第64話 風呂というものは


 俺が再びシーラコーク公主国に行くことになったのは、ピア嬢から贈られた色付きの観賞用小魚『小赤』が原因である。


 元はシーラコークが、高級養殖魚の餌として他国から輸入していた小魚である。


その中に薄く色付いた個体を見つけて繁殖させた飼育員がいた。


それがヒセリアさんである。


「殿下、見てください!、可愛いくないですかー」


見かけはロリっ子、実態は人妻という彼女を、旦那さんごとブガタリアで雇っている。


二年も経つと、小赤も順調に第二、第三世代が産まれ始め、その夫婦にも子供が産まれた。




 何故、行かなければならないかというと、ヒセリアさんの実家である餌魚の仕入業者から、


「餌魚に変わった小魚が混ざっていたので見て欲しい」


と、連絡があったのである。


 だから最初は、シーラコークへは娘夫婦が行く予定だった。


だが、ブガタリアでは子供は十歳になるまで、あまり家から外には出さない。


国土のほとんどが危険な魔獣の棲む森だからね。


それで幼子を置いて出掛けられない夫婦の代わりに俺が行くことになったんだけど。


「アンタが行けばいいんじゃないのか」


ヒセリアさんの旦那であるパルレイクさんを睨めば、自分は専門家ではないと断られた。


「殿下に是非、実物を見て来ていただきたい」


と、うまく口実を作ってるけど、まさかピア嬢から頼まれていないよな?。




 俺が以前、シーラコークへ行けたのは、実の祖父が率いてた大商隊に混ぜてもらえたっていうのがある。


例外中の例外なんだよ。


 その時、たまたま知り合った外相の娘ピアーリナ嬢は、実にデキるお嬢さんだった。


気が利いて、礼儀正しくて、優秀な外交官になるのは間違いなしなんて言われている。


俺の弟たちのことも怖がらないし、弟たちもピア嬢を気に入ってるみたいだし。


 二年前、妹たちの誕生祝いでブガタリアにやって来たピア嬢は非常に評判も良く、俺との間に婚約の話が出たのは確かだ。


でも俺はシーラコークに限らず、他国からの誘いはすべて断っている。


武人の国であるブガタリアの男は、特別な事情がない限り、二十歳を過ぎないと結婚はしない。


その前に恋人なんて作ると「鍛え直しだー」となるわけ。


脳筋の嫉妬は怖いぞー。




「今ならお前の願いは叶えてやれるぞ?」


父王が変なことを言い出す。


東の部族の事件での俺の貢献に対する褒賞らしい。


事務方さんによると、俺が王宮から色々もらうのを嫌がるので、褒賞が溜まって困ってるんだと。


俺が褒美を受け取らないから、他の人たちも受け取りづらくなっているそうだ。


「コリルが王族だろうとなかろうと、そこは受け取らないと、ね」


ヴェルバート兄まで揶揄からかってくる。


でもそれで婚約なんて俺は嫌なんだけど。


「じゃあ、お願いがあります」




 俺は離れの家に朝晩いつでも入浴出来る浴室を増築してくれとお願いした。


今までは川や井戸で水浴びしてたんだけど、最近、なんか視線を感じるようになったんだよな。


それに、冬は山間やまあいにある天然温泉に弟たちと行くんだけど、一般の人が入っていないかとか事前に調べないといけないから邪魔くさいんだ。


 結局、王宮内にある兵士や使用人たちが使う大浴場に行く。 


すると、


「コリルはこっちね」


と、だいたいヴェルバート兄に捕まって、王族用の豪華な浴場に入ることになる。


なんであの人は俺の入浴時間を把握してるんだ。


嫌なわけじゃないけど、なんていうか、ヴェルバート兄も含め、豪華過ぎて落ち着かないんだよ。


リラックス出来ない風呂なんて風呂じゃないだろ!。




 そんな訳で。


離れの風呂は、こじんまりとした一人用にしたかった。


なのに、何故かギディに大反対され、四、五人は入れる大きさになった。


まあいいや、これでのんびり出来るはず。


華美な装飾も、高価な置物も断固拒否したからな。


その代わり二十四時間いつでも入れて、温度調整が出来る魔道具を付けてもらっている。


これだけでも相当豪華だと思う。


シーラコークの飼育員夫婦にも喜ばれたしね。




