第2話

インターホンが鳴った、母の左知が父を迎えに出る。

 この時間の決まりきった家のパターンだった。

 早苗は父の迎えには出ない。昔・・・ずっと前は、そうじゃなかった・・・ような気がした。かえって来た父に抱き着いたり、大きな手を握り周りを回ったりしてはしゃいでいた記憶があるが、今は、もうはっきりと覚えていない。

 でも、今日は違うのだ。叔父の村田裕太が、父と同じにいる筈だ。

 (出ていこう・・・)

 とするが、なぜか思いとどまっている早苗だ。

 出て行って、

 「叔父さん」

 と叫び、抱き着きたい。でも・・・父と母の前で、そんなことをするのは恥ずかしい・・・と思ってしまう。

 結局、早苗はまだ部屋の中にいることにした。

 村田裕太は、畠山慎二に用事かあって、わざわざこんな時間にやって来たのである。

 「どうしたのかしら?」

 慎二は裕太を居間に通し、薄い茶色のソファに座らした。

 「はい」

 と、裕太はちょっと下を向き、言い難そうに、

 「実は・・・今の会社を辞めたいと思いまして・・・」

 と、小さな声で、すいませんといった。

 「せっかくいい給料の会社にはいれたんですが・・・」

 裕太は慎二に紹介で、今の会社、上村自動車部品に入ったのだった。

 「そうか」

 しばらく、沈黙があったが、

 「まあ、いいさ。仕事なんて、向き不向きがあるからな」

 と、慎二は笑った。

 「まあ、わざわざ、そんなことで、ここまで来なくてもいいのに」

 と、慎二はいい、

 「ところで・・・食事は?」

 と、裕太に聞いた。

 「まだです、これから」

 と、返事をした。

 「じゃ、どうだい、何もないけど、食べて行くか?おい」

 左知に目を向けた。

 「そうですね。本当に何もないんですけど・・・食べて行って下さい。早苗は?」」

 「いい、その内、来るだろう。それより、もう一人分・・・」

 左知は、はい、と返事をしたが、やはり娘が気になるようだ」

「あの子を呼ぶのは、ちょっと待ちなさい。裕太君に話し・・・頼みたいことがあるから」

 左知は怪訝な目で、夫の慎二を睨んだ。

 「何ですか?」

 「明日、何か用でもあるのかな?」

 「えっ、いえ」

 「悪いけど、明日は赤い日だ(祭日)。あいつを、何処かに連れて行ってやってくれないか?」

 「あなた・・・」

 「お前は・・・いいから。食事の準備を早くしてくれ。しながら、聞いていればいい」

「あの子は、小さい頃から裕太君になついている。俺は仕事ばかりで、何処へも連れて行ってやれなかった。兄の一樹は大きな反抗期もなく、何とか大学に行き、今寮に入っている。まだ、あの子がいる。もう少し頑張らなくてはならない。子供を何処かに連れて行く時間はくらいはあるだろうと言うかもしれないが、この世の中、というより、仕事はそんなに甘いもんじゃない。それは、裕太君にも分かってくれるだろう。そこでだ、今でもはっきりと覚えているんだが、六つくらいの時、コアラを見に連れて行く約束をしなかったかな?」

「あっ」

裕太ははっきりと覚えていた。

「うん、そうだな。今日は、ここに泊って行けばいい。明日、連れて行ってやってくれないか?」

「そうね、あの子、喜ぶかもしれない」

「本当は、俺がしなければいけないんだが・・・明日も仕事なんだ」

慎二は苦笑する。

「ええ・・・」

裕太は承諾をした。

後は、早苗がどう返事するか、である。

一時間後、早苗が二階から降りて来て、食事となった。実に静かな食事の時間となった。だが・・・

「お父さん・・・いいの?」

早苗は上目づかいに父を見て、反応を窺った。

父慎二は、こくりと頷いたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る