第17話 試験というものは
翌日、朝からエオジさんが迎えに来て、俺は王宮の中へと向かう。
魔術の師でもあるデッタロ先生にも同行してもらおうと思ったが、逃げられた。
イロエスト留学中に何かあったのかな?。
朝食が終わった時間を見計らって訪ねたけど、結局一時間ほど待たされる。
エオジさんと二人、やっと中庭に通されると、そこにはぞろぞろと偉そうな顔が並んでいた。
へえ、王宮内ってこんなに人がいたのか。
それともイロエストからたくさん来たのかな。
試験官もイロエストの商隊がブガタリアにいる五日間ほどしか滞在しないそうで、着いた翌日には王宮に来てお仕事なんてお疲れ様です。
まずは父王と兄様に挨拶。
「おはようございます。 国王陛下、王太子殿下」
「おはよう、コリルバート」
父王がニカッと笑い、ヴェルバート兄は緊張した顔で頷く。
そっか、そうだよね、今日の本命はヴェルバート兄の試験だった。
俺はついでだったわ。
だから、今は見学に徹する。
イロエストの剣士は中年のイケオジ?、な感じの男性で、服装から王族に近い人なんだろうなと思う。
他の兵士たちと服装がまったく違うんだよね。
こう、煌びやかな感じでさ。
母さんがヴェズリア様の知り合いだって言ってたから、本当に近い血筋なのかもな。
ぼんやり見ていたら、ヴェルバート兄と剣士の挨拶やら準備やらが終わったようで、ようやく剣を持っての打ち合いが始まる。
いつの間にか、父王の側に王妃様が来ていて、そうすると王妃様付き侍女の母さんも来ているわけで。
えー、ちょっと緊張するわー。
「よおし、ヴェルバート殿下は年齢の割にはキチンと鍛えておいでるようだ。
このまま鍛錬を続けていただければ将来は有望でしょう」
父王より王妃様に恭しく頭を下げた剣士。
ブガタリア側から厳しい視線を浴びても知らん顔である。
俺の隣のエオジさんがため息を吐いた。
魔術師のほうは高齢とまではいかないかな。
六十歳くらい?、元気そうな若いお爺ちゃんという感じだ。
ヴェルバート兄の両手を握っている。
あー、あれ、俺も長老の爺さんにされたなあ。
身体の中まで見透される感じがしてムズムズするんだよね。
ヴェルバート兄が嫌そうな顔になり、俺は気持ちが分かるのでちょっと笑ってしまった。
あ、やべえ、嫌味従者がこっち睨んでる。
ブワッと風が起きる。
ヴェルバート兄が魔術師の指導を受けて魔法を発動したようだ。
そして、魔術師が傍を離れて、今度はヴェルバート兄が一人で発動させる。
風の魔法はグリフォンや魔獣を操るためには必須になるそうだ。
うまくいったようで、ヴェルバート兄が両親に笑顔を向けている。
俺にも顔を向けて、がんばれっというようにグッと握った拳を見せたので、俺も一つ頷き返す。
そうして魔術師からも合格を得たヴェルバート兄とその周りには安心した空気が流れていた。
「それでは、ついでにコリルバート様の腕も見せていただきましょうか」
イロエストから来た者が集まった集団から、嫌味従者がこちらを向いて声を上げた。
まあ、ついでか、ついでだよな。
そっちが決めたくせに、何で皆んな驚いてるの?。
剣士なんて、俺がちっこいから、あらか様に嫌な顔してるし。
「ヴェルバート殿下、弟君に稽古をつけて差し上げたらいかがかな?」
剣士がそんなことを言い出す。
は?、これって試験だよね?。
稽古じゃないはずなんだが。
ムッとした顔のヴェルバート兄が母親のヴェズリア様を見た。
二人が頷き合う。
ヴェルバート兄が剣士に向かって歩いて行く。
「何故、弟の試験が私との稽古なのですか?。
私たち兄弟の教育係りはそちらの方で、二年前から弟のコリルバートにも同じ課題を出していたんですよ?」
ヴェルバート兄は嫌味従者を指差す。
剣士やイロエストの他の者たちも、全員が嫌味従者を見た。
「本当なのか?」
「あ、いや」
ヴェルバート兄はさらに続けた。
