第25話 身分というものは


 翌日、またしても外相が謝罪に訪れた。


親ってさ、馬鹿な息子を持つと苦労するね。


誰とは言わないけど。


「コリル、お前も最初から第二王子として振る舞っておけば問題無かったんだぞ」


へっ?、そうなのかな。


外相の前で、祖父じい様は俺の頭を一つコンと小突く。


「すみませんでした」


そうだよな。


側妃の子とはいえ、他国の人から見れば間違いなく王族だ。


俺の平民志望はブガタリアの国の中だからこそ許され、周りの皆も笑って合わせてくれる。




 だけど、ここは違う国。


誰もが俺の価値観を理解してくれるわけじゃない。


それこそ、俺の中の王族の血を否定出来ない。


苦笑いの外相さんはきっと俺の事情も知っていて、合わせてくれていたんだろう。


自分の子供たちにも余計なことを言わなくても、単純に話し相手になってくれると思っての紹介だった。


「いえいえ、まだまだ幼い身でありながら大したものです」


あー、俺、歳はピアーリナ嬢と変わらないんだけど。


また見かけで判断されたかな。




 祖父じい様はコホンと咳払いをした。


「それでな、コリル。


サルーレイ様だけが罰を受けるのは違うと、わしは思う」


喧嘩両成敗、だっけ。


どっちもどっちということにすれば、少なくともサルは勘当されない。


「お前と、そしてピアーリナ嬢にもほんの少し、不自由な思いをしてもらうことにした」


ピアーリナ嬢にも?。


何故?、彼女はとても良くやってた。


あのサル兄の尻拭いまでしてたじゃないか。


俺は顔を歪めて不満を示す。




 外相が俺たちを見てオロオロし始める。


「あ、あの、ほんの少しです。


ピアとコリルバート殿下が親しくないと装っていただきたいだけですので」


え?。


「何のことでしょうか」


本気で分からない。


「つまりな、コリル」


エオジさんが説明してくれるらしい。




 サルは今回の件で勘当寸前状態になっている。


「彼は本来は妹想いの嫡男だったが、母親の死が彼を変えてしまった。


母親のように愛情を込めて、妹たちを守ろうとした」


それがどうしてあんな横柄な態度になったのだろうか。


「ちょうどその頃、彼は公子の遊び相手に選ばれた」


大使が悲しそうに微笑む。


ん?、それって良い話じゃないの?。


十歳かそこらの子供には断れないだろうけど。


「あの子は大人になろうとしたんです」


外相が俯き、固く握った拳を震わせる。


父親を助けて、気に入らない話も引き受ける、一人前の大人に。




「それが、公主一族の問題児というわけですね」


エオジさんが重そうに口を開いた。


「問題児……?」


俺は初めて聞く話に驚く。


どっから出てきた、その公子。


だけど、このシーラコークの国では当たり前の常識的なことらしい。


公主の子である公子。


この国の最高血族の次代をつなぐ子供。


どんな子供であっても、権力を持っていることは確かだった。





 そんな者に声を掛けられたらイチコロだ。


力不足のサルには、公子の友人という立場は悪い薬みたいに染み込んで、気持ち良くなっただろう。


ああ、それで。


「あのパーティーでの件は、その公子がそそのかしてサルーレイ様にやらせたのですか」


俺が納得しそうになって、外相が慌てて否定する。


「いえ、公子が勝手にやったのです」


実はあの日、パーティーに出る予定はなかったが外相邸に遊びに来ていたらしい。


他の部屋でサルと過ごしていたのに、その友人を呼び出されて気分を害された。


いつも連れている従者に指図して、いたずら用の薬を用意して飲ませるように仕組んだ。


誰も死にはしないし、自分は公子だし、ここにいることは一部の者しか知らない。




「すべて息子に押し付けて、コリル殿下を貶めようと。


いえ、力不足のサルーレイを切り捨てるのが目的だったのかもしれません」


しかし、パーティーでの件はサルも被害者とされ、ブガタリア王族からはお咎めもない。


「サルーレイ様がコリルの正体に気付かないのを良いことに、さらに助長するように悪い噂を耳に入れた」


えー、エオジさん。


