短い命

不定形

短い命

 ビリビリ!


 その日、


 ビリビリビリ!


 俺と言う、


 ビリビリビリビリ!


 一匹の魚が生まれた。




 生まれた時、俺は何かを破って出てきた。


 出てきた時の眩しさは今も覚えている。それまでは真っ暗だった俺の世界に、色が、光が、ついた。


 生まれたての俺は、全てが、何もかもが分からなかった。


 俺と言う存在が、姿が、形が、名前が、目の前にあるものや、今俺がいるこの世界が、全てが分からなかった。


 全てが分からず、ただ、ぼーっとしていたら、俺の目の前に母さんが現れた。


「おはよう。私の赤ちゃん。」


 そう言って抱きしめてくれた。優しかった。


「ほら、ご飯よ?いっぱいお食べ?」


 俺に、ご飯をくれた。


 俺は一目散にそれにかぶりついた。本能だった。


 俺が、ご飯をムシャムシャと食べていると、母さんが頭を撫でながら俺の名前を教えてくれた。


「あなたの名前は魚介ぎょすけ。元気に育つのよ?」


 俺はその時、母さんが何を言っているかわからなかった。ただ、2つだけ分かったことがあった。1つが俺の名前が魚介であること、そしてもう1つが目の前にいる母さんが、俺の親だと言うこと。


 理屈じゃなく、本能で。


「いい子に育つのよ。」


 そう言って、また、撫でてくれた。




 俺が生まれて1ヶ月が過ぎた。


 その頃俺は、拙いながら話すことができた。


「まんま!これ!たべれる?」


「これは食べれるわよ。見分けられて偉いわね!」


 そう言って撫でてくれた。


 俺が生まれてから1ヶ月間、母さんは俺にいろいろなことを教えてくれた。

 食べれる物や食べれない物。危険な物や安全な物。ご飯になる、エビやプランクトンの事。人間の事。他の魚の事。


 俺が生きるために必要なことを教えてくれた。


 生まれて1ヶ月、母さんと一緒に獲物を取ったり、一緒に寝たり、手伝いもしたり、そうやって生きるための準備をしていた。


 そうしているとあっという間に1ヶ月、俺が生まれて2ヶ月が過ぎた。


 その頃にはもう、流暢に話せるようになった。


「お母さん!見て見て!僕1人でエビを捕まえられたよ!」


「偉いわねぇ。」


「お母さん!見て見て!さんまがいるよ!」


「そうねぇ。」


「見て見て!お母さん!」


「はいはい、見てますよ。」


 生まれて2ヶ月でご飯が1人で取れるようになった。


 ご飯を1人で取れたりしたら、必ず褒めてくれた。


 見て見てと言ったら優しく見てくれた。


 嬉しかった。母さんと一緒にいれて嬉しかった。


 そして、俺はその時気がつかなかった。母さんの元気がなくなっていたことに。


 間抜けな俺はそんなことに気づかず、また1ヶ月が過ぎた。


 生まれて3ヶ月。俺はずっとこの暮らしが続く物だと思っていた。


 そんなことないのに、そう信じていた。


 その日は突然訪れた。母さんの様子がおかしくなった。


「どうしたの?母さん?」


「だ、大丈夫よ?」


 大丈夫そうに見えなかった。けど母さんは「ちょっとした風邪よ。気にしないで?」と泣きそうな俺を優しく、宥めてくれた。


 俺は信じた。また元気になると。そう信じて、母さんのためにご飯を取って、渡していた。


 母さんが、元気になるように、頑張っていたら、あっという間に、また1ヶ月が過ぎた。


 生まれて4ヶ月。母さんの元気が回復することは無かった。それどころかさらに悪くなっていき、そして、、、死んだ。


 母さんは最後、俺に、こう言った。


「お母さんは今から天国であなたを待っているわ?あなたが天国に来た時、たくさん話をして?いろんな話。そのためにいろいろなところに行きなさい?元気にね?」


 そう言って息を引き取った。


「分かったよ、母さん。俺は旅に出るよ。」


 涙を拭いて、俺は旅に出た。


 最初はどこに行こうか考えた。


 考えても何も決まらず、『取り敢えず前に進もう。』そう思ってまっすぐ前に進んだ。


 旅に出て1ヶ月が過ぎた。


 生まれて5ヶ月。旅の初めに辿り着いたのは、綺麗なところだった。


 珊瑚礁と言う物だった。


 珊瑚礁はとても綺麗で赤やピンク、黄色や青、緑なんかもあった。とても綺麗だった。


 そこで1人の貝と出会った。


 法螺貝の貝斗かいとさん。


 生まれて5年らしい。


 俺の初めての友達だ。


 貝斗さんはいいやつだった。


 旅に出て一週間。当てもなく彷徨っていて、珊瑚礁にやってきた時、いろんなやつに悪口を言われた。理由は、俺はそいつらからしたら危ない種類だと言う。


 そんな中、唯一俺に普通に接してくれたのは貝斗さんだった。そして他のやつに、「魚介はいいやつだ!」って言ってくれた。


 貝斗さんから、いろんな話を聞いた。


 ここの珊瑚礁のルール、旅に必要なことや、面白い話、怖い話に悲しい話。


 いろんな話をしてくれた。


 ここに来て1ヶ月。俺はそろそろ珊瑚礁から出ると、貝斗さんに伝えた。そしたら貝斗さんに、ある言葉を教えてもらった。


「いいか?1人になって、孤独で、不安で潰れそうな時、この言葉を叫ぶんだ。『ミラクルパー!』ってな。そしたら不安なんていう気持ちは全部吹き飛んじまう!叫んでもダメならもう一回叫ぶんだ。不安なんて気持ちが吹き飛ぶまで、馬鹿みたいに、アホみたいに、叫ぶんだ。だんだん楽しくなってくるからな!そしたらお前は旅が辛くなくなる!いいか?楽しめよ!たった一度の人生だ!頑張れよ!」


