第24話 女というものは


 止める従者たちを一蹴し、ピアーリナ嬢はグロンの側に駆けて来た。


はあ、仕方ない。


絶対無理だと思ったんだがな、言い出したのは俺だけどさ。


 俺は騎乗したまま彼女に手を差し出す。


「ありがとうございます、コリル様」


手を握り、そのまま軽く持ち上げてフワリとグロンの背中に乗せてやる。


「お嬢様!!」


従者たちが追いかけて来るが、グロンは防御結界を発動し、誰も寄せ付けない。


「怖かったら俺の背中に」


今のグロンには馬のような手綱がない。


俺は振り落とされる心配はないので、適当にグロンの身体に手を乗せている程度だ。


「はいっ」


満面の笑みで俺の背中に引っ付く女の子。


え?、ええ?、服を掴むくらいだと思ったんだけど。




「では走るので、何かあったら俺の身体を殴ってくれ」


そうしないと気づかないからな。


俺が乱暴な言葉を言えば彼女は少し驚いた顔をするが、すぐに笑みに変わる。


「はい、分かりました!」


いったいなんだよ、こいつは。


「グロン、最初はゆっくりだ」


グルグルッ


タタタと走り始め、従者たちの声が遠ざかっていく。


 二周目は少し速度を上げる。


防御結界を緩め、身体で風を感じるくらいにした。


 三周目、さらに速度を上げるがさっきの疾走ほどじゃない。


女の子乗せてたら、そんなこと俺でも出来ん。


ピアーリナ嬢の手がギュッと俺の身体を掴んだ。


顔に風が当たって少し痛いと感じる程度で止めておく。


それにもうグロンも休ませたいからね。




 入口付近に戻って来ると、結構な人だかりになっていた。


「ピア!」


ああ、サルが来てたのか。


俺は彼らの手前でグロンを止め、彼女を降ろす。


「ありがとうございました、とっても楽しかったですわ」


「そりゃどうも」


俺は、初めてまともに同年代の女の子の顔を見たかもしれない。


 ヴェルバート兄に似た金色の髪、丸い翠色の瞳は宝石のようにきれいだ。


俺は少しの間、その瞳に見とれてしまった。


「き、きさまああああ、もう許さん!!」


サルが大声を上げながらこっちに向かって来る。


従者と一緒に駆けて来るが、グロンが怖くて一定以上近付けない。


俺たちから少し離れた場所でギャンギャン喚いている。




「うるさいですわ、お兄様」


ピアーリナ嬢がピシャリと野次馬たちの声を止める。


「何を言ってるんだ、ピア!。 そんな野蛮人から今すぐ離れろ」


俺はフンッと鼻息を吐き、グロンと共に預り所の中に戻ろうと背を向けた。


「コリル様、今日は本当に楽しかったですわ。


出来ましたら、また乗せてくださいませ」


俺はその声に振り返る。


「ああ、いいですよ」


従者たちが驚き、サル兄が顔を真っ赤にして怒りに震えている。


「ただし、そっちのお身内の許可をもらって来てくださればね」


「それは」


ピアーリナ嬢の顔が曇る。


「貴様、残念だったな。 今日以降、ピアに近づくことは禁止する!」


顔を見せるなとか、さっさと国を出て行けとまで言われた。




 俺の側にいる施設の人や、ゴゴゴの御者たちの顔も徐々に怒りに染まっていく。


一歩前に出ようとしたエオジさんを俺は止めた。


「俺は何にも悪いことしてないよ。 だからこれはあっちの問題」


グロンの影から、ブガタリアの人たちにしか聞こえないように伝える。


俺のほうはどうでもいいんだ。


喧嘩腰は止めてね、脳筋さんたち。


皆、少し残念そうにため息を吐く。




 グロンから離れたピアーリナ嬢を従者たちが取り囲み、サル兄のところに運んでいく。


俺が動じないせいか、サルたちはますますヒートアップしていった。


「もう我慢出来ない!。 こんなきたならしい魔獣などすべて処分してやる」


プツンッと俺の堪忍袋の緒が切れる音がした。


グロンをエオジさんに預けて、俺はゆっくりとサルに近づいて行く。


 俺の雰囲気が変わったことが分かったのだろう。


向こうの勢力が後ずさりする。


「な、なんだよっ」


まだ何か言いかけた兄を、ピアーリナ嬢が止めた。




