第9記:残雪

 眼が覚めた。枕辺のアナログ時計が「午前8時」を示していた。洗顔後、身支度を整えた。最後の鍵をかけ、自室を離れた。階段を下り、歩道に出た。1週間分の衣類を担いで、コインランドリーへ向かった。

 路面に雪が残っていた。月曜に降った雪が、土曜になっても頑張っているのだった。融けたり、凍ったりを繰り返している内に、強度を増し、板状に固まっていた。ここまでくると「雪」と云うより「石」である。


 ランドリー到着。先客は一名。お掃除おばさんの姿はない。今の内に仕事を済ませてしまおう。空いているマシンに担いできたものを放り込み、粉末洗剤を撒き散らした。扉を閉め、五百円玉を投入した。今日は「お湯洗い/やんわりコース」を選んだ。設定後、起動ボタンを押した。終了まで25分ほど。


♞1月27日の日記の一部。この25分が長い。


 迂闊な引用は控えなければならないが、池波(正太郎)先生も、創作を題材にしたエッセイの中で「作者の私にさえ、どうにもならないことがある」という意味のことを書き述べておられた。

 物語の展開次第では、どんなに愛着のあるキャラクターであっても、見殺しにしなければならない場合がある。そういう際、池波先生は「無理に助けないようにしている」と述べられている。それをやってしまうと「話が嘘になるから…」というのが助けない理由である。


 無理や嘘を避けて、真(まこと)を書くのが、池波流小説作法と云えるのではないか。又、池波先生は「虚構だからと云って、必然性もないのに、次から次へと、登場人物を死なせる(殺す)のは良くない」とも述べられている。これも、先生が嫌う嘘を発生させる恐れがあるからだろう。

 池波エッセイは「小説の教科書」という側面も持っている。面白いだけではないのだ。作家を志す全ての人に、必携と必読をおすすめしたい。


 シャットダウン確認後、居室に焼酎と炭酸水を持ち込み、遅めの晩酌を始めた。酎ハイを呑みながら、駄菓子屋商品の本を読んだ。巻頭を飾る「パチ怪獣ブロマイド」を眺めていたら、笑いが込み上げ、幾度も吹き出した。

 商魂逞しいにもほどがあるぞ!などと、正論屋を演じたいところだが、白状すると、俺は(怪獣に限らず)パチものが結構好きである。好きだし、自ら書いている。パチ小説とパチ随筆をね。さしづめ俺は、パチ人間…かな。


♞1月28日の日記の一部。

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