第54話 脅しというものは


「ギディ、ホーディガさんと御者の皆を頼めるか?」


エオジさんはギディに声を掛け、事務方の青年と二人、俺の前に立つ。


「はい」


ギディの良い返事に、ホーディガさんは笑って、


「まだまだ息子に守られる年ではないぞ」


と、スラリと腰の剣を抜いた。


ああ、そうだった。


ブガタリアは武人の国。


血の気が多いのは相手だけじゃなかったわー。




 たぶん、今この人たちに何を話しても通じないだろう。


ではどうするかというと、待つか、逃げるかしかない。


俺の結界は、たぶんまだしばらく持つだろう。


でも食堂には関係ない人たちもいるし、それを掻き分けて外に出るのは難しい。


 だけど、それは俺がしたいことかな?。


俺は、敵味方がにらみ合っている間に少し考えてみる。




 相手は十五、六人ってとこか。


こんな狭い食堂の中で戦闘になると、施設や物が壊れるから弁償が怖い。


だったら外へ出るしかないけど、きっと素直に応じないだろうな。


彼らは、俺がゴゴゴと仲が良いから、外だと魔獣が絡んで来て厄介だって思ってる。


だから、こんなところで仕掛けて来たんだ。


 俺は立ち上がり、護衛たちを避けて、その前に出る。


いきり立つ青年兵士を、俺は魔力を込めた目でじっと見た。


相手の目を見て、自分たちだけの空間を作る。




 これは魔獣を手懐ける方法の一つだ。


話が通じない相手に、無理矢理こちらを意識させることが出来る。


じっちゃん、教えてくれて、ありがとう。


 周りの喧騒が嘘のように静かになり、何も聞こえなくなっていく。


「ねえ、何を怖がってるの?。 あんたの言う通り、俺はただのチビだ。


おや、手が震えてるよ?」


「な、何を言って、手なんか震えちゃいなー」


彼は震え始めた自分の手を見る。


案外この兵士は純粋で暗示にかかり易い。


魔獣並ってことか。




「ねえ、死ぬってどんな感じがすると思う?。


俺は知ってるんだ、身体が冷たくなって、自分が煙みたいになって。


ちょっと風が吹いただけで消えて失くなるんだよ」


「ヒッ」


悲鳴を上げたのは後ろのオネエサンだった。


「てめえ、わざと怖がらせやがって!」


相手は剣を振りかざすが、俺はちっとも怖いとは思わない。


「結界があるのに、どうやって俺を殺すの?」


青年兵士が口を噤むと、部族の若者が助けるように口を挟んで来た。


「こいつは時間稼ぎをしてるだけだ。 早くやっちまえ!」


俺はそいつの顔を見た。


 結界があるって分かってて、それでも押し通せると思ってるのか。


ろくな戦い方してこなかったんだな。


「ふうん、待ってればこっちの味方が来るの?。 じゃ、待とうかな」


どさりと食堂のテーブルの上に座る。


 そして首を傾げてさっきの部族の若者を見上げた。


「ねえ、そっちの人は戦う気はないの?。


この人にやらせて、自分は知らん顔する気なの?」


「え!?」


青年兵士が顔を上げて部族の若者を振り返る。


「そ、そんなこと、ある訳ないだろう。 そいつの口車に乗るんじゃない」


自分が出来ないことを他人にやれって言うのか。


理不尽だね。




「ふっふふ、あーっはっはっは」


俺は大声で笑う。


「面白いね、おにいさんたち。 俺のこと、殺せないんだ」


殺意があっても殺せない人たち。


殺意がなくても殺せる人たち。


なんなんだろう。


それが運っていうものなの?。


ねぇ、神様。




 前世の記憶が蘇る。


そうさ、あの日、俺は殺されたんだ。


死にたくなかった。


抵抗したし、周りに助けを求めたけど、誰も俺を助けてくれなかった。


 あの時、誰かが助けてくれたら、俺はちゃんと生きられたのかな。


普通の大人になって、恋愛もして結婚してたかな。


それとも誰にも好かれないまま、一人で年老いて死んだのかな。




「ねえ、あなたたちは俺が死んだら助かるの?」


俺は青年兵士を見上げる。


「なにを」


「こんなことして、もう後がないのは分かってるよね」


野次馬だった砦の兵士や他の者たちが、冷静に周りを包囲し、こっちに気を取られている敵を少しずつ削り始めていた。


