第55話 大人というものは


「お疲れのところ申し訳ございません」


部族長のバカ息子は胡散臭い笑顔を浮かべている。


俺は、足元をツンツンが触れるのを感じた。


姿を消したまま背中を這い上がってくる。


「どうしてもお話を聞いていただくので」


バラバラッと五人ほどの男が現れ、俺とギディの腕を掴んだ。


「一緒に来てください」


「離せ!」


ギディが激しく抵抗するが、殴られ意識を失くす。


クソッ。


俺は口を塞がれ、ギディと共に近くのテントに引き摺り込まれた。


エオジさんたちは先ほどの青年兵士や部族の若者の取り調べをしていて、まだこっちには姿を見せていない。




 手足を頑丈そうな紐で縛られる。


「殿下が悪いんですよ。


私の話を聞いてくださらないから」


気持ちの悪い笑顔を浮かべて、部族長のバカ息子は俺の傍に座る。


 俺はギディの様子を見る。


たいした怪我は無いようでホッとした。


「あのですね。 殿下は第二王子ですけど、国王になりたくないですか?」


そんなもの、最初からなりたいなんて思ったこともないよ。


俺は特に興味などなさそうなうつろな顔をしていた、と思う。


「聞いてますか、殿下」


縛られたまま、グイッと顔だけを引き寄せられる。


首がもげる!、痛い!。




 顔を顰めた俺を嬉しそうに見下ろし、バカ息子は話し続ける。


「私なら、あなたを王にしてあげられますよ。


どうです?。


私と手を組むだけでいいんです」


「良い話でしょう」と言う、満面の笑みが心底、気持ち悪い。


「ふん、どこの国の話?。 まさか、ヤーガスアのことかな」


バカ息子の笑みが深くなる。


「何故、知っている。 誰かが漏らしたのか?」


そう言って、テントの中を見回す。


 数人の男たちの容姿はバラバラだ。


髪の色も、肌の色も、服装も。


つまり、ヤーガスアから来た者たちだろう。


ふむ。


さっきの騒動で動いていたのは東の部族の者たちで、ここに居るのは様子を伺っていたヤーガスアの者たちなのか。


「まあいい、頭は悪くないようだ」


バカ息子は俺を地面に叩き付けて、手を離した。




 テント内の男たちが集まって小声で話し始める。


俺は魔力感知を発動して彼らの魔力の集中点を見てみるが、特に異常は見つからない。


つまり素でこのバカさかよ。


あのケバいオネエサンは耳たぶにはまっていた石を外したら、少しはまともに戻ったというのに。


 ピアスのような耳飾りに見せかけていたが、あれは魔道具だ。


俺はとりあえず、自分の荷物に入れたが触りたくないほどいびつな魔力を感じる。


効果は分からないけど、絶対ろくでもないってのは分かる。


 魔道具は使わないときは魔力を空っぽにするか、魔力を通さないものに入れておくようにと、ピア嬢に言われていた。


だから今回、俺は小赤のための魔石用に持っていた魔力遮断用小袋があったので、その一つに入れている。


こんなことに使うことになるとは思ってもいなかったけど。


 彼らにはあの魔道具の魔力は感じられない。


どういうことなんだろう。 別口なのかな。




 テントの外から女性たちの声が聞こえた。


きっとエオジさんたちの取り調べが終わったのだろう。


女性たちがテントに入って来た。


「あら?、その子たち」


女性たちが俺たちに気づくと、男たちが彼女たち全員をテントの奥に押し込み、一人ずつ縛り始めた。


「きゃああ」「痛い!」


「ちょっと、何するのよ」


あのケバいオネエサンの元気な声がする。


「夜まで辛抱してくれ」


ヤーガスアの男性の内の一人が女性たちにそう言った。


夜まで、か。


それまでに間に合うかな。




【ダイジョウブ?】

 

