第20話 異国というものは
税関を抜けて、商隊はこの国の首都を目指す。
港を中心に、海沿いに拓けた街を首都とするシーラコーク公主国。
この国は王ではなく、公主が治めているから公主国なのだそうだ。
昔はどこかの国の領地だったものが、公主を中心にして独立したという。
まあ、王も公主も地位は同じようなものだろうけど。
俺たちは山から海に向かって、ゆっくりと下って行く。
ブガタリアと違って、あまり山沿いの道は整備されていない。
まあ、この道を通るのはブガタリアとシーラコークの間で交易している商人だけだからな。
シーラコークの国民は、たいていが山を迂回して船で交易する。
そのほうが安全で物がたくさん運べるからだ。
山脈に囲われたブガタリアは、山越えして運んで売り歩くしかない。
だからゴゴゴとかの騎乗出来る魔獣が必須になる。
途中の平原で商隊は一泊する。
平原は目立つ木や岩もなく殺風景な場所。
その中に踏み固められた道が一本ある。
途中、蛇行するのは水場がある場合で、この野営地も近くに小さな川が流れていた。
ブガタリア国内では商隊用の宿泊施設が整っているので、シーラコークに来て初めて、俺は野営を体験することになった。
ゴゴゴたちが周囲を警戒してくれるから、滅多に野盗や危険な獣に出会うことはない。
その点はゴゴゴたちのお蔭だよね。
ゴゴゴたちを放してやり、荷物の木箱の一つから餌を取り出して与える。
商隊の荷物は、交易用の商品以外はかなりの量をゴゴゴたちの餌や水で占められていた。
でもこれらは大切な荷物だよ、うん。
絶対必要!。
ここには以前から野営用の場所があり、真ん中には大きな
そこを中心にして各自でテントを設置する。
ほとんどの御者が自分のゴゴゴの側で張るため、テントは割とバラけて並んでいる。
俺は、旅慣れた商隊の先輩たちから習いながら初めてのテントを張った。
うん、我ながら良く出来た!。
グロン、ゼフ、近寄るんじゃない。
だーかーら、ツンツンはテントをつんつんしない!。
エオジさんのテントは近いけど、
シーラコークはブガタリアよりも暖かい土地で、冬でもあまり雪は降らない。
海が荒れることは増えるが、逆に海産物は味が良くなり、漁は増えるらしい。
あー、魚、楽しみだ。
見慣れた魚がいるといいんだけどなあ。
俺は楽しみ過ぎて、あまり良く眠れなかった。
翌日の昼過ぎにはシーラコークの首都の街に着く。
街中にはゴゴゴたちは入れないため、街の外壁の近くにある魔獣の預り所に向かう。
ブガタリア人による、ブガタリアのゴゴゴたちを預かるための施設だ。
前世の大きな野球場くらいの広さに半円形の屋根が付いている。
施設の周囲にはゴゴゴたちの遊び場や訓練で使うコースもあって、預り中は運動不足にならないようにしてくれるらしい。
すごいな、ブガタリア。
よくこんな施設作る許可もらえたなあ。
ゼフとグロンを預ける。
ゼフは食べ物に釣られて入って行ったが、グロンはしばらくの間、グルグルと俺の服を
「大丈夫だよ、毎日ちゃんと顔を見に来るから」
【ゼッタイ、キテネ】って声が聞こえた気がした。
俺だって弟たちと離れるのは寂しい。 だから聞こえた空耳なのかな。
ほとんどの御者と護衛は街中の馴染みの宿へ行くそうだ。
俺とエオジさん、それに
ブガタリアの大使館は、ゴゴゴたちのいる預り所から門を入って割と近いところにあった。
歩いて十分くらいで到着。
門を入ったら、すぐに大使や使用人たちが大勢出て来て歓迎された。
びっくりしたけど、これが普通なのかと思ってたら、どうやら第二王子である俺のせいらしい。
平民志望だけど、まだ王族だしな、俺。
「今まで何回か来たけど、こんなに歓迎されたのは初めてだよ」
エオジさんが苦笑いしてた。
俺の足元にはツンツンがいる。
ツンツンは体長1メートルくらい。
俺の身長よりも小さいため、街中では俺の背中にくっ付いていて、気配も消している。
俺でも本当に姿が見えない。
建物の中なら大丈夫だと許可をもらうと姿を現し、降ろしてやると俺の後ろをついて来る。
大使館の中にはブガタリア人しかいないので、皆、ゴゴゴは見慣れているし、小さなツンツンのことは幼体だと思って微笑ましく見てくれる。
俺と
「コリル、今日はこれから歓迎パーティーがある」
俺は部屋にある風呂に入った。
ブガタリアじゃ夏は川で水浴びだし、冬はたまに天然温泉に行って皆で入る。
一人用なんて、贅沢なものは無かった。
あ、王宮ならあるのかもしれないけど、俺は入ったことはない。
「ふう」
俺が入ると、ツンツンも興味があるみたいだったので一緒に入る。
キュルキュル
可愛いのでついでにブラシも掛けた。
【アリガト】
なんだろう、俺、シーラコークに来てから弟たちの気持ちが言葉で聞こえる気がする。
まさかね。
考え事をしていたら、準備がいつの間にか終わっていた。
大使館側が用意してくれたシーラコークの流行りの服を着る。
お尻が隠れる程度の丈の上着に、折り目がピシッとついたズボンは同じ光沢のあるグレー。
中に着る白い高級そうなシャツのフリルが似合わな過ぎて顔が引きつった。
多分、デザインが大人っぽくて、まだ九歳の俺には着こなせないんだと思う。
ヴェルバート兄ならもう少しマシだったかなと思いながら、用意してくれた皆さんに申し訳なくて辛かった。
エオジさんが肩を揺らして声を出さないように笑っている。
あっちは同じような服でも大人の着こなしで似合ってる。 悔しい。
まあ、せっかく用意してもらったんだし、着ますよ、俺は。
シーラコークの首都は、大きな通りがいくつかあり、タクシーのような馬車が走っている。
もちろん、ツンツンもいる。
道が混んでて三十分ほど掛かったかな。
大きな通り沿いの、立派な塀に囲まれた大きな建物に着いた。
「この国の外交を担当する役人のようなもんだ。
わしら商隊は数日、この街に滞在するから挨拶のために顔を出す。
コリル、お前は適当に大人しくしとれば良い」
「うん、ありがとう」
目立つ気はないけど、この格好はある意味、目立つかもしれないな。
商人と役人が集まるパーティー。
もちろん子供なんていない。
中に入るとエオジさんが俺をバルコニー近くの席に座らせた。
外から気持ちいい風が入って来るし、そろそろ夕闇が近づいて空が色付く様子を眺められる。
「俺はちょいと見回って来るから、ここから動くなよ」
護衛だから、警備上で色々気になるところはあるんだろうな。
俺が「はい」と頷くと、エオジさんは俺の背中のツンツンに「頼んだ」と声をかけて離れて行った。
立食のパーティーで、門でのチェック以外は出入りも自由らしい。
港町らしい雑多な人種がいて、見ているだけでも結構面白い。
ブガタリアでは決して出会うことのない人々の姿。
会場の給仕係が気を利かせて、小皿に取り分けた料理や飲み物を持って来てくれる。
「どうもありがとうございます」
お礼を言いながら「さて、これは食べられるのかな」と思っていたら、
【ダイジョブ】
と、声が聞こえた。
「えっ?」
ツンツンだよな、これ。
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