第16話 学びというものは


 俺は九歳になった。


今は夏の終わりで、来年の春には俺の十歳の祝宴がある予定。


だけど今の俺は相変わらず魔術の本を読んで、木剣振って、弟たちを可愛がっている。


しっかし、嫌味従者の言ってた試験っていつなんだろう。


もうすぐ丸二年になるんだけど放置し過ぎじゃない?。




 魔術の本は、あと少しで三冊目が終わる。

 

デッタロ先生に言わせると、俺は理解は早いらしい。


だけど、十歳になるまでは魔法を使っちゃいけないから、威力なんかは分からないんだ。


 国土が狭いブガタリアでは、初心者はまず魔術師を連れて指定の練習場所のある森に行かなければならない。


訓練を繰り返し、付き添いの魔術師に大丈夫だと許可してもらえないと、他の場所で勝手に魔法を使えないことになってる。


つまり、魔法は許可制なんだけど、十歳にならないとその許可が降りないんだよな。


ヴェルバート兄の場合はまた違うんだろうけど、俺はほら、平民志望だからね。


無理に押し通す気はないさ。


 俺が北の森に行くのは、ゴゴゴたちの餌の収集が目的なので例外中の例外。


嫌味従者たちには内緒なので、森での魔法の実践は出来ないわけ。


だから俺自身はちっとも魔法なんて使える気がしない。


背は少し伸びたけど、まだまだお子ちゃま扱いは変わらないのさ。




 一つ変わったのは、あの日から俺の日課に北門の見張り台から「西の崖を見る」が加わった。


雛が二羽になった大鷲は、ちゃんと子育てしてるみたいだ。


雛さんのことも自分の子だと認識してるかな。


どうしても心配で、一度だけこっそり見に行ったけど雛さんはちゃんと巣に居た。


追い出されてなくてホッとしたよ。


 あれもこれも、じいちゃんの魔道具のお蔭だ。


「あの魔道具は雛に付着した人間の匂いを消し、こちらでの記憶を消すものじゃ」


魔獣を野性に戻すには必要な処置だった。


便利なものがあるんだなあ、って感心する。


 でも、本当に良かった。


それなら雛さんは寂しい想いなんてしないんだな。


俺みたいに、てのひらの暖かさを探したりしないんだな。


安心したけど、少し寂しかった。


 あれから順調に育った雛さんはもう雛ではなく、巣立ちして独立したみたいだ。


最近は一羽だけで飛んでいるのをたまに見かけるよ。




 ヴェルバート兄はあの宴のあと、毎日、グリフォンに慣れるために厩舎に来て世話をしていた。


グリフォンの背中には乗せてもらえるようになったけど、まだ空に上がることは出来ないようだった。


俺の平和のためには早いとこ飛んで欲しいけど、こればっかりはグリフォン次第だしね。


 あの祝宴での祖父じい様の発言から、イロエストの者たちは俺が地元の部族から期待されていることを知ってしまった。


お蔭でますます俺は嫌味従者に睨まれている。


 でもさ、今更だよな。


嫌味従者から渡された高位魔術の本や大人用の木剣。


これは俺にも「王太子としての教育をする」という名目でのイジメじゃん。


だって、無理だっていうのが前提だもん。


 それはまあいいんだ。


俺は別に王太子なんかになりたいとは思ってないし、騒ぐつもりもない。


でも、あの嫌味従者の予想通りになるのはちょっとしゃくなのと、魔法とか剣とか、やっぱ憧れだったから、のんびりがんばってるよ。


異世界転生のお約束だし?、てへっ。




 元騎士のエオジさんのお蔭で木剣の素振りも割と様になってきた。


ていうか。


「イテッ、もうちょっと手加減してよ!」


「嫌だね。 ほら、立て、コリル」


「くっそおお」


一度俺に倒されたエオジさんは、あれから何故か剣術より体術を指導し始めた。


あの日、エオジさんを倒せたのは不意打ちだったからだっていうのは分かってるはずなのに、大人気おとなげないなあ。


しかも……エオジさん、メチャクチャ強い。


とにかく捕まらないし、逸らされるし、倒れない。


身体がしなやかというか、柔らかくうねって、まるでむちみたいな攻撃が来る。


