第47話 婚約というものは


 俺が行商に出発する日が近づいた、ある日。


「コリルバート、話がある」


父王が離れにやって来た。


すでに夕飯は終わっているので、ギディがお茶の用意をしてくれる。




 離れで働く使用人たちは、ギディ以外は基本的に王宮との兼任なので夜はここにはいない。


小赤の世話をしているシーラコークの夫婦は、ほとんどの食事は自分たちだけで部屋で取っている。


離れには俺たちが使う食堂と厨房の他に、使用人用の小さい台所があるのでそちらを使用してもらっていた。


新婚さんらしいので俺たちも余計な邪魔はせず、用事がある時だけ声を掛けるようにしていた。


魔力感知で様子を見ると部屋から出てはいない。


 この感知魔法はツンツンから教わった。 とっても便利である。


弟たちの中でも一番年長のツンツンは俺が一番弱いと思ってるらしく、危険を感じると一緒に隠れようとしてくれる。


小さな身体に似合わず器用らしく、気配遮断や魔力感知など隠密系みたいな魔法が使える。


すごいねー。




「あー、コホン」


居間にあるソファに父王と向かい合って座わる。


父王の後ろにエオジさんが立ち、俺の後ろにはギディがいる。


「悪いが二人とも下がってくれ」


「承知しました」


エオジさんはさっさと退室し、ギディは少し不満そうに何度も振り返りながら出て行った。


何の話だろうな、人払いまでして。


 俺はのんびりとお茶を飲む。


「あ-、コリル、お前、婚約するか?」


ブッとお茶を吹きそうになった。


「しません」


まだ十歳だっていうのに、早過ぎでしょ。


「だが、シーラコークでは婚約自体は幼い頃に決まるそうだぞ」


はあ、やっぱりピア嬢のことか。


「父様、俺とピア嬢はそんな仲じゃありませんよ」


「じゃあ、どういう仲なんだ」


「ただの友人です」


むぅと父王が黙り込んだ。




 誰が言い出したかなんて、すぐに分かる。


「イロエストとか、他国にとっては普通かもしれませんけど、ブガタリアでは婚姻は二十歳以上が普通です」


王族はその婚姻自体が他国との平和のための交流だったり、契約だったりする。


だけど、俺は平民になる予定の第二王子だ。


そんなのしらん。


「しかし、あちらはそう思ってはいないようだぞ」


俺は片眉をピクッと上げる。


「シーラコークから申し込みがあったということですか?」


父王は頷く。


「遠まわしだが、お前をピア嬢の婿に欲しいと打診があったそうだ」


えー、やだよ、あんな家。


「お断りします」


「早いな」


父王、ビックリするなよ。


もっとどっしりと構えてろよ、まったく。




 そもそも俺に縁談なんておかしいのだ。


ブガタリアは武寄りの国のため、男は身体を鍛えることが優先される。


つまり子供の頃から婚約はおろか、特定の恋人など作ると修行が足りんと怒られるお国柄なのだ。


だから、だいたいは二十歳過ぎに修行として一旦、街を出て、ようやく一人前と認められる。


その後、他所よそから恋人を連れ帰るか、隠している恋人の元に戻って結婚するのだ。


「ヴェルバート兄様はどうなんです。 そんな話、来てないでしょ?」


「あ、ああ」


ヴェルバート兄は嫁を貰う立場だからな。


しかも相手は王族、もしくは国内の豪族に限られる。


 反面、俺の場合は、ブガタリアの国として婿に出すことも出来るし、嫁をもらうことも可能だ。


相手は他国の王家や上流階級でもいいし、俺自身は平民でも全然構わない。


つまり、範囲が広すぎて、どこから縁談が来るか分からない状況だ。


「お前を他の国に取られたくないらしいんだ」


二十歳まで待っていたら他所に取られそうだから、それで婚約ってか。


嫌だねー。




「もしかしたらヴェズリア様は、俺が行商先で他の部族の女の子でも好きになったら不味いとか思ってるんですかね」


父王の顔がピクッとする。


 これから俺が向かうのは国内の他の部族の町だ。


俺は敵を知るために行くのであって、恋人探しに行くわけじゃないんだが。


 本当はこんな手は使いたくなかったけど、いつかは使うかもしれないとは思っていた。


「父様」


「うん?」


頭を抱えていた父王が顔を上げる。


俺はじっとその顔を見て、口を開く。


「父様は何故、ヴェズリア様や母さんと結婚したんですか?」


父王がヒッと声を漏らし、顔が引きつった。




 息子に訊かれたくなかったでしょうね、ええ、そうですとも。


こっちもホントなら親の結婚事情とか聞きたくないわ。


「そ、それは」


「二十歳過ぎで他国に修行に回って、それでも結婚相手が決まらず、そのまま戻って来たんですよね」


ヴェズリア様は帰路に同行してブガタリアに来た。


その頃はまだイロエストの王女だとも知らず、結婚の約束も無かったと聞いている。


「それに母さんのことが好きだったのなら、二十歳になってすぐに婚約でも何でもすればよかったのに」


元々幼馴染の母さんが好きだったという噂は後付けで、本当は祖父じい様のごり押しだったのを俺は知っている。


「カリマは、その」


しどろもどろになる父王に冷たい視線を送る。


 分かってる。 父王には恋愛感情なんて必要なかった。


『国のため』


ただそれだけで結婚し、子供を作る。


それが王太子の務めだからだ。


まあ、それが俺が王太子になりたくない理由でもある。




 それにもう一つの問題はハーレムだ。


一夫多妻というのは男性に財力がある場合に限られる。


恋愛ではなく、要人の未亡人や金の無い小さな部族や商人から娘を預かり、妻の実家としてそれを支援するというのが大きな役目になる。


つまり人質なのだと俺は思う。


女性のほうは妻という名目上、浮気はもとより、勝手に散財しても物理的に首が飛ぶ。


援助してもらっているという弱い立場なのだ。


 俺の場合は婿入りになるとすれば、人質であることに間違いはない。


ブガタリアと他国の間で何かあれば、俺は真っ先に命を狙われるだろう。


国が違うから価値観も違うが、それがブガタリアでの認識だ。


「ピア嬢は俺がそんな立場になるとは思っていないんだろうな」


いくら聡明でも、彼女はまだ俺より一つだけ年上の女の子だ。


シーラコークでも一夫多妻は認められているが、公主一族だけだと聞いた。


多民族国家であるシーラコークでは、一応国内は普通の一夫一婦制ということでまとめている。


そして彼女は外相家だけど、一夫一妻制の家庭のお嬢様なのだ。




「とにかく、俺はまだそんな気は少しも無いんで」


「お前にその気が無くても、相手がなあ。


コリルは性格は変わっているが剣も魔術も無駄に優秀だし」


無駄に、は余計ですよ、父王。


「それにお前の顔は、なんというか、愛らしいというか」


は?、何言ってるの、このおっさん。


「誰からも好かれる顔をしているんだぞ」


「自覚が無いのか」と、父王から説教くらうことになるとは思ってもみなかった。


小柄で魔獣や家畜に優しく、きっちり身体を鍛え、魔法も得意。


「しかも怒る時はちゃんと怒ることも出来る。


ただ大人しいだけの男ではないというのが、シーラコークでの評価だ」


俺は口をあんぐり開けたまま父王を見ていた。




 え、ちょっと待って。


俺が輪廻の神様に頼んだのは『嫌われない顔』だ。


『誰からも好かれる顔』じゃない。


いったい、どこでどう間違ったのかな。




「お前が妻を複数持つのを嫌がってるのは知っているが、それでも必要な時が来るかもしれん」


結婚は恋愛がすべてではないのだ。


父王のように、周りからめられたり、女性のほうから迫られたら俺でも断れるか分からん。


いや、でも、それでも。


「俺は結婚相手は自分で決めたいし、罠に嵌って結婚するくらいならどっかに逃げるよ」


「ああ、お前ならそうするだろうな」


父王の顔が優しい笑顔になった。


「世の中は理不尽だらけだ。 それを学んで来い」


そんなこと、俺が一番分かってるよ。


ブスッとする俺は、立ち上がった父王に大きな手で頭をぐらんぐらんと撫でられた。


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