第48話 行商というものは


 行商の出発地点は祖父じい様の店の前だ。


ズラリと荷物を載せたゴゴゴが並ぶ。


「気を付けて行って来い」


「はい、お祖父じい様」


最初の町は東にある小さな町だ。


祖父じい様から書類を受け取り、握手をする。


これが商隊の出発の儀式らしい。


軽く頭を下げて、俺は出発する。




 一応、商隊の長は俺になる。


まあ、名目上だけだ。


でもやっぱり子供が隊長になるのは本当に珍しいらしい。


「それだけコリルバート様を目にかけていらっしゃるんですよ」


そう言って微笑んでいるのはホーディガさん。


キディのお父さんで、副隊長でもある。


 老人というのにはまだ早いけど、黒いひげには少し白いものが混ざっている。


祖父じい様に長年仕えてる部下なので、それなりの年齢なんだろうな。


 ギディは父親と一緒と聞いて少し動揺してたけど、ため息を吐いて諦めてた。


たぶん予想済みだったんだろうなあ。


あとはエオジさんと、商品管理ということで事務方も兼ねている青年が一人護衛として付いている。




 運搬用ゴゴゴは俺が乗ったゼフを含めて四体。


護衛用ゴゴゴ四体を含めると全部で八体の商隊になる。


シーラコークへ行ったときは十七、八体近くいたから、やっぱりあれは大商隊だったんだな。


「行商で八体は多いほうですよ」


いつもは多くても六体くらいだそうで。


ホーディガさんの後ろに付いている事務方の青年が教えてくれた。


「そうかあ、まあ俺が長だもんね」


祖父じい様も心配だろうさ。


 先頭がホーディガさんと事務方青年で、その後ろでゼフに騎乗する俺。


荷物を載せたゴゴゴの最後尾の左右にエオジさんと、グロンに乗ったギディだ。


ギディはまだ子供なのでゴゴゴと契約出来ないからグロンを貸している。


 ゼフには、俺と一緒にツンツンも乗っているので安心感が半端ない。


最近、ブガタリアの商隊のゴゴゴは移動でも防御結界を張るようになっていた。


八体すべてのゴゴゴがぼんやりと光り、一瞬で結界を張る姿は結構壮観だったなあ。


大商隊だともっと見ごたえがあるだろうなと思う。




 ブガタリアの国土自体がそんなに広くないこともあって、夕方には最初の町に到着する。


ちょっと緊張し過ぎたかな。


すごく疲れた感じがする。


「ようこそ、コリルバート殿下」


「お世話になります」


ゼフから降りて挨拶をする。


 相手は小さいとはいえ、一つの部族の長である。


白髪のおじいさんだけど目は鋭い。


力を至上とするブガタリアで小さな集団を維持するのはすごく大変だ。


皆、やっぱり強いほうへ流れて行くからね。




 この町は小さいけれど、宿場町というか、王都に入る前に商人が休憩したり荷物を確認したりする町だそうだ。


俺は長の家に招かれて泊まるため、ギディとホーディガさんが一緒だ。


エオジさんを始め、あとの御者たちは町中にある専用の空き地にテントを張る。


宿は無いけど食堂はある。


俺たちとは食事も別々だ。


あ、食事、忘れてた。


 俺は偏食で食べられないものが多い。


だけど招待されちゃったら食べないわけにはいかないよな。


思った通り、魔獣の肉を中心としたご馳走が並ぶ。


「申し訳ありませんが、殿下は大変お疲れのようですので」


ギディがうまく誤魔化してくれて、俺は少量だけ口にして早めに寝ることにした。




 この町に一つしかないという風呂を借りる。


「ふう」


緊張していた筋肉をほぐすようにマッサージしていると、誰かの気配がした。


さすがにツンツンは連れて来ていない。


俺はちょっと焦った。


「誰だ」


湯気の中に浮かんだ影が揺れる。


「あ、あの、失礼します」


女性の声だ。


「さっそくかよ」と、俺は天を仰ぐ。




「殿下、失礼しまーす。 おや、先約ですかー?」


ちょっと間延びした声でギディがやって来る。


「きゃああああ」


まだ幼い声だから俺たちとあまり変わらない女の子だったんだろう。


俺以外いないと思ったのに他の男が来たから驚いて逃げたみたいだ。


 ギディが湯気を払って顔を見せる。


