第66話 ダンスというものは
国境を越えて二日目、俺たちはシーラコーク国の山側壁の外にある、魔獣預り所に到着した。
総勢三十名である。
一部相乗りもあるが、それでもゴゴゴは二十体はいる。
全部のゴゴゴが休める預り所の大きさに、初めて見る者たちは驚く。
「ようこそいらっしゃいました、コリルバート殿下」
「また、お世話になります」
同じ魔獣好きとして、預り所管理者と握手を交わす。
ずっと女性たちを乗せたゼフの御者をしていたギディが俺の傍に来た。
少し疲れた顔をしてる気がする。
「お疲れ様」
「コリル様もお疲れ様でした」
騎乗用のゴゴゴたちを預け、俺は正式名称は知らないけど、前回と同じカード式ロックキーを受け取る。
「それは何ですか?」
「これはですねー」
預り所の管理者にギディへの説明を任せる。
街に入る前に、この国を初めて訪れる者に最終的な説明があった。
一部、言葉が通じない者がいること。
騎獣は街中では使えず、移動は徒歩か馬車。
大通りは比較的安全だが、裏通りは危険なので入り込まないように注意すること。
「出来るだけ二人以上で行動してくれ。
特に女性は二人でも危ないから、必ず男性兵士を護衛に付けるように」
船に乗せられ海に出てしまったら助けられないからね。
説明が終わるまで暇になった俺は、何気なく街の入り口を見て心がドキリとする。
少し遠いが見知った姿が見えたからだ。
そこから徒歩で街に向かい、入る手前で出迎えを受けた。
「ようこそ、いらっしゃいました、ブガタリアの皆様」
四年前と同じ外相の男性と、事務官のような服装で、とても十四歳には見えない、大人びたピアーリナ嬢である。
視察団団長は俺だけど、対応責任者は近衛騎士団の団長の口髭のお爺さん。
「お世話になります」
と、外相と固い握手を交わす。
シーラコークには父王と何度か来ているベテランのお爺さんなので、外相とも旧知の仲のようだった。
俺はその後ろで、ピア嬢と目線で挨拶を交わしていた。
背中に張り付いているツンツンが、何故かうれしそうに尻尾でピシピシ俺を叩く。
いや、うれしいんだよな、これ?。
少し痛いけど、嫌そうではないな。
ゾロゾロと歩いて大使館に入る。
全員が寝泊まり出来るほど大きな建物ではないので、希望者には街の宿を勧めた。
しかし、
「殿下の護衛がお側を離れるわけにはいきません」
とか何とか言う兵士もいて、大使に許可をもらい、半数は宿に、後は庭にテントを張ることになった。
滞在予定日数が十日なので、五日目には交代するそうだ。
他国に来てテントっていうのはかわいそうな気もするけど、本人たちの希望だからね。
毎日の食事は朝食だけを大使館広間で見張り以外の全員で取り、予定のすり合わせや報告、確認をする予定。
後は各自の仕事があるため解散だ。
滞在費用の個人分はすでに配布済み。
好きに飲み食いして構わないが、追加分についてはブガタリアに戻ってから精算、給金から差っ引くことになる。
本日はこれで解散、休憩だ。
兵士たちは移動を開始、部屋割りと警備の確認をし、女性たちは厨房や荷物の確認のために下がった。
諜報部隊はすでにラカーシャルさん以外は姿を消している。
俺は大使館の応接室で外相と顔合わせ。
ギディは部屋の確認に、エオジさんは警備兵との打ち合わせに行った。
今の俺の護衛は近衛騎士団の団長とラカーシャルさんだ。
俺の後ろに立っていて、他にも数名の騎士が部屋の中にいる。
「お元気そうで何よりです」
ニコニコと愛想よく笑う外相は四年前に比べると老けた気がする。
その分、外相の隣に座るピア嬢はきれいになったな。
しかし、本来ならピア嬢じゃなくサルが来るんじゃないの?。
俺の疑問を察して、ピア嬢がニコリと微笑んで「少しよろしいでしょうか」と話し出す。
「前回、お見知りおきいただきました兄は、現在他国へ留学中なのです」
