第28話 食事というものは


 食事に行くのは、俺と祖父じい様とエオジさんの三人だ。


大使館は明日の出発まで厳戒態勢なので、大使は仕事中だからと同行を遠慮した。


俺たちがいなくなればまた静かになるので、その後でゆっくり外相とお話をするそうだ。


 馬車に乗せられて、海の見える高級そうな店に連れてこられた。


エオジさんの目が不穏だ。


何か感じているのかもしれない。


 俺は着替えるときにツンツンを呼んで連れて来た。


やっぱりツンツンも警戒している。


背中がピリピリする。




 大きな店のようなのに貸し切りにでもなっているのか、あまり人影がない。


「いらっしゃいませ」


従業員総出の出迎えだ。


「どうぞ、こちらです」


金髪でスタイルの良い、おそらくこの店一番の美人のおねえさんが俺たちを案内する。


はあ、なんかすでに肩がるんだけど。


俺は黙って祖父じい様の後ろについて行く。


 店の奥の豪華な扉を開けて一室に入る。

 

たぶん一番高級な部屋なんだろうな。


その部屋に入った途端、俺でもピリッとする魔法の気配を感じた。


「なんなんだよ、これ」


俺は思わず声を零した。




 基本的に祖父じい様もエオジさんも武寄りの人だ。


だけど筋肉好きのブガタリアの民でも一応は皆、そこそこ魔法が使える。


部屋に一歩入ったところで三人とも足が止まった。


 俺はグッと唇を噛む。


ツンツンがいるからと、知らずに頼り過ぎていたのかもしれない。


『防御結界』


ブワッと風が起き、俺たち三人を包み込む。


ちゃんと魔法制御が出来ているのは試験で派手にやらかした反省からだ。


「ちょ、ちょっと待ってください。 何です、いったい」


外相が慌て始める。


 シーラコーク国ではすべての人間が魔法を使えるわけではないそうだ。


魔力が無いというわけではなく、便利な魔道具が多いので、そちらを使うために個人で魔法を使うことがあまりないのだという。


だから魔法の勉強がおろそかになっているとピア嬢が嘆いていた。


 この気配は、おそらく部屋の中に魔道具がある。


それも盗聴とか盗撮とか、そんなものだと思う。



 