 俺は「ああ!頑張るよ!貝斗さんも頑張れよ!」と返した。すると「頑張るよ!」と返してくれた。そして、俺は旅に出た。


 俺が珊瑚礁から出て1ヶ月。


 生まれて6ヶ月、旅に出てから2ヶ月が過ぎた。珊瑚礁の次に辿り着いたのは大きな船のようなものだった。


 沈没船というらしい。


 昔、人間同士が船で戦って、負けた船らしい。


 そこで、1人のタコと出会った。


 ここに住んで10年、生まれて12年らしい。


 名前はないというから俺は、タコさんと呼んでいる。


 沈没船の中へ入ると、色々なものがあった。部屋も多かった。いろんなものに目移りし、気づいたら奥の部屋まで来ていた。


 そこでタコさんと出会った。


 タコさんは色んなことを教えてくれた。


 生きていくための物ではなく、知識を教えてくれた。


 この沈没船のことや、人間の安全な船と危険な船の見分け方、他の魚の種類、ここがどこかや、人間がいっぱいいる【国】のこと、色んなことを教えてくれた。


 沈没船に来て1ヶ月、俺はタコさんにこう言われた。


「これ以上の知識は自分で探せ。自分で外を見て、自分で感じて、生きてゆけ。お前がここにいる意味はもうない。そろそろ出た方がいいだろう。」


 俺は「そうだね」と、答えた。


 もっと教えてほしいことがあったけど、そろそろ行かないと、母さんとの約束が守れなくなってしまうから。俺は沈没船を出た。


 最後にタコさんに「たのしめ!一度きりの時間を!一生懸命に生きて、楽しめ!」と言われた。俺は「楽しむよ!タコさんも、楽しんで!」と答えた。


 俺は進んだ。


 真っ直ぐ前を。


 気になるところがあったら寄り道をして、1ヶ月したらまた、真っ直ぐ進んだ。


 いろいろなところを見た。


 海藻が生い茂っているところ、陸に近いところ、岩の間、水没都市、鯨の中なんかも行った。


 そして、生まれて11ヶ月、旅に出てから6ヶ月。たくさんのところを見て、たくさんの人に触れ合って、知識を得て、友人を得て、好きになった人を見つけて、親友を得て、、、お母さんとの約束の『天国で色んなことを話す』のために色んなことを経験した。


 そして、俺の一生で最後の場所。それは、【家】だった。


 世界を一周した。戻ってきた。少し、休憩をした。1ヶ月だけ、休憩した。


 生まれてから1年が経った。旅に出て7ヶ月。大変だったし長かった。でも、楽しかった。幸せだった。


 あぁ、次はどこに行こうか。


 楽しみだな。


 母さんと、会いたいな。


 皆んな、元気に、してる、かな?


 会いに、行き、たい、な。


 ………やっぱり、もう、ダメみたいだな。


 疲れた。体、が、もう、ぼろぼろ、だ。


 あぁ、母さん、今、そっちに行くよ。


 たく、さん、はな、そうね。


「み、らく、る、ぱー………」


 俺は、死んだ。


 今、俺はどこに向かっているのか。


 わからない。


 けど、ひとつだけ、わかることがある。


 それは、生まれた時に、母さんから名前を聞いた時みたいに、俺が母さんを親とわかったように、理屈じゃなく、本能でわかる。


 俺は死んだ。今、俺は母さんに会いに行っている。この道を真っ直ぐ進んだ、その先に、母さんが待っている。それだけがわかる。


 ふふ、母さん、独りじゃないよ?俺には、今まで会った人がいるから。この真っ暗で何も見えない、真っ直ぐな道を進んでいても、寂しくない。不安もない。孤独もない。


 母さん。母さん!母さん!!



 俺は、進んだ。今までのように真っ直ぐ前を向いて、進んだ。


 その先に母さんが居る、だから、進んだ。


 1ヶ月、経った。


 ま、ぶしい?


「………け」


 声が聞こえた。


「ぎ……け」


 懐かしい声だ


「ぎょ…け」


 ずっと、聞きたかった、声だ


「魚介、お……」


 ずっと、会いたかった、人だ


「魚介、お…で?」


 ああ、嬉しい


「魚介、おいで?」


 抱きついた。母さんに、抱きついた。


「あらあら、どうしたの?」


 泣いていた。嬉しかったから。


「話してごらん?聞いてあげるよ?約束したでしょ?」


 俺は、泣くのを止めるように、頑張った。


「うん、母さん。」


 止まらない。でも、話した。


 母さんとの、約束を、守って。話した。


「聞いて?母さん、」


「ええ、聞きますよ?」


「俺ね—————————————————




 俺の命は短かった。たった一年だった。でも、長かった。短くも、長かった。1秒を、大切に。一瞬を、大切に。そしたら、1年が、たったの1年が、短い1年が、長い、1年になった。


 一生懸命、楽しんで、すべての時間を、大切に。

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