第19話 旅というものは


 俺は厩舎の中で笑いが止まらなかった。


ふふふ、あははは。


「不気味じゃな」


「あ、ごめん、じいちゃん」


ニヤニヤが止まらない。


「えへへ、今度の大商隊に参加させてもらえることになったんだ。


弟たちも連れて!」


キュルキュル


グルル


ゴーフ ゴーフ


弟たちもご機嫌だ。


「ほお。 よく許可が下りたな」


本来なら十歳未満の子供は、例え親が一緒でも国を出るような旅には参加出来ない。


それが、ブガタリアのおきてだった。


「今回だけ特別に認めてもらえたんだよ」


「ねー」と俺は弟たちを撫でる。




 父王は俺に対して何か目に見えるもので祝いを贈る必要があった。


王宮内では俺のお蔭でイロエストの勢力を排除出来たとお礼を言われてるしね。


でも、俺からは弟か妹という、すぐにはどうすることも出来ないものを求められて困っていた。


そこへ、カリマ母さんの父親で部族長の祖父じい様が俺へのご褒美だとして旅に参加させると言い出す。


うん、祖父じい様は「許可しろ」なんて言わない。


頭っから「連れて行く」って絶対に言う。


分かってた。


つまり、父王は俺の祝いとして特例を認めざるを得ない。


反対なんて出来やしないのさ。




 ブガタリアの部族長の決定だし、大商隊の隊長も豪商である祖父じい様だ。


誰も逆らえない。


エオジさんも仕方なさそうに旅の準備を手伝ってくれる。


「はあ、コリルはあの爺さんを味方に付けてたら最強じゃねえか?」


あはは、父王より実力はありそうだよね。


ただ、王族にはグリフォンがいる。


「ダメダメ、グリフォンには敵わないもの」


例え祖父じい様でもね。




 ある晴れた秋の日。


王宮の南門前の広場に大商隊のゴゴゴの列が出来ていた。


俺はグロンに乗り、後ろにツンツンを一緒に乗せる。


荷物はゼフに載せているが、明らかに他のゴゴゴたちより一回り大きい。


「立派なゴゴゴだなあ」


皆、そう言ってゼフを撫でる。


大きいだけじゃない。


うちの弟たちは皆、肌がツルツルだ。


えっと、トカゲ型魔獣なのに皮が前世の馬みたいにツヤツヤスベスベなの。


俺が小さい頃から毎日ブラッシングして、可愛がって、撫で回して育てたからね!。


皆、ゴゴゴは外気の変化に敏感だから、外皮が硬くてゴワゴワの鱗みたいになってるって思ってるみたいだ。


うちの弟たちを例外だと言うけれど、俺は育て方の違いだけだと思うよ。




「よし、出発!」


「しゅっぱーつ!!」


「おー」


威勢の良い声が掛かり、ゴゴゴたちが動き出す。


俺はグロンの上からヴェルバート兄や母さんに手を振った。




 商隊のゴゴゴには二種類いる。


荷物運搬用と、護衛や要人を専門に乗せる騎乗用だ。


エオジさんのとか、俺のグロンは騎乗用になるね。


あ、どっちでもないツンツンは特別だから。


 交易品を積んだゴゴゴには、それぞれ御者という相棒が騎乗する。


成体のゴゴゴには魔獣の革で作られた手綱が付いていて、荷物を留めるバンドも丈夫な魔獣の革だ。


十体の運搬用ゴゴゴがそれぞれ木箱型のコンテナみたいな物を積んでいる。


二つ積んでいるゴゴゴが多い中、俺の弟ゼフは四つ積んでいた。


「大丈夫なのか?」


商隊の護衛が俺とゼフを心配そうに見ている。


ブガタリアの街道は真っ直ぐで、ゴゴゴのために幅も広く造られている。


しかし、隣国への旅は山越えで、険しい道が続くのだ。


「大丈夫だよ」


俺はゼフに合図を送る。


すると、ゼフの身体がボワッと光り、防御結界が発動したことが分かる。


「これで荷物を落とすこともないし、寒さや怪我の心配もいりませんよ」


ゴゴゴに騎乗している護衛が目を丸くしてゼフを見ていた。




 普通、ゴゴゴは何かに襲われたり、道が険しくなってから防御結界を張る。


それまでは魔力を温存するのだ。


だけど、身体の大きなゼフは他のゴゴゴたちより魔力量も多い。


ゼフだけじゃない。


うちの弟たちは皆、魔力が強くて量も多いのか、切らしたところを見たことがない。


 じいちゃんに言わせると俺のせいらしい。