「だって、もう逃げられないよ?」


「お、お前が死ねば!」


「そう。 じゃあ、 殺してみて。 今、結界を解くから」


エオジさんの殺気が膨れ上がる。




 俺は結界を解くと同時に、テーブルの上からオネエサンに飛び掛かった。


エオジさんと事務方の青年、そしてホーディガさんが交戦状態に入る。


「コリル様!」 


ギディが剣を抜いて駆け出す。


 俺は声も出せずにいるオネエサンに馬乗りになり、その耳にしっかりと埋め込まれた石を掴んだ。


これだ、間違いない。


「ギディ、剣を貸せ!」


駆け寄るギディから剣をもぎ取って、その刃でオネエサンの耳を切り落とす。


「ぎゃあああ」


うるさいな。


これくらいの怪我や血の量ならたいしたことないよ。


死ぬわけじゃなし。


女性の叫び声に、全ての者の動きが一瞬止まった。




 俺は、切り落とした耳に剣の先を捻じ込んで石を外す。


呆然としているオネエサンに、耳と一緒に薬瓶を見せた。


「はい、回復薬。 使って。


早くしないと元通りにならないよ?」


「しょうがないなあ」と、オネエサンの耳を片手で引っ付けて押さえ、上から薬を垂らす。


「王家の特別制だから効果は抜群だよ」


念のために持ってて良かった。


瞬く間に何事も無かったようにオネエサンの耳が元に戻る。


「もう大丈夫」


俺はニコリと微笑んで立ち上がる。


周りの戦闘はすでに終わっていた。




「コリル様、それはいったい……」


ギディに剣を返す。


俺はまだ木剣しか持たせてもらえないのに、ギディは護衛を兼ねてるから普通に剣帯してる。


こういう時は困るから、せめて短剣ぐらい持たせてもらおうかな。


「コリルバート殿下」


石を見ていた俺をギディが呼ぶ。


うるさいなあ。


「ん?」


周りに居た全員が俺を凝視していた。


やだー、恥ずかしい。




 俺の行動に驚いている間に、向こうは全員捕まったようだ。


エオジ兄は砦の責任者として、ちゃんと仕事は出来る人だったんだね。


部族のほうも若者ばかりだったから、普通に騒ぎを聞きつけた年長者に取り押さえられていた。


俺もそんな動きが見えてたから時間稼ぎしたわけだけど。


「コリル、お前、帰ったら覚悟しとけ」


エオジさんの冷静な低い声は怖いなー。


 でも、俺はあんまり反省してない。


あれがたぶん一番被害が少なかったと思うから。




 さて、まずは休憩しようということになった。


食堂の中は片付けがあるため、外に出される。


「よろしければこちらに」


駆けつけてくれた部族の幹部らしい中年の男性に案内されて、俺たちはテントのある広場に行く。


 木陰にテーブルと椅子が用意されていて、軽食が並んでいた。


「キチンとしたお食事にご招待したかったのですが」


「いえ、十分です。 ありがとうございます」


ホーディガさんと部族側の代表が話し合っている。


 その間、俺はギディに井戸端に連れて行かれ、血の着いた服を着替えさせられていた。


「ギディ」


俺に上着を着せようとしているギディの手が震えている。


「す、すみません。 今ごろになって少し怖くなって」


俯いたギディの背中を、俺は勢いよく叩く。


「ワッ、何するんですか」


「落ち着いた?」


俺は、頭一つ背が高い従者を見上げて微笑む。




「ありがとうございます」


ギディは顔を少し赤くしていたが、徐々に落ち着いてきた。


そうだよな。


しっかりしてたってギディはまだ十二歳。


あんな殺意を向けられたら震えて当たり前だ。


「あの、コリル様は怖くなかったのですか?」


「そんなことはないけど」


死ぬってことを一度経験したせいか、あんまり怖いと思わなかった。


痛い思いはしたくないけど、自分が納得したことなら、俺はたぶん死も受け入れるだろう。


輪廻の輪へ戻れるのならね。




 着替え終わり、テーブルに戻ろうとした時だった。


「コリルバート殿下」


さっきまで姿を見せていなかった東の部族長のバカ息子に、俺たちは声を掛けられた。


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