第27話 お荷物というものは


 俺は図書館でピア嬢と別れ、一旦大使館へ戻った。


「どこ行ってたんだ!」


案の定、エオジさんには怒られた。


テヘッて舌を出したら思いっきりゴツンと拳骨げんこつをくらった。


「ごめんなさい、もうしません」


「嘘くさい」


えー、そんなあ。


 何故か晩御飯抜きにされたので、俺は弟たちのところに行くことにした。


「え、待って、俺が飯、食い終わるまで待って」


エオジさんが慌てて食事を口に詰め込む。


しょうがないなあ。


そんなやり取りしながら祖父じい様の横でお茶を飲む。


「何か良いことでもあったか?」


こそっと祖父じい様に訊かれて「ちょっとね」と答える。


「そうか」


祖父じい様は笑って俺のたんこぶを撫でた。


そこ痛いよ、祖父じい様。




 預り所でゼフとグロンと遊んでブラッシングして乗り回して運動した。


時間がちょっと遅かったけど、市場で買った魚も食べさせた。


 ゴゴゴたちの食事の時間というのは人間に合わせて食べさせているというだけで、正確には決まっていない。


野生のゴゴゴは腹が減れば食べるし、たくさん食べた後は数日食べずに過ごすこともある。


人間の時間になんて合わせるはずがない。


でも魔獣たちの健康のためには、あまり食べさせ過ぎるのは良くないと言われていて、王宮の魔獣担当のじいちゃんなんかは定期的に断食させていたりする。




 俺はどうしても弟たちを甘やかしてしまう。


弟たちは好き嫌いが激しいし、見慣れないものはたとえ俺が渡しても慎重に口に入れる。


ある程度食べるとそれ以上受け付けないし、お腹が減っていなければどんなに好物でも食べなかったりする。


「ゴゴゴは魔獣じゃからな。 完全に飼い慣らされた家畜にはならん」


じいちゃんはそう言ってた。


【コレ、スキ】


うん、ゼフは魚が気に入ったみたいだね。


「でもな、ここにいられるのはあと二日なんだ」


明日は帰るための準備をして、明後日にはブガタリアへと出発する。


だから、またブガタリアの食事に戻るんだ。


【コリル、イッショ】


訊いてきたのはグロンだ。


「ああ、もちろん一緒に帰るよ」


グルッ


一声鳴いて、安心したように食事を続ける。


 その間、ツンツンは何をしてるのかなと思ったら、仲間のゴゴゴたちの間にこっそり潜り込んでいる。


え、何してるの?、まさか騎獣たちの情報収集とかしてるの?。


「あの御者は下手くそ」とか、「もっと旨い飯食いたい」とか。


そんなこと想像してたら面白くて笑った。




「コリル、だいぶ緊張がほぐれたな」


「そう?」


エオジさんから見たら、俺は旅の間ずっと緊張状態だったらしい。


そうかもしれない。


だから弟たちも俺を守ろうと必死だったんだな。


「ありがとうな」


俺が弟たちを撫でていると、エオジさんが、


「おい、感謝する相手を間違ってないか?」


そう言って、何故か胸を張って腕を組む。


俺はプッと噴き出した。


「エオジさんに感謝するのはブガタリアに無事に戻ってからかな」


「むう、そうだな。 分かった、いっぱい感謝させてやる」


えー、そんなことにがんばらなくていいよ。




 翌日は、朝から祖父じい様の商隊の人たちが集まって来て、明日の出発の準備を始める。


大使館の庭をお借りして、たくさんの木箱が並んだ。


商品の買い付けが終わったものを順番に梱包して、積み込んでいく。


山越えだから木箱が壊れることも予想した慎重な作業になる。


 俺も出来ることを手伝った。


力仕事は無理だけど書類を見ることぐらいなら出来る。


問題は、知らない商品名が多いのと、数の単位が一定じゃないことだ。


前世でもあったよなあ。


物や包装の単位で数え方が違うやつ。


例えば動物なら大きさで「匹」と「頭」で分かれたり、魚でも食用は「」とか平たい魚は「枚」とか。


あんまり詳しくないんでアレだけど、この世界じゃ、魔獣は「たい」、家畜は「頭」、鳥は「羽」だな。


だからグリフォンは「体」だけど、大鷲は「羽」だ。


あ、雛さん、じゃないや、もう大人になった魔力持ちの大鷲は元気かなあ。


