第15話 子供というものは(別視点)
小国ブガタリアの国王ガザンドールは、側妃カリマの
「……信じられないが、本当なのだろうな」
十歳の祝宴で第一王子ヴェルバートを王太子として宣言したのはいいが、またしても第二王子であるコリルバートに問題が発生した。
いや、コリルバート本人に非があるわけではない。
あの子は子供なりに王家の、そして自分のことをよく考えている。
そんな子供に、何故か敵視する者が出る。
今回、その者が僅か七歳のコリルバートに、高位の魔術書と大人用の木剣を与えて、修行するように命じたというのである。
正妃ヴェズリアの出身国イロエストは歴史ある大国だ。
ヴェズリアに言わせると「年寄りが多過ぎて止まっている国」らしいが、それでも周辺国は大国の力を恐れて相変わらず付き合っている。
ブガタリアも近しい付き合いは無いものの、王子の誕生については報告せねばならなかった。
その返礼は数名の側近従者と共にやって来た。
「我らが主、イロエスト王族の血を引いておられる王子でございますれば、我々が由緒ある歴史的な教育を」
うんぬん……。
正直、何を言ってるのか分からなかった。
ヴェズリアは産後、しばらくの間体調不良が続き、それにより王妃付き侍女だったカリマも手が離せない。
ガザンドールの両親、前国王夫妻は不慮の事故で亡くなっている。
その時、前国王と共に多くの側近や従者が巻き込まれて亡くなっており、王宮は極度の人手不足に陥っていた。
そのため王宮内で、まだ早過ぎる赤子の教育に口など出す者がいなかったのも、彼らを増長させてしまった原因かもしれない。
ガザンドールは危惧したが、仕方なく彼らに仕事を与えることになる。
ヴェズリアが復調した頃にはイロエストの従者たちが大きな顔で王宮内を歩き回るようになっていた。
「それで、コリルバートはどうしている?」
ガザンドールは引き続きエオジから報告を聞く。
「えーっとですね、その前に一人ご紹介したい者がおりまして」
そう言ってエオジが連れて来たのはブガタリアでも珍しい頭脳派と呼ばれる男だった。
「デッタロ、であったな」
「……ご存知でしたか」
ガザンドールは国でも身体が大きいほうだが、この男は自分より長身だ。
筋肉も恐らくガザンドールに負けずとも劣らないだろう。
だがそれは、キッチリ着込んだ教師らしい質素な長衣によって隠されていた。
「武力より魔法を取った男として有名だからな」
「あはは、国王陛下には敵いませんね」
穏やかそうな顔をしてはいるが、この男、実はガザンドールがいなければ王になっていたと言われている。
つまり武力だけなら王位継承出来るほどの実力者だったのだ。
ガザンドールが諸国を修行のため回っていた頃、デッタロは王宮内で働いていた。
前国王陛下からの信頼も厚く、出身部族も王族と深い関係にある。
しかし、ガザンドールが修行を中断して祖国に戻ると、デッタロはそこに居なかった。
「ヘマをしましてね。部族から勘当されて、国を出ておりました。
最近になって戻って参りまして。
国の外は実に良い勉強になりました」
大きな上背を小さく折り曲げ、ガザンドールに頭を下げたデッタロを、エオジは微妙な顔で見る。
王族縁の部族の有望だった青年が、何をやったら勘当になるのだろうか。
「私のことよりコリルバート様のお話ですが」
「あ、ああ」
ガザンドールは、デッタロがコリルバートの先生、町の学校の中年教師だとは知らなかった。
今日、初めて知った。
これも息子たちの教育をイロエストの者たちに任せてしまっている弊害か。
国王の不信そうな顔を見てデッタロはため息を吐いた。
「確かに私はもう平民でしかありませんが、王家を恨んだことなどございませんよ」
「う、うむ。 別に心配はしておらんが」
脳筋の嘘などすぐに見破られるものを、ガザンドールはしらっと答えた。
デッタロはガザンドールの心配など無視して話を続ける。
