第23話 嫉妬というものは
市場の露店で色々買い漁った後、俺は念願の海に来た。
ていうか、市場の終点が港だったんだけどね。
「おー、やっぱり青いのか」
砂浜というものは無くて、すぐに岸壁というか、長い石造りの桟橋が続いている。
たくさんの船、人々の声、賑やかな港を歩く。
桟橋の周りは倉庫街と船の持ち主なのか、商店の事務所のようなものが並んでいた。
背中のツンツンも驚いているのを感じる。
「すごいねえ、ツンツン」
キュルキュル
楽しさ半分怖さ半分って感じの、可愛い声が聞こえる。
「ここな、釣りが出来るんだぜ」
「え、マジ?」
桟橋のある港の端、自然の岩が作った生け簀みたいなものがあった。
周りには何人かの住民が釣り糸を垂らしている。
「ふぉおお」
俺が目を輝かせて見ていると、エオジさんがちょんちょんと引っ張る。
「あっちに貸し釣り具屋があるんだ。 行くか?」
俺はブンブンと頭を上下に振る。
生け簀の入り口に小さな小屋があって、そこにたくさんの釣り具が並んでいた。
「おっちゃん、二つ貸して」
「ほーい。 おや、あんたかい、毎度あり」
どうもエオジさんは常連だったみたいだね。
「お、今日は子連れかい。 ほら、坊主、お父さんに負けないように釣れよ」
「はあ?」
エオジさんが子持ちだと思われて不機嫌そうな声を出すけど、俺は、
「うんっ、お父さん、俺、がんばるよ」
と、追い打ちをかけておく。
あははは、楽しい。
大人も子供も釣りを楽しんでいる。
あまり大きな魚は釣れないけど、常に生け簀型の湾の外から魚が入って来るため、結構釣れるんだそうだ。
養殖用の生簀も別のところにあるらしい。
「釣れた魚はどうするの?」
「持ち帰ってもいいし、あの釣り具店でも料理して食べさせてくれるよ」
良く見ると店の周りにはテーブルや椅子が置いてある。
料理は店主がやるみたいだけど、ここで食べることも出来るのか。
すげえ便利というか、商魂たくましいというべきか。
お天気の良い秋の昼下がり。
豪商の孫とその護衛は、しばし時間を忘れてぼんやりと釣り糸を垂らしていた。
キュウルン
「あ、ごめん、ツンツン」
ずっと背中に張り付いていたツンツンがさすがに疲れて来たみたいだ。
「エオジさん、そろそろ帰ろう。 弟たちにお土産も渡したいし」
「ああ、そうだな、すまん。 ここに来るとどうも時間を忘れちまう」
頭を掻きながらエオジさんも同意してくれた。
釣った魚を入れたバケツのような入れ物をツンツンに見せて、欲しいものと要らないものに分ける。
要らないものはそのまま生け簀に戻してやると黒い影がススッと消えて行った。
店主に魚を簡単に調理してもらい、それを鞄にしまった。
「ありがとう」
「おお、坊主、お父さんとまた来いよ」
あははは、エオジさんの顔が面白い。
否定出来ないっていうか、俺の身元を話すわけにいかなくて何も言えないんだよね。
変なとこが真面目な人だからなあ。
お土産がたくさん入った魔法の鞄を持って、俺たちは大通りで馬車に乗る。
港から街の外壁にある魔獣預り所までは結構遠いんだ。
「こんにちはー」
俺はツンツンを足元に降ろしてやり、一緒に施設の中に入った。
「ああ、コリルバート様、ゴゴゴたちがお待ちかねですよ」
施設の人が弟たちを見て笑っている。
「すみません、騒がしくしてしまって」
きっと俺が早朝来たのを感じて、グロンあたりが拗ねたんだろう。
「あはは、まあ若いゴゴゴにはよくあることですよ」
自分の相棒を探して落ち着かないゴゴゴたちは多いらしい。
老齢になると十日やそこら放っておいても大丈夫らしいけど、俺はそんなことしたくないしな。
「ああ、そういえば、コリル様にここの鍵をお渡しするように言付かってます」
そういって管理者の人が俺に小さなカードみたいなものをくれた。
「一日に一回しか使えないっていう魔道具でしてね。
開けるのはこれで開けてもらって、閉めるときは魔力はいらないんでそのまま閉めちゃってください」
