第65話 編成というものは


 さて、どうしようかな。


妹に構われながら俺はシーラコークへの入国方法を考えていた。


まだ二歳の妹たちが身体によじ登ろうが、齧り付こうが、俺は基本的に無視している。


見ているヴェルバート兄のほうがくすぐったそうにしてるな。


よし、行け、妹たちよ、あっちのほうが楽しそうだぞ。




 しばらく考え込んでいたら、


「コリル、また何か問題が発生しているのか?」


と、ヴェルバート兄から訊かれてしまった。


「すみません」


「何を謝る。 こちらのほうこそ、いつもお前ばかり大変な目に遭わせてすまないと思っている」


ほわっ、兄様、十五歳のセリフとは思えない。


サラリとした金髪は変わらないけど、身体も大きくなって男っぽくなった。


成長したんだなあ。


思わずホロリと涙が。


「コリル、何を考えてるか知らないが、顔が年寄りくさくなってるぞ」


「くちゃいー」


「こーに、くちゃ?」


えーっと、三対一になっちゃった。


いやいやいや、侍女の皆さん、引かないで。


匂いなんてしないから。




「相変わらず水くさいな」


ヴェルバート兄が拗ねたように口を尖らせる。


さっきまで大人っぽかったのに、少し笑った。


でも、そんなところは父王に似てるな。


そう思ったら、俺もどこかしら似てるのかなと思う。


 あー、そうか。


俺は母さん以外は、王族を家族だという実感がなかったのかもしれない。


どうみても外見はあんまり似てないしな。


本物の金髪や赤い瞳なんて、前世の記憶の家族とはかけ離れた存在だ。


向こうから構ってくるから、こんな俺でも王族扱いしてくれて、ありがたいとは思っていたけれど。


 ここでも前世の記憶が邪魔している。


相手は家族でも王族だからと、どこかで一歩引いていた。


だけど、俺の発言も行動もブガタリアの王族として見られているんだよな。


王族として間違わないためには、もっと相談しても良かったのかもしれない。




「実は、小赤のことでシーラコークへ行きたいのですが。


俺は何故か向こうでは歓迎されていないみたいで」


最近は公の場でなければ、王宮内でも自然に「俺」と言うようになった。


見かけ王族、中身平民思考に慣れてきたかな。


「ふむ、シーラコークか。


だが、コリルはブガタリアの王族だ。


例え、シーラコークの公主一族が何か言ってきても、それは変わらない」


うーむ、ヴェルバート兄も俺が公主一族の一人と揉めたのは知ってるんだ。


「もう十三歳になったんだし、堂々と視察として赴けば良いのではないか?」


俺は一瞬、ハッとした。


 そうだ、何でビクビクしなきゃいけないんだ。


向こうが公子、公女なら、こっちだって王子だって話だよな。


俺は、中身は平民思考でも見かけは王族なんだし。


「ありがとう、ヴェルバート兄様!」


俺は妹たちの部屋から飛び出した。




 そのままヴェズリア様の執務室に押し掛ける。


「シーラコークへ視察に行きたいので、許可してください!」


静かだと思ったら、驚いた顔が複数、こっちを見ている。


あ、しまった。


ここは王妃の執務室だ。


事前に訪ねてもいいか、使者を送る必要がある。


「す、すみません」


俺は顔を赤くして俯いた。


クスクスとヴェズリア様の笑い声が聞こえる。


「いいのよ、コリル。 あなたは特別なのだから」


部屋の中を見回すと事務方の皆さんが笑って頷いてくれた。


 王族でも序列はある。


もちろん、一番は父王で、次はヴェルバート王太子。


その次が俺になる。


「もう少し我が儘でも良いくらいですよ」


事務方の一番偉いおじさんにも保証されてしまった。


「あ、ありがとうございます」


俺は他国への視察に必要な書類を受け取って、ペコリと頭を下げて退室した。


はあ、恥ずかしかったあ。




 一旦離れに帰る。


商隊だろうと、視察だろうと、必要なのはゴゴゴと護衛だ。


その数と名前を一覧に記入して提出。


認められれば日程を調整して出発となる。


あらかじめ日程が決まってる場合もあるけど、その時は人員は王宮側で適当に決めてくれるらしい。