 中肉中背のエオジさんを筋肉ムキムキの父王や祖父じい様までが一目置いてるのは、この異常な身体能力のせいかな。


剣よりこっちのほうが得意でしょう、絶対。


「コリルは、ちゃんと魔法が使えるようになったら、もっと強くなるさ」


ニヤニヤ笑いで言われても信憑性がないですよー。


でも、強くなれるのか。


なんか、それを聞いただけでもちょっとうれしくなった。




  気分よく厩舎の作業をしていたら、何故か嫌味従者がやって来た。


おや、やっとゴゴゴに慣れたんですかね、あんなに怖がってたのに。


いや、顔は背けてるな。


「コリルバート様、お勉強はしっかりやっていらっしゃいますか?」


本当にこの人って俺の情報、入ってないんじゃないかな。


何か逆に申し訳ないっていうか、哀れに思えて来た。


「はい。 本のほうはまだ全部読んでないです。


剣術は素振りと基礎運動はやってます」


間違ったことは言ってないよね。


何故か嫌味従者がうれしそうなんだけど。


「イロエストから来る次の商隊と一緒に、高名な魔術師と剣士がおいでますから、やっと試験が出来ます」


だそうで。


「はい、それはいつ頃でしょうか」


「明日です」


は?。


聞いてないけど。


あ、今、言ったってか。




 俺は驚きと呆れ半分の顔で嫌味従者に答える。


「分かりました」


どうせ準備なんて出来ない。


させる気もないから、いきなり明日なんて言うんだろう。


「あの方々に認められるのはヴェルバート様お一人で良いのですが、一応、あなたも私の生徒ですし。


あまり見っともない姿は晒さないようにお願いしますね」


「あー、はい」


何なんだ、あの勝ち誇ったような顔は。


俺は頭を下げて嫌味従者が姿を消すのを待った。


ヴェルバート兄の様子を見に行くのかと思えば、まだグリフォンには近づけないらしく、そそくさと王宮内に戻って行くのが見えた。




 その日の夕食の時、エオジさんが来ていたので試験の話をした。


「ふうん、で、コリルはどっちで受けるんだ?。


全力か、やる気ナシか」


俺はその言葉にゲホッとせた。


バレバレですかね。


「えーっと、魔法は十歳にならないと使えないし、本はまだ三冊目が終わってない。


剣術はエオジさんも知ってる通り、素振りだけ。


何の試験なのかもサッパリだよ」


ふむ、とエオジさんが考え込む振りをしてる。


「ま、ヴェルバート殿下のついでっていうなら同じことをさせるだろう。


お前が出来なくても問題は無いさ」


「うん」


俺とエオジさんが頷き合う。




「それにしても、今回の商隊はそんな大物が来るのか」


エオジさんがそう言いながら、皿の肉を切り分けて俺の皿に乗せる。


「ヴェズリア様のお知り合いだそうよ」


皿の肉を俺が嫌な顔で避けている様子を見て、母さんが笑いながら答えた。


「へえ。 イロエストはまた人を入れ替えるんだね」


王宮勤めのイロエストの側近や従者は、人数は変わらないが顔ぶれは時々変わる。


二、三年に一度、大きな商隊が来るタイミングで交替が行われるようだ。


「そうだな。


だいたいは若い男どもが多いから、国に恋人がいたりする奴は帰りたいだろうし」


イロエストの護衛騎士の中にはブガタリアの女性と結婚した者もいる。


「全く変わらない人もいるみたいだけどね」


嫌味従者は文官なので、いくら高位な身分でも腕っぷしが弱いのでブガタリアの女性には見向きもされないと聞いた。


 そこでエオジさんがプッと吹き出した。


「あの従者は、こっちに来た時にゴゴゴが怖くて乗れなくて、山越えで大変な目に遭ったらしいぞ。


だから未だにイロエストに帰ることも出来ないんだと」


ほへ。


そこまでゴゴゴたちを嫌わなくてもいいのに。


てかさ、嫌味従者さん、マジで帰らないと結婚出来ないんじゃない?。


「いい歳なんだから早く結婚すればいいのに」


と、目の前の誰かさんを見たけど、まったく気にしていないみたいだった。


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