おお、オートロックっぽい。
「ありがとうございます。 ブガタリアに帰るまで大切にします」
俺は頭を下げて受け取った。
今回の商隊の滞在は五日間ほどの予定だ。
あと四日ほどだけど、好きな時間に会いに来れるから、これはうれしい。
グルグルグルッ
グロンが不機嫌そうに俺に絡んでくる。
「ごめんって。 ほら、美味しいもの買って来たよ」
エオジさんが鞄から魚を取り出して弟たちの前に置く。
皆、喜んで食べ始めた。
ゴーフ ゴフフフ
ゼフが今まで聞いたことないような声で鳴きながら食べている。
「そんなに急いで食べなくても大量にあるぞ」
あ、でも食いしん坊のゼフだしな、足りなかったらどうしよう。
「おいおい、ゼフは食べ過ぎだ。 腹を壊すぞ」
エオジさんの冷静な声が聞こえて、俺は我に返る。
「ゼフ、今日はここまでにしよう。 また買ってくるからね」
【イヤイヤイヤ】
初めてゼフの声を聞いた。
身体に似合わない、甘えん坊の声だ。
俺は思わず笑いだした。
「あはははは、ゼフ、ダメだよ。
でもいい子にしてたら他の御者の人たちからももらえるようになるかもしれないよ」
【ホント】
「ああ、俺がちゃんと皆に話しておくよ。 だから我慢しようね」
【ウン】
ゼフは子供っぽいけど感情が豊かだ。
可愛くて思わずいっぱい撫でた。
グルッ
不機嫌な声はグロンだ。
俺の足をガジガジと甘噛みする。
トカゲ型魔獣だけど一応歯はあるんだよな。
「痛いよ、グロン。 分かった分かった」
俺は施設の人にお願いして、少し外を走らせてやろうと思ってグロンを連れ出した。
しかし、そこに思わぬ人物がいた。
「コリル様」
従者を引き連れた外相の娘だ。
「ピアーリナ様、何故ここに」
きれいな礼をする彼女を唖然とした顔で見る俺。
「はい、大使館の方にお聞きしたら、おそらくここではないかと」
俺を探してたらしい。
ああ、俺の魔獣好きはここでも浸透してるのか。
「で、おれ、私に何か御用でしょうか」
相手は田舎の豪商の孫程度では太刀打ち出来ない相手だ。
俺なんて言えない。
「今朝もまた兄が失礼を働いたとお聞きしまして」
可愛い顔に悲痛な表情は似合わない。
「ああ、そのことは気にしていませんから。 しょせん、こちらは平民ですし」
公主国の貴族階級がどんなものかは知らないけど、外相の役職なら平民ということはないはずだ。
「あ、いえ、そんな」
困った顔になる少女に俺はため息を吐く。
後ろに並んでいる彼女の従者が、ものすごく不穏な空気を漂わせているからだ。
「申し訳ございませんが、これから魔獣たちの運動をさせないといけないので」
そう言いながら俺はグロンを撫でる。
「では、ここで見ていても構いませんか?」
は?、もの好きなお嬢さんだな。
「私は構いませんが」
チラッと後ろのお付きの人たちを見ると、彼女も振り返ってニコリと笑う。
「問題ございませんわ」
はあ、それならいいけど。
俺はグロンに騎乗し、建物の外周を回るコースをゆっくりと走る。
構ってやれなかったお詫びも兼ねて、だんだんと速度を上げ、最後はほぼ疾走に近かった。
他にも何体かのゴゴゴたちが運動のために走っているが、グロンにはとうてい追い付けない。
二、三周して戻って来ると、外相のお嬢さんは手を叩いて喜んで迎えてくれた。
「すごいです、コリル様。 なんてきれいな走りなのでしょう!」
珍しいな、ゴゴゴを怖がらない女の子は。
ブガタリアの子供でさえ怖がることがあるし、真っ黒な身体に赤い瞳のグロンはもっと怖がられる。
俺は彼女を試してみることにした。
「乗ってみますか?」
ピアーリナ嬢は驚いた顔になり、従者たちは真っ青になる。
口々に何か言ってるけど俺は別に気にしない。
どうせ、あと三、四日しか居ない国だ。
気に入らなければもう来なくてもいい。
「本当ですか!?、うれしいっ」
おいおい、マジか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます