第67話 晩餐会というものは
何とか二日間のマナー講座とダンスの練習をクリアした。
シーラコークの食事自体が魚中心のせいか、偏食の俺でも食べられるものが多い。
もし、晩餐会で食べられないものが出た場合は魚料理と交換して欲しいと頼めるそうだ。
良かったー。
ダンスの練習も順調だった。
元々、俺は基礎運動はきっちりやってきたからな。
順番さえ覚えればダンスの足捌きはなんとかなった。
前世の音楽に慣れてるせいか、こっちのダンスの曲はゆっくりしてて、間違えても誤魔化しが効くんだよ。
相手をしてくれてるピア嬢も「お上手で驚きました」って言ってくれた。
いやあ、ありがとう、ありがとう。
あとは本番だな。
衣装はブガタリアの正装が用意されている。
ヴェルバート兄は白の上下で、金と銀糸でグリフォンが刺繍された長衣。
俺の場合は黒の上下で、銀糸のみで大鷲が刺繍されている。
へへっ、これは俺だけのオリジナル。
テルーの図案で作ってもらった。
本来なら刺繍に時間が掛かるんだけど、銀一色だけなので早く仕上がって、出立前に間に合った。
うん、俺的には大満足である。
ブガタリアの男子の正装は基本的に丈が膝下まである長衣だ。
王族の衣装は、生地の良さと刺繍の豪華さが目立つ。
シーラコークの価値観は分からないけど、ピア嬢は顔を赤くして「ステキです」って、お世辞でも褒めてくれた。
「もう少し背が高ければなあ」
エオジさん、それは言わない約束だよ。
俺、まだピア嬢の背丈を追い越せていないんだ。
ほんの少しだけどピア嬢のほうが高いし、それに彼女は
うん、まあこれは仕方ないわ。
大使館で準備を済ませ、一旦家に戻って着替えているピア嬢をブガタリアの紋章入り馬車で迎えに行く。
こういった公式の場合にしか使わない馬車だそうで、新品同様ピカピカ。
乗るのが勿体ないけど、この紋章を見ると気が引き締まる。
髪型もビシッと撫で付けて、久しぶりにおでこ全開。
まだ子供なので装飾品は身に付けていないけど、身を守るための短剣や、防刃用装備は長衣の下に身に付けている。
「ツンツン、行くよ」
キュキュ
気合いの入った返事が聞こえた。
「行ってまいります」
護衛は昨日に引き続き、口髭の騎士団長と諜報員ラカーシャルさんだ。
「行ってらっしゃいませ」
皆に見送られて馬車に乗った。
ピア嬢を途中で拾い、海沿いの高台にある公主宮へ向かう。
暗くなり始めた空に白い建物が紫色に染まって見えた。
ピア嬢のドレスは藍色で、少し大人っぽい彼女に良く似合っている。
金色の髪を結い上げ、翠色の瞳と同じ色の宝石が付いた耳飾りとお揃いのペンダント。
銀で装飾された、そのアクセサリーは今夜のパートナーを務めてくれる彼女への俺からの贈り物だ。
俺といっても個人的なものではなく、ブガタリアの第二王子としての感謝の証だけどね。
ブガタリアの伝統的なデザインなので少し古臭いかと思ったけど、ピア嬢は何でも着こなす才能があるみたいだ。
「キレイだ。 とても良く似合う」
正直に言うと良く分からないんだけど、女性の扱い方の基本は「褒める」「優しく」「丁寧に」だったはず。
「ありがとうございます、殿下」
微笑みながら馬車から降りた俺たちは、会場内へと足を踏み入れた。
ブガタリアでは未婚の男女は意味なく触れ合う事はない。
つまり手を取ってのエスコートというものがないんだ。
常に女性は男性の後ろを歩くものだからね。
そのほうが男性としても守り易い。
だけど、ここは他国なので、俺はピア嬢に手を差し出す。
お互いにまだ未成年だし、顔が赤くなったり、動きがぎこちないのは大目に見て欲しい。
頼むから、その微笑ましく孫を見る目はヤメテ、団長さん。
ラカーシャルさんは周りを警戒し過ぎで顔が怖いから、それもヤメテ。
はあ、なんかもう不安しかないよ。
シーラコーク公主国は公主一族のみ一夫多妻である。