愛情を持って接していた俺は、うれしさのあまり魔力がずっと駄駄漏れしてて、弟たちはそれを餌だと思って吸収し続けていた。


そのせいで弟たちの全身にくまなく魔力が浸透して、たくさんの量を身体に蓄えてるので、肌がツヤツヤスベスベなんだって。


お蔭で弟たちは俺のことが大好きだし、魔力も俺に近くて離れたがらない。


まあ、油断は禁物だから無理はさせないようにしてるけどね。


 グロンも俺ごと防御結界を張り、商隊の中ほどの位置を進んで行く。


俺の前に祖父じい様、後ろはエオジさん。


俺たち三人を挟むように運搬用ゴゴゴが五体ずつ、他に護衛が騎乗したゴゴゴが前後に二体ずつ、全部で十七体とツンツンという商隊だ。




 前の隊列の中にゼフがいる。


あいつは成体になった時点で、じいちゃんが魔法契約をしたほうがいいというのでお願いした。


 実はゼフは荷物を運ぶのが大好きだ。


でも俺がまだ外に出られないので、あまり荷物を運ぶ機会が無い。


だから、契約で縛った上で、たまに祖父じい様の商隊に貸し出していた。


暗い赤と濃い茶色の縞模様であるゼフは周りのゴゴゴから浮いていたが、祖父じい様は働き者のゼフを誉めてくれる。


そうすると他の御者たちもゼフを可愛がってくれて、その御者のゴゴゴたちも怖がらなくなってきたという。


良かったね、ゼフ。




 途中で休憩を挟みながら、商隊は二日目に国境に到着した。


山の中は陽が落ちるのが早い。


暗くなる前に国境警備隊の砦に入る。


 国境の壁は二重になっていて、壁と壁のあいだに砦がある。


一つ目の門を潜り、広い場所でゴゴゴたちの荷物を下ろして自由にさせる。


俺はグロンやツンツンと一緒にゼフを労るようにブラッシングした。


「へえ、こんな手入れ方法があるのか」


何人かの御者さんが俺の弟たちを見にやって来た。


「うん、産まれた時からずっとこうやって世話してきたんだよ」


俺の魔獣好きは王宮でも有名だ。


「なるほどなあ」


エオジさんも最近ブラッシングを始めた。


薄い茶色の優しいゴゴゴさんは、うれしそうに目を細めている。


 誰かがエオジさんからブラシを借りて、他の御者さんも貸してくれと言い出し、なんだかブームみたいになった。


砦の警備兵さんたちも自分の騎乗用ゴゴゴを撫で回しながら俺の弟たちを見ている。


俺は祖父じい様にそっと騎獣用のブラシが売れそうだと耳打ちしておいた。




 翌朝、俺は緊張しながら壁の上を歩いていた。


この先は違う国なんだ。


ブガタリアの西、港があり、他国との交易が盛んな国。


高い壁から単眼鏡を覗き込む。


遠くに白く光る街。


その向こうに微かに青く光る水平線。


「海か」


この世界に来て初めての海だ。


まあ、国から出たのも初めてだから、何もかもが初めてなんだけどね。


 前世でもあまり旅行とか行ったことが無い。


学校の遠足ぐらいかな。


祖父母のいる田舎っていうものもなかった。


両親のそのまた親は、俺は写真でしか知らない。


亡くなったのか、単に親たちが疎遠にしてたのか、遠い昔のようで記憶が曖昧だ。


「コリル、朝飯だぞ」


「はあい」


今の祖父じい様は好きだ。


時々、甘過ぎるけど、俺のことを可愛がってくれてるのは確かだからね。


いつか、大人になったら祖父じい様孝行したい。





 国境の二つ目の門を潜る。


さあ、もう違う国だ。


「我が国へようこそ」


ブガタリアの無骨な兵士たちとは違う、背がスラリと高い、センスの良さそうな鎧の警備隊が出迎えた。


「いつもの荷物だ。 確認してくれ」


言葉はブガタリアと同じらしい。


そういえば、イロエストも同じだったな。


 祖父じい様と話をしていた、鎧では無い制服姿の兵士が俺を見て微笑んだ。


「初めて見る顔だね、ようこそ少年」


おそらくだけど、この人は関税官とかのお役人だよな。


「こんにちは、お世話になります」


俺は緊張しながら簡単な礼を取る。


「わしの孫だ」


祖父じい様に頭をグラグラ撫でられた。


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