第11記:舌戦

 最後のカギをかけてから、自室を離れた。屋根付き通路を真っ直ぐ進み、接続している剥き出し階段を下った。腹が減っていた。休みの日の俺は、遊びに熱中(埋没)してしまう場合が多く、一日一食…も珍しくない。無意識的に減食をやっていることになる。


♞肥満の二大原因は「過食」と「運動不足」である。平和病と云えなくもない。


 俺は食べても食べなくても、体重にほとんど変化がない。ストレス逃れで「連夜の馬鹿食い」をやっていた時期も、やはり変化はなかった。まったく不思議なことだ。その話をすると、羨ましがられる(人による)が、俺自身は「少し太りたい…」と考えているのだから、世の中はまったくままならぬ。


♞どうやら俺は、体質的に「太らないように」できているらしい。しかし、油断は禁物だ。


 コンビニ到着。弁当と氷と惣菜を篭に入れ、勘定場に運んだ。この店の近くに「自然食レストラン」があるのだが、先日、前を通りかかったら「焼鳥居酒屋」に変身していたので、ちょっと吃驚した。もしかすると、両方同時にやっているのかも知れないが、外から眺めているだけでは、よくわからない。その内、機会を見つけて、暖簾をくぐってみるつもりである。


♞一度くぐってみたが、冷たい焼鳥が出てきたので、その後、行かなくなった。


 帰宅後、晩酌を始めた。卓上の時計が「夜の10時」を示していた。ラジオのニュースを聴きながら、酎ハイを呑んだ。酒肴(さかな)は、チーズ、煮卵、サラダなど。こういう寒い夜には、湯豆腐でもつつきたくなるが、包丁もまな板もない。鍋もなければ、焜炉もない。これではどうにもならない。


♞湯豆腐が大好きである。


 豆腐で思い出したが、対局前夜の宴席で、木村(義雄)名人と升田(幸三)八段が、豆腐を巡る論争(と云うか、ほとんど喧嘩)を繰り広げたらしい。現代の棋士は学者風の方が多いが、当時の棋士は、気性の激しい勝負師タイプが主流であったようだ。盤外でも大いに斬り合っていた。

 演じなくてもいい挑発合戦を敢えて演じることで、闘志を高めていたような気がしないでもない。その夜は「豆腐」が喧嘩のタネになったわけだが、豆腐がなかったら「別のもの」がタネになっていたであろうと考えられる。〔2月3日〕


♞劇画的光景だが、木村先生と升田先生の論争は迫力満点だったと思う。ファンサービスを兼ねていたのかも。

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