「はあ、いい湯だな」


ええ、確かに。


でもエオジさん、最近オヤジ臭くなりましたね。


「はい、コリル様、お背中洗います」


いや、そんな子供じゃねえわ。


ギディはこんなとこでまで俺の世話を焼かないで。


てか、何でこの三人で入ってることが多いのか、誰か教えて欲しい。


 しかも、早朝運動から戻ると父王が入っていたり、昼間は妹たちが昼寝している間に母さんが入っていたりする。


あー、入るなとは言わないけど。


入ってくれて全然構わないけど。


頼むから、入りたいなら王宮内に作ってください。


そろそろヴェルバート兄が入りに来そうなんで、マジでお願いします。




 シーラコーク行きは祖父じい様の秋の大商隊に紛れて決行しようと思っていた。


だけど、嫌な噂が耳に入る。 


「ブガタリアの大商隊が来る度に、西の国境で税関の取り調べが厳しくなる」


と、いうものだ。


諜報機関、お疲れ様。


 つまり、どういうことかというと。


「国境の関税事務所に通達があって、ブガタリアから来る人物や荷物の中に、赤い瞳の少年がいないか調べ、居たらすぐに知らせろということらしいです」


ナニソレ、俺限定じゃない?。


シーラコークで俺は指名手配か何かなのか。


祖父じい様の大商隊に紛れても見つかるよな、絶対。


 だって、コンタクトなんて無い世界だから、瞳の色は変えられない。


じゃ、諦めよう。


「殿下ー、とーっても可愛い小魚だったらどうするんですか?。


殿下は、大好きなゴゴゴのとーっても珍しい子がいても諦めるんですかー」


ヒセリアさんが俺を責める。


どうしても俺にシーラコークの魚を見て来て欲しいらしい。


はあ。




 方法が無い訳じゃない。


ツンツンとグロンを連れて行って、途中で気配遮断で国境を抜ける方法がある。


でもバレると外交問題。


スパイ容疑だから、最悪処刑も有り。


 もう一つは、はあ、やりたくないけど、女装かな。


ベールや包帯で瞳を隠した女性。


ブガタリアには小柄な女性は多いからな。


国境までピア嬢に迎えに来てもらって、顔をあらためさせないようにすれば、なんとかなるかもな。


だけど、ピア嬢にはめっちゃ迷惑かけるし、大きな借りを作ることになる。


「下手したらピア嬢もシーラコークにいられなくなるか」


そんなこと出来るわけない。


 しかし、なんで俺を探してるんだ。


あれから三年は経ってるのに。




「こーにー」


「こーにーたま」


何故か、妹たちが俺に会う度にトテトテと追いかけて来る。


「アヴェ、セマ、元気だったか?」


「ウンウン」


まるで双子みたいに揃って首を縦に振る幼女。


可愛いなあ。


「そう思うなら、もう少し王宮に顔を出せばいいのに」


ヴェルバート兄は今日も子守りですか。


 この人、本当に小さいものが好きなんだよな。


俺も小さい頃、すげー構われてたって王宮の使用人さんたちから聞いた。


兄様、ロリコン疑惑が浮上。


まあ、結婚とかの話になれば、離れのロリっ子ぽい飼育員みたいなのを探せば良いか。


王太子だから断る女性もそういないだろうし。




 妹たちの遊び部屋に引き摺り込まれる。


いや、俺、忙しいんだけど。


「最近、剣術も魔法の授業も受けに来ないじゃないか」


怪我をしないよう敷き詰められたクッションに座って、ヴェルバート兄の説教を聞く。


「それはギディが代わりにやってますので」


二年前のあの日から、ギディはヴェルバート兄と一緒にエオジさんに剣術を、デッタロ先生に魔法を習っている。 


 実をいうと、俺は両方とも先生たちから卒業を言い渡された。


それを何となく兄様には言い出しづらいんだよな。


ギディか、先生たちから言ってくれないかなあと期待してる。


 兄様がいても、何故か妹たちは俺の身体を登りたがる。


分かる、分かるよ。


キラキラ王子様より、どこにでもいる顔のほうが親近感あるよねー。


さあ、ドンと来い!。


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