第21話 悪意というものは
俺はすごくドキドキしていた。
皿の料理をフォークで一つ刺す。
【ソレ、ダメ】
違うものを刺す。
【ソレ、ダイジョブ】
水の入ったコップを手に持つ。
【コレ、ダイジョブ】
ゴクリと一口飲んだ。
食べる物の良し悪しなのか、俺の好き嫌いが基準なのかは分からないけど、【ダイジョブ】と言われたものだけを選んで口に運ぶ。
うん、美味しい。
俺はしばらくの間、考え込んだ。
そして、近くでこっちに背を向けている人物をこっそり指差す。
【アレ、ダメ】
少し離れている
「今、
【アレ、ダイジョブ】
俺は自分がすごく興奮しているのを感じた。
おいおい、俺の弟、優秀過ぎない?。
これ、ある意味最強の護衛になるぞ。
その時、背中のツンツンからピリッとした痛みを感じた。
「コリル君だったね」
このパーティーの主催者、この国の外相?、みたいな存在である男性だ。
この館に入るときに挨拶した覚えがある。
俺は急いで立ち上がり、少しテーブルから離れる。
偏食が激しいので他人に食事を見られるのは嫌いだ。
「はい、ブガタリアの」
「ああ、堅苦しいのは止めよう。 子供は子供同士のほうが良いだろうと思ってね」
外相は俺の言葉を遮って、自分の三人の子供たちを紹介し始める。
長男のサルーレイ、十五歳。 茶髪茶眼で軽い感じがする少年だ。
おそらく急に連れてこられたんだろう、不機嫌が顔に出ている。
長女、ピアーリナは十歳。 金髪翠眼で頭が良さそうな感じがする。
しっかり俺を見ている。 当然ながら俺より少し背が高い。 チクショウ。
次女、ルルリーナはまだ五歳。 金髪茶眼で、可愛いけど小さ過ぎる。
こんな場所に連れて来るのは、いくら何でも酷いと思うぞ、親のくせに。
そして、外相は俺を「ブガタリアの豪商の孫」と紹介した。
「コリルと申します」
俺はいつもより低く頭を下げて彼らの興味が薄れるのを待った。
早く居なくなってくれ、今はお前たちに構ってられないんだよ。
一番下の女の子は、やはりぐずったので父親が連れてってくれた。
一番上は早々に興味を失ってくれて、舌打ちした上で「では、これで」と離れて行く。
しかし、ピアーリナ嬢は俺の前から動かない。
「ピアとお呼びください」
俺が顔を上げるのを待って、ニコリと微笑んだ。
くそお、デキルなこのお嬢さん。
でも、兄のほうが彼女を呼んでいる。
「すみません、兄が大変失礼を」
申し訳なさそうな顔も令嬢としては完璧だな。
「……構いません、私は平民ですのでお気になさらず」
俺の言葉に彼女は少し驚いた顔をした。
もしかしたら俺の本来の身分のことを知っていたのかもしれない。
「何してるんだ、ピア。 こっちに来い」
もうサルーレイじゃなくて、サルでいいな。
でも本当に
「私は失礼して食事を続けさせていただきます」
そう言って、俺はもう一度テーブルに着く。
「は、はい。 食事のお邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした」
ピアーリナ嬢はきちんとした礼を取って兄と共に去って行った。
やれやれ、やっと居なくなってくれたよ。
あのピリッとした背中の痛みが無くなったのは、きっとあの三人が居なくなったからだな。
ツンツンが嫌がったんだろう。
「ごめんな、ツンツンにも嫌な思いをさせて」
キュル
小さく声が聞こえた。
俺はツンツンとの会話を続ける。
立ち上がってたくさん料理が並んでいる場所へ行き、自分の目でそれを眺めた。
指で示すのは行儀悪いので、じっと見つめてはツンツンに「これは?」と訊く。
【コレ、ダイジョブ】、【コレ、ダイジョブ】が続く。
さすが外相のパーティーだな、ハズレが少ないや。