それ、ちょっと聞きたいような聞きたくないような内容ぽい?。  


「魔獣狂いのコリルは、魔獣の餌に人間の子供を……」


あー、あー、あー、やっぱり聞かなきゃ良かった。


それでサルはあの剣幕で預り所にやって来たわけか。


俺、その公子、やっちゃっていいかな?。


いいよね?。




「コリル。 わしらはあと三日でこの国を去る。


お前の罰は、それまでピアーリナ様に会わないというだけだ」


そして、ピアーリナ嬢も同じように俺に会わないことを約束させられたそうだ。


はあ、なるほどな。


「それが一番、公子を刺激しない、ということなんですね」


顔を見たこともない相手から嫌われて、そいつのお気に入りの女の子には会うなってわけか。


 確かに、ピアーリナ嬢はこの国にとっては必要な人材だ。


将来有望な女性が他国の王子に気に入られたら、そっちの国に嫁に取られてしまう心配がある。


だから会わせない。


 はあ、俺は盛大にため息を吐いた。


「もういいです。 会わなきゃいいんでしょ」


そう言って、俺は席を立ち部屋を出た。




 自分の部屋に向かっていたら、どこかで見たようなシーラコークの女性従者が俺を呼び止める。


「申し訳ありません、殿下。 これを」


そう言って、何か手紙のようなものを俺に押し付けて走り去った。


あー、もしかして、あれはピアーリナ嬢の従者かな。


外相の馬車にでも紛れて入ったのか。


まあ、事情を知ってそうな大使館員なら、わざとここまで通すだろうけど。




 部屋に戻った俺は、その手紙を広げた。


やはり、ピアーリナ嬢からの手紙だった。


なるべく簡潔に今回の件を謝罪しようとしている。


賢そうなその文面が、いやに哀れで、悲しい。




「誰のせいでも無いよ、ピアーリナ嬢」


いや、元凶は存在するけど、俺たちでは罰することなど出来ない。


それは、元々もともと凶々まがまがしいものだから。


「あははは」


俺が最も嫌いな、ただ産まれただけの運命。


きっと、こいつもそれに逆らえないんだ。


情けないよな。




 暇になった俺は、ツンツンを連れて昨日の生け簀湾へ一人で釣りに出かけた。


エオジさんはちょっと忙しいみたいでさ。


大丈夫。


俺にはツンツンという最強の護衛がいるもん。


 ボーッと釣り糸の先を眺める。


餌は一人で何とか付けられたけど、針に掛かった魚は外せそうにない。


外せないとツンツンにも食べさせてあげられない。 


もし、魚が掛かったら周りの誰かに頼もうかな。


 そう思って、俺はそっと周りを見回した。


若者、お年寄り、子供。


様々な聞き慣れない言葉が聞こえる。


「言葉、か」


ツンツン、俺に一人での魚釣りはまだ早かったみたいだ。




 釣り道具を店に返し、市場に寄って買った魚を鞄に詰め込んで歩く。


これから預り所に寄る予定だ。


ゼフも待ってるだろう。


グロンも結構食ってたし。


 とりあえず、なるべく大きな通りを選ぶ。


路地はボーッとした子供には危ないからね。


分かってて、どうして俺は馬車に乗らずに歩いてるんだろう。


ツンツンがいるから何とかなるけど、今日は商隊の仕事で忙しいエオジさんには大使館から出るなって言われたんだよな。


まあ、後でちゃんと叱られよう。




 街の海側から山側を目指して大通りを真っ直ぐに歩いていたら、大きな建物が目に入った。


「何かな」


近づくと、どうやら国の図書館みたいだ。


入っても大丈夫かな?。


ブガタリアにはこんなに大きな図書館はない。


ちょっと見てみたい。




 入り口を探す。


標識、矢印、人の流れ。


何とか受付に着いた。


「ブガタリアから来た者ですが、見学は出来ますか?」


なるべく丁寧に、ヴェルバート兄の笑顔を意識する。


あの顔にはかなわないけど、何とか雰囲気だけでも。


「はい、ええっと」


何か問題があるのかな?。 子供だからダメなのかな?。


 困惑する受付嬢と、胡散臭い子供が見つめ合う。


「どうかされましたか?」


そこに救世主が現れた。


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