代理ということで妹のピア嬢が挨拶に来たという。
ふうん、公主一族に睨まれて国外に逃がしたのかな。
申し訳なさそうに外相が付け加える。
「恥ずかしながら、長子であるサルーレイは公女殿下との婚約が白紙となりましてね」
外相家の跡取り問題も一旦棚上げ状態らしい。
それでも、戻ってくれば無事に家督は継げるだろうとのことだ。
まあ、そんな家庭内事情まで俺に話をしてくれるのは、俺自身が前回の事件の当事者だからだろう。
結局のところ、あの後、俺はシーラコーク公主一族の問題児に目を付けられてるしな。
でもあの公女との婚約がダメになったのは、サルには良かったと思う。
それは今の外相とピア嬢の笑顔を見てれば分かる。
「それでコリルバート殿下には、三日後に行われる公主陛下主催の晩餐会にご出席をいただきたいのですが。
その、パートナーはお決まりでしょうか」
その話はシーラコークに正式な視察要請を行ったときに出席依頼があったので了承済みだ。
「こちらとしてはパートナー無しでも構わないのだが」
俺はチラリとピア嬢を見る。
「私はシーラコークの社交界には
ピア嬢が頬を染め、外相は安心したように息を吐いた。
「もちろんでございます。
ではそれまでの三日間、晩餐会の準備に娘をお貸しいたしますので、お使いください」
「精一杯、
外相親子はそう言って、改めて正式な礼を取った。
そんなわけで、ピア嬢は晩餐会まで大使館詰めとなる。
ああ、色々とあるんだよ、ダンスとか、ダンスとか、ダンスとか。
邪魔くせええええ。
外相が帰った後、大使館職員にピア嬢と侍女を部屋に案内してもらう。
俺は前回、
エオジさんとギディがすでに準備を終えていた。
三人で一部屋にした。
「うまくいきましたか?」
ギディの言葉に頷く。
「ああ」
ピア嬢を借り受けるのはすでに決めていた。
ダンス以外にも色々教えて欲しいこともあるしな。
あー、飼育員ヒセリアさんの実家とか、公主一族の現状とかね。
ダンスの練習はその合間だから!。
さて、翌日。
シーラコークでも俺の朝はあまり変わらない。
早朝、魔獣預り所へ行き、軽く運動をした後、弟たちの世話をする。
いつも通り、ギディは少し遅れてやって来る。
今回はスケジュールがほぼ決まっているので、ここに来られるのは朝だけになりそうだ。
管理者には弟たちのことをしっかりお願いしておく。
「時間が空いたら、いつでも来てくださいね。 あのお嬢さんと一緒に」
いや、それはないわ。
たぶん、ない。
きっと。
朝食までに大使館に戻り、水浴び後に広間に集まる。
大人数なので、大皿が並んだテーブルに自分で好きなだけ取りに行く。
うん、これなら偏食もバレないな、と思ったら。
「コリル様はお部屋でピアーリナ様とお二人で」
なんて侍女長が言い出し、部屋に連れ戻された。
晩餐会でのマナーの確認も兼ねてらしいけど、朝からそれはないんじゃない?。
「晩餐会の練習なら夕食だけで良い。 朝は皆と食べたい」
口を尖らせて侍女長を見る。
「あと二日しかございませんので、我慢してください、殿下」
ぐえ、却下されちゃった。
そんなわけで、俺が寝泊まりしている最上クラスの部屋で朝食が用意される。
食べるのはピア嬢と俺の二人だが、部屋にはちゃんとピア嬢の侍女と、ギディ。
そして監視役のラカーシャルさんと侍女長もいる。
なんかもうホント、落ち着かない。
朝食後は公主一族やシーラコーク側の出席者の名前や特徴を覚えたり、両国の外交関係の勉強だ。
昼食も部屋で取り、午後からはダンスの練習である。
一応、ヴェルバート兄はイロエストの王族教育の一環で習っていた。
ブガタリアには無い習慣なんで、平民志望の俺には不要だと思ってたんだがなあ。
はあ、ピア嬢の足は踏みたくないのでがんばるよ。
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