッグから飛び出して行きそうな勢いだ。
「待ちなさい。そら、やって来たぞ」
今日の畠山早苗はクリーム色のシャツに、上着は羽織っていなくてスカートは短め、その柄は白と紺とのちょぅどいい案配にストライプが入っていた。
「待ちました・・・ビビちゃん、おはよう」
早苗はビビの小さな頭を撫でた。また会えたことを、ビビも嬉しそうだ。
「まず、栄に行きましょ」
切符を買い、改札口を通る時には、職員さんに、
「おはよう、下村さん」
と、早苗が挨拶すると、おはようと笑顔で返事が返って来る。もちろん、改札口を通る時にはビビの頭をショルダーバッグに押し込む。
「ごめんよ、ビビちゃん」
という。
名古屋駅前にはいつも多くの乗降客でごった返している。でも、地下鉄の中心地は栄である。
南北に久屋大通が走っており、そこに広小路通りと錦通りが交わっている。中日ビル、オアシス二十一、県美術館、芸術文化センターなどがあり、一大エンターテインメントの地区になっている。さらに、スナックなどの繁華街が伏見から栄まで切れることなく続いている。地下鉄東山線は錦通りの下を走っていて、伏見と栄は重要な乗り換え駅となっている。
「何があったのかな?」
早苗が人だかりを見つけた。
「九重巡査部長もいるね。行って見ようか」
九重巡査部長は地下街を巡回していたし、九鬼龍作が早苗と栄に戻って来ていた。その二人がそのコインロッカーの前に戻ったのは、大体同じ時間だった。そして、
「九重巡査部長、あいつ・・・」
龍作はあいつを指さし、九重巡査部長の腕を引っ張った。
「何があったのか知らないが、女の不審な行動の理由は分かったらしいね。だけど、私が気になったのは、あの男だよ」
この時、早苗もはっきりと思い出したのだった。
「あの人は・・・」
一週間ほど前、暗闇で叔父と話していたというより、もみあっていて男と今目にしているあの男と合致した。
ところで・・・その数時間前、その金谷登は何処にいたのか?
そのコインロッカーの前には規制線がテープが張られ、その前には二人の警察官が経ち、誰も中に入って行けない。野次馬が数人集まっていた。その者たちの会話から、コインロッカーの中に赤ん坊の遺体が入っていたことを、金谷は知った。
金谷登は安堵した。
「俺のことではない」
と思い、彼はゆっくりと警察官に近付き、
「あのコインロッカーのものをとりだしたいんですけど・・・」
と頼み込んだ。
警備の警官は不審な目を向けたが、同じに付き添って行き、施錠してあるコインロッカーを確認した。そして、鍵を開け、金谷はバッグを取り出すと大事そうに抱えた。
金谷は頭を下げ、そこから去って行った。
九重巡査部長は、その男の態度に、
「おかし・・・」
さ・・・刑事としての勘を感じた。彼の元には、まだ窃盗があつたという連絡は入っていなかった。
だが・・・
男の様子を見ていると、そわそわとその現場を離れ、ゆっくりと歩いていたが、その内走り出した。
「やはり、変だ!」
九重巡査部長は走り出した。
「よし、ビビ。行くぞ。さえちゃん・・・」
龍作は早苗に、どうせよとは言わない。だが、早苗は、
「やはり・・・間違いない」
と思った。そして、
「あっ!」
「やっぱり、あの人だったんだ」
早苗は、この一週間気になっていたものが、心の中から吹っ飛ばされた。
「おじさん、私も・・・行く」
この二人のおじさんと地下鉄のさえちゃんは、男に後を追い、走り出した。
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