ツンツンの声が聞こえる。


「うん、大丈夫だよ」


顔の側にツンツンの息を感じて、小さく囁く。


「もう少し様子を見るから、エオジさんたちには無理しないように伝えて」


キュルッ


分かったのかな?。


ツンツンの気配が消えた。


テントの外では俺たちを探す兵士たちの声が聞こえ始めている。


ごめんね、エオジさん。


今はまだ戻れない。




「ねえ、何でこの子たちがここにいるのよ。


良いとこのお坊ちゃんなんでしょ?」


ケバいオネエさんがバカ息子に訊いている。


「ふふふ、こいつはこの国の王子様さ」


「ええーっ」


女性たちが驚いて声を上げる。


「だ、大丈夫なの?、こんな扱いしちゃって」


俺を商人の孫だと思っていたケバネエさんがオロオロし始める。


「あははは、王子ったって、こいつは側妃の子で第二王子。


王太子はすでにイロエスト王家の血を引く第一王子に決まっているんだ。


こいつはもう要らないんだよ」


バカ息子が勝手なこと言ってるな。


まあ、全部否定出来ないけどさ。


「まあ、かわいそう」


「こんなに可愛い顔してるのに」


「小さいのにねえー」


女性たちが同情してくれるけど余計なお世話だっての。


「だから、私の話を聞けば良かったのさ。


そしたらこんな手荒なことをしなくて済んだのに」


バカ息子は、わざとらしくため息を吐く。


「どういうこと?」


女性たちに訊かれてバカ息子は得意げに答える。




「王位継承で揉めてるヤーガスアにこいつを連れて行って、国王にしちまうのさ」


ヤーガスアとブガタリアは元々は同じ民族だ。


一部の勇敢な部族がヤーガスアから離れ、魔獣の森を開拓して住み始めた。


それがブガタリアのおこりである。


「こいつはこれでもブガタリアの王家の血筋だから、ヤーガスア王に売り込んで、うまくいけば養子として跡取りに出来るはずだ」


段々と女性たちが胡散臭いものを見る目になる。


「そんなに上手くいくの?」


疑われたバカ息子が声を荒げた。


「ば、バカにするな!。


これは私がヤーガスアの王家の遣いから直接頼まれたことなのだぞ」


へえ、何を頼まれたのかな。


でも遣いって、それは直接とは言わないと思うけど。




 俺がワクワクしながら聞いていると、外の騒ぎが大きくなる。


バカ息子は声を潜めた。


「その証拠にお前に渡したあの耳飾り。


使ってみて分かっただろ?。


あれは人の心を操れるんだ。


あんな魔道具を渡されたということは、私が信頼されているということだろ」


えー、そうかな?。


バカだから実験に使われたんじゃないかなあ。


「あ、そういえば、あの耳飾り。 


そこの坊ちゃんに取られちゃったのよ」


あ、不味い。


今は手元に無いぞ。


「大丈夫だ、もう一つある」


ほっ、良かった。


いや、あんな魔道具がまだあるってことは、あんまり良くないけど。


「このチビをヤーガスアに連れて行って、魔道具で操り、実質的には私が王になるのだ。


わはははは」


なるほどね。


ペラペラ喋ってくれて助かったよ。


 俺はバカ息子を刺激しないように、なるべくじっとしていた。


外の気配に殺気が混ざってきたな。


絶対エオジさんだ。




 テント内の男たちがそちらに気を取られている間に、俺はちょっと転がってギディの側に移動する。


「起きた?」


「はい」


お、まだ寝てると思ってたけど芝居だったんだ。


「ギディ、巻き込んでごめんな」


「はあ?」


俺の従者なんかにならなければ、こんな危ない目に何度も遭うことなかったのに。

 

「うまく王都に戻れたらギディの好きにしていいよ。


親に言われたからって無理に俺に付き合わなくていいから。


あ、仕事が必要ならどこか人手の足りないところを調べて」


ギディが俺を睨んだ。


「今はそんなこと心配してる場合じゃないでしょう」


「うん、そうだね、ごめん」


だけど言える時に言っておかないと、こんな状態だと先があるか分からないからさ。


せめて優しい笑顔で。


精神的には俺のほうがギディより大人なんだから。




「我が息子ババーラシはどこだ!」


外から重い声がする。


バカ息子がビクッと震え、顔が青ざめた。


「そんな、父上がここに着くのは早くても夜になるはずなのに」


ふうん、部族長が来たんだ。


さあって、バカ息子はどうするんだろと俺は顔を向ける。


「こうなったら」


すげえ……こいつ魔力まで雑になってやがる。


こんな汚い魔力見たことない。


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