第18話 祝いというものは


 あれから王宮内では色々あったらしいけど、イロエストの商隊が仕事を終えて帰る予定日になった。


俺は、何故か父王に呼ばれて王宮の広間へ向かう。


そして、いつもは母さんと隅っこにいるだけなのに、今日は一段高いヴェルバート兄の横に立たされた。


 下段にはイロエストの面々が膝を付いた姿勢で並んでいる。


その中には、試験官だった剣士や魔術師、そして嫌味従者がいた。


「今まで我がブガタリアに貢献してもらったこと、感謝する。


国に戻られても健勝でおられることを祈らせてもらおう」


別れの挨拶のようだ。


うん?、嫌味従者も帰るのか。




 代表して剣士が立ち上がり、一歩前に出た。


「ブガタリア王ガザンドール陛下の温情に感謝し、我らはこれより国に帰参いたします。


またお目にかかれます日が来ることを願っております」


ん?、温情?、誰か罪人でもいたのかな。


膝を付いていたイロエストの一行が立ち上がり、一斉に正式な礼を取った後、広間を出て行った。


んー、嫌味従者も旅装束だったな。


やっぱり帰るのか。



 その後、俺はヴェルバート兄に手を引かれ、王宮の奥にある部屋に連れて行かれた。


あまり飾り気はないが、落ち着いた高級そうな家具や装飾品が並んでいる。


俺がぽけっと部屋の中を見回していると、母さんがお茶とお菓子を運んで来た。


「何をしてるの、コリル。 さっさと座りなさい」


「えっ。 う、うん」


今まで座ったことのないような肌触りの良いソファに座るが、お尻が落ち着かない。


ズズッと音を立ててお茶を飲んでいると、いつの間にか着替えたヴェルバート兄が隣に座った。


「ふう、やっと邪魔なものが無くなってサッパリしたね」


そう言って、母さんが入れたお茶を飲む。


「はあ」


気の抜けた返事をしていたら、着替えた父王がやって来て俺の前の席に座った。


「うむ。 これでコリルも遠慮なく好きなことが出来るな」


えっと、何のこと?。


俺が首を傾げていると、少し楽な服に着替えたヴェズリア様もやって来て、父王の隣に座った。


そして、お茶を配り終えた母さんに、父王の反対隣に座るように手で示した。


 俺とヴェルバート兄が並んで座った長椅子の向かいに、父王を挟んで、正妃と側妃が並んでいる。


真ん中のテーブルには、美味しそうな菓子に、湯気を立てた良い香りのお茶。


うーん、ブガタリア王族がこんな風に揃ってるのを、俺は初めて見たんだが。




「コリル、今回、イロエストから正式に詫びが入った」


俺やヴェルバート兄の教育に関して、十二年もの間、好き勝手にやった者がいたことがイロエストの王族に知られてしまった。


「あの剣士は私の叔父、つまり現国王の弟なのよ」


ヴェズリア様の言葉に「ああ、やっぱり」と納得。


「すみません、お怪我をさせてしまいました」


俺が頭を下げると、皆、思い出してクスクス笑い出す。


 思いっ切り振り下ろした俺の剣は、イロエストの剣士の顔を直撃した。


その時の驚いた顔が面白かったらしく、王宮内で噂になるほどだった。


俺は、避けるか反撃されると思っていたのに、あっさり受けて、その上、豪快に笑い出した剣士に衝撃を受けた。


お蔭で、その後のことはあんまり覚えていない。




 母さんが俺にお菓子を勧めながら、


「ありがとう。


コリルのお蔭で助かった人がいっぱいいるのよ」


と、言うが、正直、俺には何のことか分からない。


だって、もしイロエストの嫌な奴らを追い出せたとしても、王宮内はまた人手不足になるんじゃない?。


「十年もあれば真っ当な人材は育つわよ」


ヴェズリア様はちゃんと引き継げる人を育てていたらしい。


それにブガタリアで結婚してて残る人もいる。


王宮にいても使えないと判断されたイロエスト人が帰ることになり、その分をブガタリアの国民が雇用されることになったという。


でもそれが俺のお蔭ってのは違う気がする。


あれは勝手に自滅したんじゃない?。


「あははは、コリルならそう言うと思った」