この場合はやっぱ「体」かな。




「コリル!、ボウッとしてんなら邪魔だからどけ!」


祖父じい様に怒鳴られた。


「すみません!」


やべえ。


商隊で動いているときは隊長の孫である俺を誰も叱れないので、祖父じい様は遠慮なく怒鳴る。


 俺は、説明してもらいながら荷物と書類の数が合っているかの確認をしてるんだけど、次から次に運び込まれるからとても忙しい。


「皆、すごいな」


休憩時間、俺が目を白黒させていると商隊の御者さんたちが笑う。


「国内なら誰でも手伝ってくれるが、ここには俺たちだけしかいないからな」


俺はブガタリアでの荷物の積み込みは見ていなかった。


今回、初めて大勢が木箱に詰め込む作業を見た。


それが要領良く出来ないと普通は商隊には参加出来ない。


「うーん、これが他国との交易ってことなんだなあ」


俺は、彼らが今まで通り安全に、そしてもっと楽に交易が出来るような仕組みを考えたいな。


だって、明日は早朝からゴゴゴたちをここに一体ずつ連れて来て荷物を載せていくんだ。


いったい何時間かかるやら。




 ゴゴゴに乗っていないときの御者たちは普通の商人だ。


祖父じい様の部族で商売をしていて、年に二回の大規模商隊に参加する。


日頃は小さな商店の気安い店主たちなのだ。


 もちろん、中には運送だけの専門の御者さんもいる。


彼らも荷物の積み下ろしの時は手伝いに来てくれるが、買い付けは祖父じい様に依頼している。


だからその注文と品物に間違いがないかを確認するのはとっても大事な仕事なんだ。


 庭の隅に大使館の人たちも待機していた。


食事や休憩のときの手伝いもあるけど、来客や荷物の到着も教えてくれる。


 そして一番大切なのは、確認した内容が違う場合の対処だ。


相手先に大急ぎで連絡して、足りない物や破損している物を補填してもらう。


その交渉がうまくないと大使館で働けない。


ブガタリアの国民に損などさせられないと鼻息が荒い。


うわあ、ちゃんと脳筋というか、武の精神がここにもある。




「おい、あれ見ろ」


夕方近くになって、エオジさんが俺の側に来た。


その視線の先にはシーラコーク国の外相の姿がある。


祖父じい様と大使と三人で、庭の隅で話していた。


 庭の木箱は朝からがんばったお蔭でほぼ片付いている。


「今日は別に謝罪に来たわけじゃなさそうだけど」


この国に来てから、あの外相の男性はずっと俺たちに謝りっぱなしだ。


 向こうも俺とエオジさんに気が付いたのか、さっと礼を取って挨拶をする。


たぶん、もう周囲にバレたんだし、俺の平民扱いはやめたんだろうな。




 祖父じい様に「来い」と合図されたので、エオジさんと顔を見合わせ、仕方なく向かう。


「こんにちは」


愛想笑い全開で子供らしく元気に挨拶だ。


「殿下、もうご出発とは寂しい限りです」


嘘つけって、心の中で思ったのは俺だけじゃないはず。


「私もです。 シーラコーク国の皆さんには大変良くしていただきました」


祖父じい様がとっても良い笑顔で「今回は商売がうまくいった」と喜んでたからね。


本当に良くしていただきましたよっと。


「いえいえ、不手際でご迷惑ばかりお掛けいたしました」


へえ、それは分かってるんだね。


こんなところで立ち話もアレだからと、夕食を取りながら話をしようということになった。




「それならば、私どもの贔屓ひいきの店で一度皆さんにご馳走させてください」


と言い出した。


明日は出発だし、早く休みたい。


そう言って断ったが、どうしてもと言うので、祖父じい様は最後だと思って承諾した。


 だってね。


普通は商人のほうが外相に対して接待する側なんだよ。


確かに今回は色々あって、俺たちは迷惑をこおむった。


でもちゃんと謝罪に来てくれたし、祖父じい様の商売に関してもかなり融通したり、破格の待遇だったと聞いている。


それなのに、まだ俺たちを接待しようとするのは何かあるんだろうか。


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