間に合わないと困るからね。




 人員の選定が一番邪魔くさいよな。


でも俺は子供だから。


「エオジさーん、これ、お願いします」


「あー?」


ギディとの訓練を終えたばかりで、居間の長椅子に転がっていたエオジさんに丸投げする。


「俺が決めていいのか?」


シーラコークへの視察と聞いて少し渋い顔になる。


前回のあの公女や、外相の息子の態度を思い出したんだろう。


でもさ、それも含めてお願い出来るのはエオジさんしかいないわけで。


「よろしくお願いします」


俺には他に選択肢なんて無い。




 だーけーどー。


「これはなに?」


数日後、エオジさんがヴェズリア様に許可をもらったと書類を持って来た。


「コリルが俺に任せたシーラコーク視察の同行者の名簿だ」


護衛その他の人数が三十名。


王族の正式な他国への視察だと、これくらいは妥当だと言われた。


まあ、それはいいんだけど。


「女性、多くない?」


何で十名近くも女性がいるのか。


今まで商隊でも行商でも女性が居たことはない。




 エオジさんは頭を掻く。


「希望をつのったら、兵士だけじゃなくて、侍女とか、魔獣飼育員からも殺到してな。


その中に、お前のお蔭で、東の砦で女性たちの待遇が良くなったっていう噂を聞いた奴らがいたんだ。


そいつらがコリル殿下なら普通は行けない女性でも、他国の視察に連れてってくれるんじゃないかという話になったらしい」


はあ?、ナニソレ。


意味分からん。


「その中で、エオジさんが選んだんですよね?」


基本的に俺は人選には口は出さない。


分かんないもん。


「あー、俺も女は分からん」


は?。


「諜報部隊からの捩じ込みだ。


ほら、こいつが諜報員で女性兵士の責任者になる」


覚えておけ、と、ひとりの女性の名前を指差した。




 ラカーシャル、女性でありながら諜報部隊所属。


ブガタリアでは珍しい明るい茶髪と、分厚い唇、浅黒い肌を見ていると既視感があった。


「デッタロの姪でございます」


あー、背丈が女性にしては高いと思ったわ。


 明日早朝出立ということで、今回の視察の主要人物と打ち合わせ中。


小赤が異常に好きな侍女長さんとか、他からも知らない顔が来てる。


兵士のほうは、エオジさんと組み手をさせられてた時に混ざって来た脳筋の顔がチラホラいるな。


「明日からよろしくお願いします」


いつもの調子で頭を下げたら困った顔をされた。


コホン、と一つ咳払いしたエオジさんが、


「コリルバート殿下の初の他国視察になる。 皆、気を引き締めてくれ」


と、いつになく真面目そうに喝を入れた。


「はいっ!」


おー、すげえ。


これが軍人ってもんか。


俺は今まで商人の隊にしか参加したことがなかったから、こういう堅苦しい感じは初めてだ。


「殿下もですよ」


あ、はい。


「が、がんばります」


笑われたのは何故なのか。




 翌日、早めの出立は見送りを遠慮するためでもあったのだが、しっかりヴェルバート兄は手を振っていた。


今回、テルーは出番なし。


弟たちはいつも通りで、ギディはゼフの御者をしている。


今回ゼフは荷物代わりに女性たちを乗せていた。


 ギディは王宮の厩舎で色々なゴゴゴとの相性を見ているけど、まだ相棒が決まらないらしい。


「いいんです、私は。 コリル様の弟たちのほうがやり易いですから」


へ?、ギディさん、何かやる気なの。


お願いだから無茶はしないでと祈りつつ、俺たちは西の壁を抜けた。




 関税官が出て来る。


「お久しぶりです、殿下」


「お久しぶりです。 よろしくお願いします」


今回は荷物に交易品は無い。


お土産のたぐいばかりだ。


「結構です、お通りください」


前回と違うのは、施設から職員が全員出て来て礼を取ったことだ。


はー、これが王族の正式な外交なんだろうな。


俺はグロンの背中から見下ろし、簡易な礼を返す。


 そして、背筋を伸ばして前を向く。


遥か向こうに白い街並みと、その奥に青い水平線が見えた。


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