ヴェルバート兄はお茶を飲むのも、お菓子を食べる仕草も優雅で大人っぽい。


俺はじっと見ながら真似しようとするが、やっぱり失敗してこぼしてしまう。




 父王が笑いを堪えながら俺を見ている。


何か言いたそうなので、俺は笑いを提供するのをやめて座り直した。


「それで、あの、何か俺に御用ですか?」


わざわざ俺たち親子まで呼んで、お茶会でもないだろう。


俺の礼儀作法の勉強会でもなさそうだし。


「ああ、今回のことでコリルが試験に合格したお祝いをしたいと思ってな」


合格祝いなら俺だけじゃないはず。


俺は隣のヴェルバート兄を見上げる。


座っていても頭一つくらいの差があるんだよな。


 


「私は十歳ですでに合格点はもらっていたよ」


今回の試験は本当に形式的なもので、単にイロエストの高官に優秀なヴェルバート兄を見せるためだけのもよおしだったらしい。


嫌味従者は、それで自分の能力を自国にアピールしたかったみたいだ。


ついでにブガタリアの田舎者王子を出せば、ヴェルバート兄の引き立て役に出来るとそう思った、と。


「それがまるで逆になった」


へっ、何が?。


「二歳下のブガタリアの平民のような弟王子のほうが試験官に気に入られてしまってな」


楽しそうに向かい側の大人たちが笑う。


いや、俺はそんな奴らに気に入られたくないんだが。


不機嫌になった俺に気づいて、母さんが優しく微笑んだ。


「それでね。


コリルにお祝いというか、お礼に何か好きなものをくださるそうよ」


 母さんの言葉に父王が頷く。


「ああ、何でもいいぞ。


新しい魔獣でも、厩舎の設備でも。


それとも、お前の好きな家畜でも飼うか?」


は?、あのさ、お祝いがすげぇ偏ってないか。


俺、どんだけ動物好きだと思われてるのさ。


まあ、好きだけど。


山羊とか豚みたいのとかの家畜も飼ってみたいけど。




 んーと、しばらく考えて、俺は隣のヴェルバート兄の服を掴んで、そっと顔を寄せて耳打ちした。


ヴェルバート兄の顔がパァッと明るくなって「それはいいな!」と同意してくれる。


そして兄弟揃って親たちに向かい、


「我ら二人とも欲しいものがあります!。


それは『弟か、妹』です」


「な、なんだと」


動揺して真っ赤になった大人たち。


俺とヴェルバート兄は笑いながら「本気ですよ」と言って、二人でさっさと部屋を出た。


大人たちには話し合いが必要だからね。



 翌日、離れの俺の家に祖父じい様が来た。


朝食の時間に来るのは珍しいことだ。


「コリル!。 エオジから聞いたぞ、よくやってくれた」


はい?。


俺は不思議そうな顔で祖父じい様を見上げる。


「ふふふ、あの嫌味野郎を追い出してくれるとは、さすがわしの孫じゃ!」


盛り上がってるところ悪いけど、追い出したんじゃなくて、勝手に自滅して自国に連行されてっただけだよ。


「いいんじゃ、コリルはそれで。 ウンウン」


ええっと、何なんだよ、祖父じい様。


母さんもお茶を出しながら呆れている。


「あのガザンドールがお前に褒美に何でもやると言ったそうだな。


よし、コリル。


わしもお前の言うことを何でも聞いてやろう。


何がいい?、飯か、魔獣か」


あのね、俺、どんだけ獣好きなのよ。




 エオジさんが家の玄関に立っていて、こっちを見て爆笑してるのが見えた。


ほう、そんなに可笑しいですか。


ふむ。


じゃあ、笑えなくしてやろうっと。


祖父じい様、お願いがあります。


俺を秋の大商隊に参加させてください。


西隣の国の港町に行ってみたい!」


母さんがコップを派手に落とした音が響いた。


エオジさんが「え?」っていう顔のまま固まっている。


祖父じい様だけが「ガハハハ」と笑って、


「よし、すぐにガザンドールに直談判して来てやる」


と、言って家を出て行った。


お、やった!。


ダメモトだったけど、言ってみるもんだな。


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