少しすると【コレ、スキ】が混ざるようになった。
姿は消しているものの、俺の肩からツンツンが顔を乗り出して料理を見ているのが分かる。
「これか?、ツンツンもこれ食べる?」
【コレ、スキ】
うれしそうに頭を上下に振って頷いている気配がする。
俺はその柔らかそうな何かの塊を、給仕に頼んで取り分けてもらいテーブルに戻った。
どうやら白身の魚料理だったみたいだ。
席に戻って俺も食べてみたけど、味付けもあっさりしていて美味しい。
これだけ大きいと何の魚か分からないし、嫌な気分になることはなさそうだ。
ツンツンに食べさせていると、また背中がピリッとした。
「どうだ、ここの料理はうまいだろう?。
ブガタリアの田舎じゃ食べられないものばかりだ」
サルが来た。
たぶん、親に怒られたんだろうな、ちゃんと話し相手しとけって。
「ええ、国では海の魚はほとんど手に入りませんので」
俺は食事の手を止めて彼を見上げる。
あのさ、相手が食事中なのに話しかけるってどうなん。
ツンツンを見られたかと思って、焦ってドキドキしちゃったよ。
サルはフンッと鼻を鳴らして、両手に持っていた細いグラスの片方を俺に差し出す。
「これも珍しい飲み物だ。 滅多に手に入らないんだぞ」
有り難く受け取れというので、まあ、立ち上がって目の前に行く。
「私にですか?。 わざわざありがとうございます」
俺は絶対に怪しいと思ったので、少し大袈裟に大きな声を出して受け取る。
背中でツンツンが強く警戒していた。
【ソレ、ダメ、ゼッタイ】
痛い痛い、分かったから、ツンツン少し落ち着けって。
「大丈夫さ、ちゃんと子供用の飲み物だからな」
薄い黄色の果汁のようだが、細いグラスには炭酸のような泡が少しだけ付いていた。
サルは、俺が受け取ると自分のグラスに口を付けようとした。
その時、ツンツンの細い尾が俺の目の前を横切った。
パリンッ!
サルのグラスが床に落ちて飛び散る。
「何するんだ!」
一瞬驚いて、それから顔を真っ赤にして怒り出す。
俺だって何があったのか分からない。
でもツンツンが彼も危ないと判断したんだ。
「これは失礼しました。
ですが、サルーレイ様はこれをどなたから受け取りましたか?」
サルと会話してると、エオジさんが飛んで来た。
そして、おそらくこの会場の警備担当だろうという者も数名やって来るのが見える。
「コリル、どうした」
エオジさんが俺とサルと見比べて、そして散らばったグラスを見た。
片付けようとする使用人を「待て」と止める。
エオジさん、さすが。
俺は
「サルーレイ様、このグラスは誰から受け取りましたか?」
同じ質問をする。
「そ、そんなの覚えていない!。 どっかの給仕が子供用だから、お前に渡せと」
そしてハッとして口を抑える。
エオジさんが床に落ちたグラスの破片と液体のシミを見て、警備の人たちに現場の保全と給仕の確保の指示を出す。
「私と二人で飲むようにと、そう言われて受け取ったんですね」
この国には金魚のような可愛らしい色付きの観賞用魚がいる。
魚の入った水槽に
「え?」
会場のざわめきが大きくなる。
もう十分だろう。
「
背中のツンツンが痛い。
「あ、ああ。 申し訳ないが、エオジ、頼めるか」
「はい」
エオジさんはこの場を警備の人たちに任せて、俺と一緒に帰ることになった。
「す、すまない、コリル君」
「いえ、サルーレイ様も被害者です。
俺は見送りに出て来た外相にそう言って頭を下げて馬車に乗る。
チラリと遠くでピアーリナ嬢がこちらを見ているのを感じた。
もしかしたら間違いかもしれないけどね。
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