「辛うじて服は着てましたけど、まだ子供でしたよ」


ああ、そうだろうさ。


俺が子供なんだ、相手だって子供をてがってくるだろうよ。


「そういや、七歳か八歳ってとこだったな」


おい、それ、俺がどうみてもそれくらいにしか見えないって言ってるのか。


「明日、早朝から手合わせやるからな」


「えー、行商の間くらいはゆっくり休まれたらいかがですか?」


嫌だね。 もう日課になってるから目が覚めるもん。




 そんなわけで、いつも通り夜明け前から起きだして、運動やって手合わせやって、弟たちを撫でまわす。


この町の大人たちは呆れた顔で俺たちを見ていた。


朝食はゴゴゴたちと一緒に取るといって、別にしてもらう。


「ほんっと、お前の好き嫌いは何とかならんのか」


エオジさんが半笑いで俺にパンと果物を渡してくれる。


 朝食後は商品の確認と、祖父じい様から預かった書類を渡して終わりだ。


昼には出発できるだろう。


ホーディガさんと事務方の青年が荷物運びの御者たちと共に確認作業をしている。


 そんな中、白髪の長が俺に近づいて来た。


「昨夜は孫娘が失礼をいたしました」


ああ、そう、と心のこもっていないお詫びを聞き流す。




 俺が興味を示さないので、代わりにという感じでエオジさんが質問をしていく。


「お孫さんはお嬢様、お一人ですか?」


「いえ、娘は一人ですが、男が五人おります」


ああ、一夫多妻だしね。


「六名なら少ないですね」


隣に居たギディが小声で呟いた。


ギディんとこは二桁だもんね、そりゃ少なく感じるだろうさ。


俺はちゃんと頭の中に記憶しておく。


後で紙のメモ帳に書くけどさ。




「終わりました」


ホーディガさんと事務の青年が戻って来て、俺は白髪の長に挨拶をする。


「これからも良い取引をお願いします」


ニッコリ笑ってゼフに乗る。


全員が騎乗したところで合図を送ると、八体のゴゴゴの身体がぼうっと光り、「おおお」と町の住民から声が上がった。


俺は出発の号令を出す。


 動き出そうとする直前、ゼフの側に女の子が駆け寄って来た。


「うおっと、危ないよ」


俺がそう声を掛けると、女の子は俺を見上げて、それからぺこりと頭を下げた。


「昨日はごめんなさい!」


はあ?、昨夜の子なのか。


「気にしていませんよ」


ニコリと笑って年上の余裕を見せよう。


「でも、あの」


オロオロする、その女の子の目には涙が浮かんでいて、俺は仕方なくゼフから降りた。


この子もただ産まれただけで、こんな目に会うのだ。




 俺はゼフに載せている俺専用の箱から小瓶を取り出す。


「これは昨夜渡し忘れていた、お土産です」


五匹ほどの小赤が入った飾り瓶だ。


「中に小さな魔石が入っていて、このままでも一年は生きています。


餌はこちらをどうぞ」


大人たちが唖然としている間に、俺と女の子の受け渡しが終わる。


「あ、ありがとうございます」


青い顔で震えていた女の子が可愛い小赤を見て微笑んだ。


「ありがとうございます、殿下」


白髪のじいさんもやって来て、俺に頭を下げる。


「試験的に育てている観賞用の魚で、小赤といいます。


もし途中で死んでしまっても誰のせいでもありませんから」


王子からもらったものを死なせたら一大事、なんてことにならないようにちゃんと釘を刺しておく。


 子供なんだから色々失敗するさ。


それをどう扱うか、俺はこのじいさんたちがどう対処するのか見たいと思っている。


餌は王都の店に注文してくれれば届けると商売の話につなげておいた。


「では」


今度こそ町を離れる。




 最初の休憩地点で、ギディが近寄って来て囁いた。


「可愛い子でしたね」


「はあ、そうだったか?」


俺にはどう見ても王都の平民の子供たちとそんなに変わらない。


肩をすくめたギディが、


「そりゃあ、ピア嬢には敵いませんけどね」


と、言う。


ため息を吐いた俺を、ツンツンが尻尾でピシピシと叩いてくる。


どうやらツンツンはピア嬢がお気に入りらしい。


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