「あはははは、すごいね、君」


この部屋に不似合いなほどの高い子供の声がした。


 一見、壁にしか見えない場所が扉のように開き、そこから俺と同じくらいの年齢の高級そうなスーツを着た子供が現れる。


大勢の護衛を引き連れて。


ああ、これが『元凶』か。


「ごめんねえ、食事の邪魔するつもりはなかったんだ。


だけど、私の友人がどうしても最後に君に謝りたいっていうから連れて来てあげたんだよ」


たぶんこの店を紹介したのもコイツだろうな。


 護衛の中から外相の長男サルーレイが前に出て来た。


「お、お前は、何故ここに」


父親が困惑した表情で息子を見る。


サルは俯いたまま震えていた。


「ご、ごめん、なさい」


それは俺たちに向けたものなのか、父親になのか。




「ちゃんと謝りなよ、サルーレイ。 そんなんじゃ謝罪にならない」


元凶がそう言うと護衛の一人が動いてサルを無理やりひざまずかせた。


「も、もうしわけ、ごご、ごじゃいま、しぇんでした」


声も震えているし、はっきり言って呂律も少し怪しい。


もしかしたら、どこか怪我をしてるんじゃないだろうか。


 祖父じい様も俺も顔を顰める。


エオジさんは冷静に護衛の数でも数えているのか、口元が歪んで凶暴な顔になってる。


祖父じい様は何故か俺を見た。


子供は子供同士ってか?。


嫌だよ、俺、あんなの相手にしたくないもん。




「シェーサイル殿下、これはいったいどういうことなんですか!。


顔を見たいだけだと仰るから連れて来のに」


外相は食ってかかる。


「いやだなあ、私は彼の手助けをしただけだよ」


へらりとした笑みを浮かべた顔は、きれいに整っている。


腰まである長い白い髪は、まるで透き通った絹糸のようだ。


白い肌に神秘的な紫色の瞳、華奢な身体付き。


だけどその口から出て来る言葉は気持ち悪いの一言だ。


「ねえ、君もそう思うでしょう?。


ブガタリア王国第二王子コリルバート様」




 俺は覚悟を決めて一歩前に出て跪いた。


「お初にお目にかかります。


シーラコーク公主国第五公女シェーサイル姫」


公主国は港町のせいか、本当に多くの国と交流がある。


そして、どの国とも友好な関係を築くために様々な女性と婚姻していた。


ということは、公主陛下はハーレムの主で、子供がたくさんいるということだ。


それくらいのことは大使館にいるとすぐに分かる。




 正体を言い当てられて、その子は顔を真っ赤にした。


「な!」


少年の格好はしてるけど女の子だ。


魔力を見れば分かる。


女性と男性では身体のどこに魔力が溜まるかが違う。


うん、高位魔術書のお蔭で知ってた。


「サルーレイ様のご婚約者様は公主一族の姫だと聞いておりました」


パーティーの日、来客よりも優先しなければならないのは友人ではなく公主族の姫であり、婚約者だったから。


人前に出せないのはまだ十五歳未満の子供だからだ。


ブガタリアでは十歳が社交に出られる基準になっているが、この国では十五歳。


パーティーに出られないからイタズラをしようと思いついたんだね。




「あなただって子供でしょう!」


おやおや、逆ギレっすか。


「私は九歳ですけど特別に許可をいただきました。


先日、魔法と剣術の両方の試験に合格したので、そのご褒美でなんですよ」


もう一歩前に出ると、俺を囲むように護衛たちが動いた。


「試験官は大国イロエストの現王の弟殿下と、高名な魔術師でしたけど。


なんならここで披露しましょうか?」


俺はエオジさんの真似をして、ニヤリと悪い笑顔を浮かべてみせる。


 囲まれてるのがうざったくなってきた。


俺が足元にツンツンを出現させると、


「ひっ」


と、公女と護衛たちが後ずさる。


ピリピリと背中が痛くて仕方なかったんだもん。




「それで、ここで食事は出来るんですか?」


今日、一日中ずっとがんばってたから腹減ってるんだけど。


バタバタバタと足音が聞こえる。


今頃準備に走ってるの?。


「こんなに大勢じゃ、この部屋では全員テーブルに付けませんね、どうなさいます?」


護衛の中から一番年上っぽい中年の男性が出て来て、公女に何かを囁いた。


公女が頷くと、その護衛が俺に一礼する。


「ご迷惑をお掛けし申し訳ない。 我々はこれで失礼する。


お詫びは後日改めて大使館のほうに連絡させていただく」


ほう、どうやらちゃんとした人みたいだね。


 俺が振り向くと、エオジさんも祖父じい様も頷いた。


「謝罪を受け入れる」


俺は部屋の中の護衛たちを見回して、鷹揚に頷いた。


一斉に礼を取り、全員がバタバタと部屋を出て行く。




「あなた方も帰ったらどうです?。 ご子息はどこか怪我をしておられるようだし」


俺がそう言うと外相は驚き息子に寄り添った。


何か言葉を交わしていたが、立ち上がると俺に一礼する。


「ありがとうございます。 お言葉に甘えまして」


外相親子もすぐにこの部屋を後にした。


おそらく乗って来た馬車はまだいるだろう。




 俺は豪華な椅子にドンッと座って、だらりと腕を下げた。


「もうお腹空き過ぎて動けない」


祖父じい様とエオジさんは顔を見合わせて苦笑した。


「お待たせいたしましたああ」


突然、扉が開いて元気な声が響き、ドカドカッと料理が運び込まれ始める。


「うわあ、美味しそうだ。


ねえ、祖父じい様、エオジさん、早く食べよう!」


【コレ、スキ】


ツンツンもうれしそうな声を上げ、テーブルの上で俺と一緒に食べ始める。


 お店の人たちは、ツンツンを怖がる人と大丈夫な人が半々くらいだった。


食事が終わると、店の偉い人が俺の席に来て直接お茶を淹れてくれた。


「コリルバート殿下、本日はその、大変ご迷惑を」


俺は首を傾げて、その人を見上げる。


「お料理は美味しかったし、ツンツンも満足してるよ。


お店の方にご迷惑なんて掛けられてないと思うけど」


何故か気に入られたようで、明日、出国すると伝えたらとても残念がられた。


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