「お兄様、もう止めてください。 無礼なのはお兄様のほうです!」


「何を」


妹の剣幕にサルはタジタジになる。


「この方は、ブガタリア王国第二王子コリルバート殿下です」


「えっ」


ざわついていたシーラコークの者たちの動きがピタリと止まった。


「ほお、やっぱり知ってたんだ」


俺がニヤリと笑ってピアーリナ嬢を見る。


「はい、我が国との交易のある国のことを勉強するのは、外相を父とするわたくしたちには当然のことでございます」


ピアーリナ嬢は俺に対して正式な礼を取る。


「よしてくれ。 俺は今は祖父じい様の商売を勉強中のただの平民だ」


「いいえ、コリルバート殿下は王太子になられたヴェルバート殿下とも大変仲が良いと聞いております。


わたくしたちは武の国ブガタリアを尊重し、将来も良き関係を築きたいと思っております」


うーん、やっぱ侮れないお嬢さんだったな。


「シーラコーク国がブガタリアをないがしろにしないことを希望する」


俺はただそれだけだと言って建物の中に入る。


これ以上付き合ってられるか。




 ピアーリナ嬢は、しばらくの間、俺がいなくなっても礼の姿勢を取り続けた。


俺たちブガタリアの者たちは小さな窓からその姿を見ている。


「お、おい、ピア。 それは本当なのか、ブガタリアの、あれが王子だと?」


ピアーリナ嬢は兄や従者たちをキッと睨みつけた。


「外相の家系の者たちが他国の、しかも王族に無礼な態度をとるなど、あってはならないことです」


例え、相手が小さな国だろうと、交流の少ない国だろうと。


商人ならば利益の大小で、ある程度態度は変わっても仕方がないが、国の代表である外相の関係者がそんなことをしては外交問題になる。


「父に知らせます。 そこをどいてくださいませ」


怒りの形相のまま、ピアーリナ嬢は歩き出す。


「待ってくれ!」


サルにすれば昨日から失点ばかりだ。


これ以上は不味い。


下手をすれば跡継ぎどころか、勘当になってしまう。


 俺はオロオロするサルの姿を見ながら、ピアーリナ嬢のほうが次の外相に相応しいなと思う。

 

この国が跡継ぎを性別で限定しないならね。




 ピアーリナ嬢を追いかけて、人がいなくなって静かになった。


俺はやっと大使館に戻れる。


エオジさんがクスクス笑いながら俺の後について来た。


「あのお嬢さん、かっこ良かったですねえ」


俺は黙って頷く。


どう表現していいか分からないけど、女の子ってあんなに強いんだなと気づいた。


いや、彼女が強いのか。


大使館への道を歩きながら、俺は吸い込まれそうな翠の瞳を思い出していた。


「でもあんなのをお妃にしたら苦労しそうですな」


エオジさんの言葉に俺は首を傾げた。


「何で?。 有能なら女性でも仕事はあるじゃん」


今のブガタリアは慢性の人手不足で困っている。


ピアーリナ嬢ならヴェズリア様の良い部下になれそうだなって思う。


「へえ、コリルはああいう賢い女の子が好みなんだ」


「へっ?」


お妃っていうからヴェルバート兄のお嫁さんの話かと思ってた。


「お、俺?」


考えたことなかった。


おれは顔が熱くなるのを感じたけど、それが何故なのかは分からなかった。




 その日の夜、エオジさんから報告を受けた祖父じい様も、大使館の人たちも大爆笑した。


あのさ、これ、俺が怒られる案件だと思うんだけど。


「いやいや、良くやってくださいました、コリル様」


大使館でも、あのサル兄は問題視されていたそうだ。


あんなのが次期外相では、シーラコーク公主国のこの先の外交が危ういのではないかと言われていた。


「あの少年は五年前に母親を亡くしましてね。


それから彼を叱る者が居なくなったのですよ」


外相の奥さんもヴェズリア様みたいな有能な女性だったみたいだ。


「ピアお嬢様が一番母親に似ておいでですからね」


きっと負けまいと虚勢を張っていたのだろう。


「コリル様、あのお嬢さんは将来きっと美人になりますよ」


……何でそこで俺にウィンクするんですか?、大使。


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