「コリルバート様は大変優秀でいらっしゃいます。
ただやる気がない、そこがおかしいとずっと思っておりました」
国王もエオジも同じように頷く。
「しかし、あの方は本気で王位を望んでおられないことは確かです」
「それはどういう意味だ」
ガザンドールはデッタロの言葉に首を傾げる。
「ヴェルバート殿下が王太子に決まったことで、コリルバート様は実力を隠さなくなりました」
魔術の本を解説してやれば、スラスラと理解する。
発想がまるで違う。
デッタロはコリルバートを普通の子供ではないと評価していた。
「ああ、それは私も思いますよ」
エオジも横から口を挟んだ。
木剣を握りやすくしてやれば、当然のように剣術の腕を上げるので、今は一旦止めさせている。
基礎運動はずいぶん前から自分でやっていた。
夜明け前のコリルバートの動きなど、一部の王宮の者たちの間では有名な話だった。
「早朝の薄暗い王城の階段を走り回る小妖精がいる」
と噂が流れ、それを確認した兵士がコリルバートの姿を見てぶったまげたのである。
「ブガタリアの子供ってのは身体を動かすのが本能ですからねえ」
それでも三歳の子供が、それをきちんとした基礎運動として認識していた。
まるで誰かから指示されたように、コリルバートは毎日それを繰り返し、身体が慣れるとまた少し量を増やす。
「どこからあんな知識を得たんでしょうかねえ」
エオジは不思議そうに首を傾げた。
「そういえば、長老も
ガザンドールはコリルバートの魔力を長老が「異常だ」と言っていたことを思い出す。
「まるで大人のような安定した魔力と、体格に合わぬ量を保有しているそうだ」
魔力量は二人分に匹敵する、と。
そして、あの子供らしくない落ち着き方。
「あー、そうでしょうねえ」
エオジもデッタロも顔を見合わせて頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヴェズリアの出産から二年後、カリマに男子が授かった。
ガザンドールは
側妃となったカリマの部屋は当時、王宮内にあり、国王は元より王妃も息子を連れてよく訪れた。
ヴェズリアは黒い髪の弟を構おうとする金髪の息子を目を細めて眺めている。
「これで少しは静かになるでしょう」
「ええ、あの噂には少し困りましたけど」
産後も順調で、侍女に復帰する準備をしながらカリマは頬を赤らめた。
ヴェズリアは不機嫌な侍女を見てウフフと笑う。
『実は、国王ガザンドールは幼馴染の女性に心を寄せていた。
だが、大国から勝手に姫が押し掛けたため、仕方なく妃として迎えることになってしまった。
しかし、王子が誕生したことで一応の責任は果たしたとして改めて平民であるその女性に求婚し、側妃とした』
そんな噂を流したのは王宮騎士のエオジである。
「あんな噂で良いのですか?。 ヴェズリア様に対してあまりにも失礼かと」
真実は、まったく異なる。
古い部族の間ではブガタリアの民族の血が薄れることを恐れる派閥が存在しており、彼らは金髪の王子を見て危機感を覚えた。
カリマは部族長である父親に言われるがままガザンドールの側妃となり、国のためにガザンドールも受け入れざるを得なかったのだ。
この国もイロエストと変わらない、古い風習の残る国なのである。
「カリマ、あなたは誰が見ても部族一の女性よ」
力に頼りがちな部族の男たちを笑顔で操る女たちこそが、ブガタリアの本質だとヴェズリアは見ていた。
「大切なのは、次の時代の子供たちにどんな夢を見せてあげられるかよ」
ヴェズリアの言葉はカリマには少しばかり難しかったが、息子たちを存分に愛し甘やかすつもりだと聞いて微笑んだ。
カリマは、ガザンドールよりも新しい考え方を持つヴェズリアに生涯仕えたいと願った。
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