「毎日、一人で基礎運動を続けさせ、大人用の木剣を渡して素振りをさせたのは何のためだったんですか。
魔術もイロエストから持って来た古代語の本を三冊、七歳の弟に渡して、読まないと試験をしないと仰いました。
私でさえ、まだ一冊も終わっていないのに、弟はかなり努力して、三冊のほとんどを読み終わっているのですよ。
今までのコリルバートの努力は無駄だっだというのですか?」
いやいや、兄様、そんなに追い詰めなくても。
ヴェルバート兄の顔が怖い。
冷静に見えるけど、普段から優しい笑顔を浮かべてる人だから、無表情ってのは怒ってる顔なんだよね。
俺は確かに努力したけど試験に関係無く楽しんでたよ。
だから、俺は怒ってない。
いつものことだし。
「ほお、あれを読んだのか。
あの本をこの男に渡したのは私だ。
ならば、私はそちらの少年の試験もしてみたい」
そう言って、魔術師は俺のほうに歩いて来た。
「少年、名は何というのかな?」
「コリルバートです」
俺はエオジさんや父王、王妃様や母さんに助けを求めるように視線を送ったが、誰も間に入ってくれない。
えーん。
両手を握られる。
「ふむ、面白い魔力をしておられる」
興味津々な顔が少し険しくなった。
うう、ゾワゾワする。
「では、コリルバート殿。
最初の魔法の発動の仕方は分かるかな?」
「……はい。
やったことは無いですけどー」
心臓がドキドキして痛い。
「そうか。
では、ヴェルバート殿下と同じようにやってみよう。
今までに見慣れた魔法があれば、それを思い出してやってごらん」
誰でも初めてというのはある。
十歳の子供が最初に発動する魔法は、日頃から親や指導してくれる師が自分の目の前で見せてくれた魔法を真似することから始まるのだ。
ヴェルバート兄の場合はグリフォンに乗る時に父王が使う風魔法だったのだろう。
俺の場合は。
「やってみます」
ゴクリと息を呑む。
周りの音が何一つ耳に入ってこない。
目を閉じて、俺はいつもグロンが掛けてくれる防御結界を思い浮かべた。
本の知識から心の中で発動呪文を唱える。
『防御結界』
身体が熱くなる。
グロンほど早くはないけど、魔力が身体から溢れて、ゆっくりと纏わり付くのが分かった。
「おお!」
魔術師の大声が耳に飛び込んで、慌てて目を開く。
「土魔法だな。
本の知識通り、発動呪文を使ったようだ。
なかなか筋が良いぞ」
周りを見回すと、ザワザワと声が聞こえ始めた。
皆がキョロキョロしていたので、俺は自分だけじゃなく、中庭全てが結界の膜に覆われていることに気づいた。
げっ、やらかした!。
「す、すみません、初めてで加減が分からなくて」
攻撃魔法じゃなくて良かったというべきか。
ヴェルバート兄が笑顔で飛んで来た。
「すごいじゃないか、コリル!」
「え、えへっ」
密かに声を出さずに解除呪文を唱えて結界を消す。
もう十分だよね。
剣士のイケオジも近寄って来て、
「これほどならば、剣の腕のほうも期待出来そうだな。
ぜひ、手合わせを」
ええー、期待されても困る、っていうか、エオジさんが笑顔で木剣を渡してくる。
なんでだよ!。
「あのぉ、ホントに素振りしかしたことないですよ」
「ああ、構わんよ。 さあ、打ち込んでみよ」
はあ。
どうすればいいの、これ。
イケオジは剣も抜かずに立っている。
木剣もないし、素手だ。
まあ、つまり、俺は大したことないと思われてるんだよな。
仕方ないけど。
木剣をいつも通り、前世の剣道のように真正面に構える。
正眼、っていうんだったかな。
同級生の部活でちょっと見ただけなんで、カッコだけなんだけど。
息を整えて、片足を一歩、前に出す。
「タアーッ!」
そのまま木剣を上に上げながら踏み込んで、真っ直ぐに相手に打ち下ろした。
あ、メンが決まっちゃった……。
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