貿易国のため、交易相手に配慮して受け入れている間に結構な数のハーレム状態になったそうだ。
「多過ぎだろ」
覚え切れないということで、俺は自分に年齢が近い者を中心に覚えていった。
しかし近年、そのハーレムの子供が亡くなったり、危ない目に遭ったという噂がある。
人数が多くなれば、どうしてもいろんな奴が出て来るのは仕方がない。
その中で公主の跡継ぎ争いが起こっているのかもしれないな。
会場に入ると視線が集まるのが分かる。
胃が痛い。
ブガタリアは武人の国なのでブスッとしてても問題はないらしいが、俺は小柄だから似合わないんだよ。
単なる小生意気なガキにしか見えないもん。
せいぜい愛くるしく笑顔でも振りまいておくか。
席に案内された。
俺とピア嬢は着席、護衛は別室で交代での食事になる。
開始の合図があり、公主陛下が一人で会場内に入って来た。
妻子を連れていないのは数が多過ぎて時間がかかるため、すでに席に着いているからだ。
父王より年上だな。
金髪茶眼、イケオジだけど頬が
筋肉がないのはブガタリア視点では為政者としてはあり得ない。
うちは強くなければ生き残れない国なんだ。
最初に陛下からの挨拶があり、ブガタリアの国や俺を簡単に紹介された。
紹介された俺も立ち上がり、簡単に礼を述べて、食事が始まる。
ツンツンの【ダイジョブ】を聞きながら食べるものを選ぶ。
飲み物が水以外全滅だったのには笑った。
ツンツンがかなり神経質になっている証拠だ。
でもまあ気を付けるに越したことはない。
食事が終わると会場を移し、ダンスや歓談となる。
俺はピア嬢と最初に踊ることが決まっていた。
音楽が始まり、俺とピア嬢が動き出そうとしたところで声が掛かった。
「お久しぶりね、コリルバート様」
公主一族の問題児、第五公女である。
「はい、お久しぶりです、シェーサイル様」
会いたくなかったけどなー。
同等なので、敬称は「様」のみでいいや。
確か今年で十七歳。
透き通る絹糸のような白い髪に、珍しい神秘的な紫色の瞳は相変わらず化け物じみた美しさだ。
成長して多少出るところは出てきているが身体の線が細過ぎる。
肌を露出させたドレスも痩せた身体には似合ってないな。
ブガタリア民族からすると許容範囲外である。
もっと太れ。
姫はチラリとピア嬢を見て、俺に視線を戻す。
「他国の王子を接待するのは公女の務め」
そう言って俺にエスコートさせようと、手を差し出してきた。
「あいにく、シーラコークでの案内はピアーリナ様にお願いしております。
私のような子供では公女様のお相手は畏れ多いのでお許しください」
俺は、その手に軽く口付けをする振りだけして離れた。
さっさとピア嬢を連れて中央で踊り始める。
俺たちが踊らないと他の人たちが踊れないからね。
姫の行動は俺に対する嫌がらせというより、ピア嬢から離したいのかもしれない。
だけど、俺の邪魔をしたって、主催側なんだから叱られるのは自分だろうに。
それも許される身分なら、シーラコークは国として相当ヤバい。
小娘一人コントロール出来ないんだから。
そんないざこざがあったせいか、俺たちのダンスより姫のほうに注目が集まっていた。
お蔭で問題なく一曲目が終わる。
俺はピア嬢に断りを入れ、一人で壁際のソファで
ピア嬢だって友達ぐらいいるだろから挨拶してくればいいよ。
俺は主賓だけど主催ではない。
自分から挨拶に行かなくて良い身分なのさ。
「お疲れ様でした、殿下。
しかし、公女殿下のお誘いを断って良かったのですか?」
俺の座っている椅子の後ろに立つラカーシャルさんがこっそり聞いてくる。
「あんな派手なドレスは好みじゃない」
真っ白な、まるで聖女のようなドレス姿の姫様。
あんなの相手に踊るなんて、俺には無理っす!。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます