第11話 覚悟というものは


 父王の衣装は光沢のある黒地の長衣に、ヴェルバート兄のような金糸銀糸の刺繍。


下は同生地のストレートなズボン。


国王の証は王冠ではなく、暗めの赤色の生地に金色のグリフォンが大きく刺繍された豪華なマントだ。


父王のライオンのたてがみみたいな長めの黒髪に良く似合う。


 王族の女性の衣装は基本的に赤になる。


王妃様のドレスは明るい赤地に金糸の刺繍と細かい宝石が散りばめられている。


いつもは簡単に背中で結わえているという真っ直ぐな金の髪は、今日は高めに結い上げられ、この土地の花をあしらった髪飾りを刺していた。


裾が広がったドレスは露出は控え目だけど、豊かな胸元が目を引く。


ヴェルバート兄の話では寄せて上げてるらしいけどね。


 側妃である母カリマは暗めの赤の民族衣装。


長衣の下は同色のふんわりしたズボンになっている。


上着の柔らかな素材は透けていて、下に着た肩丸出しの長衣に濃い肌色が艶っぽい。


あ、俺はヴェルバート兄の衣装に似た長衣だけど、黒地に刺繍は銀糸のみ。


下のズボンも同じ色で細身、生地は良いらしいけどあっさりしたもんだ。




 父王の演説が始まる。


最初は祖先や大いなる自然に対する畏怖と感謝を述べる。


その後に他国要人、国内の他部族長へ参列の礼を長々と述べ、ヴェルバート兄の王太子宣言となる。


「これより我が息子ヴェルバートは王太子としての扱いとなる」


父王の言葉の後、ヴェルバート兄も挨拶する。


「国の内外を問わず、王太子として認めて頂ける様、がんばります」


 客人たちの拍手が終わると俺と母さんは会場を出るため扉へと向かう。


しかし、一人の老人が立ち上がり、俺たちは足を止めた。


「陛下、ヴェルバート様はもうグリフォン様に認められたのかな?」


老人ながら年齢に合わないガッシリとした骨太の身体にスキンヘッド。


現地部族の戦士を思わせる獰猛どうもうな顔付きだが、じつは商人。


母さんの父、つまり俺の祖父である。




「まだ騎乗はしておらぬが顔見せはおこなっている。


グリフォンも嫌がってはいない」


父王の顔は笑っているが、目は冷めている。


国王、つまり次の王である王太子が正式に認められるのはグリフォンに騎乗して飛ぶことが第一の条件なのだ。


 だけど、ヴェルバート兄はまだ十歳の子供である。


魔力が安定するまではグリフォンとの正式な魔力契約は出来ない。


それは祖父も分かっているはずだ。


「それならば、我が孫のコリルバートにも王太子候補となる機会は与えてられても良いのではないか?」


 やめて!、祖父じい様。


俺は心の中で叫ぶ。


マズイマズイマズイ。


父王と祖父が睨み合ってる。


「幸い、我が孫は大変に魔獣に好かれるそうだ。


この分なら、ヴェルバート様よりも先にグリフォン様に認められる可能性がありそうではないか」


ぎゃあああ。


父王の顔がヒクッなってる、ヒクッて!。




 俺は駆け出した。


呆然とする侍従や従者たちの間を抜けて。


祖父じい様!」


祖父と父王の目線の間に入る。


背丈が低いから届いてないけど。


「僕ね、魔獣大好きだよ」 


幼い振りをして祖父じい様の腰の辺りに抱き付く。


「でね、大きくなったら陛下や王太子殿下のグリフォンのお世話をさせていただくの!」


大きな声で、目をキラキラさせて。


「お、おお、そうか」


驚いて狼狽うろたえる祖父じい様。


「今はまだゴゴゴしか、お世話させてもらえないんだ。


でも、とっても可愛いんだよ。 見せてあげる!」


無邪気な子供を演じて、腕を引っ張る。


祖父じい様は可愛い孫を無下にも出来ず、俺と母さんに引き摺られるように一緒に廊下へ出た。




 俺たちはそのまま祖父じい様を側妃の控え室に放り込む。


一応お年寄りなので、まずはゆったりとした大きなソファに座らせる。 


「お父様、勝手なことしないで!」


さあ、娘からの先制攻撃だ。


「い、いや、そうは言うがカリマ。


お前は側妃だというのに未だに侍女のようにこき使われているらしいじゃないか」


やり手の豪商であるこの祖父じい様、とっても忙しい人で国の内外を常に飛び回っているため、あまり王都の町にいない。


きっとヴェルバート兄やイロエスト国を嫌っている勢力から何か吹き込まれたのだろう。


祖父じい様、なんで急にそんなこと言い出したの?。


俺、前から王太子にはならないって言ってたでしょ?」


可愛い孫からの追撃。


「何を言う。 ブガタリアの国王は腕っぷしが強くなきゃいかんのだ!。


あの金髪の小僧では不安しかないではないか」


あー、ヴェルバート兄は色白だから弱く見えるんだよなあ。


「でも、そんなの、まだ分かんないじゃん。


ヴェルバート兄様はこれから強くなるかもしれないし、俺は剣なんて持ったこともないよ」


祖父じい様はプウッと膨れてしまった。




「祖父が孫に幸せになって欲しいと願ってはいかんのか」


祖父の気持ちも分からなくはない。


偉くなって、権力や財力を手に入れたら、周りは安心するのかもしれない。


だけど。 


祖父じい様、俺は今のままで幸せだよ」


俺は、要らない波風は立てたくない。


可愛い孫は椅子の正面に回って祖父の膝に手を乗せ上目遣いで見上げる。


「ええ、お父様。 侍女の仕事は私が無理を言って続けさせていただいてるの。


私も今のままで幸せよ」


愛娘は背もたれから父親の首に抱き付く。


「ううむ、分かった分かった」


そう言って娘の手を解き、孫の顔を両手で包んで笑う。


「陛下には謝っておく」


そう言って立ち上がる祖父じい様を見上げて、俺はその手を握る。


祖父じい様」


俺、ホントはちょっとだけうれしかった。


「ありがと」


小さな声で言うと、頭をガシガシ撫でられた。


「何か困ったことがあったらいつでも言って来い」


「うん」


母さんと二人で歴戦の老兵っぽい祖父じい様を見送った。




 その後の宴会でのことは俺は知らない。


母さんも、あの後は会場へは戻らず、裏方の厨房を手伝っていたそうだ。


だけど翌日、朝食が終わった頃に父王が俺たちの住む離れまでやって来た。


 母さんは昨夜の祖父じい様の件だと思ってすぐに、


「昨夜は父が失礼を……」


と、謝罪しかけたが、父王はそれを遮った。


「いや、義父にはちゃんと謝罪を受けた。 そのことは良いんだ」


いいのか、父王。


結構問題発言だと思ったけど。


「コリルバートが望んでいないことは王宮の者は皆、知っておるからな」


ああ、そか。 日頃の行いのお蔭で助かったのか。


「では、何か他に問題が?」


「うむ」


母さんが入れたお茶を飲みながら、難しい顔をする父王。


俺と母さんは顔を見合わせる。




「実は、ヴェルバートが式典を終えたら魔法の扱い方を教えることになっていたんだが」


ブガタリアの子供たちは十歳の祝いが終われば本格的に社会と関わるようになる。


その一つが魔法の訓練だ。 


「魔法担当の教師が、コリルも一緒にどうか、と」


「はあ?」


なんで?、俺、まだ十歳になってないし。


父王はジトっと俺を睨んだ。


「お前、今まで本気でやってなかっただろ」


「えーっと」


俺は目を逸らす。


だって、二歳も年齢差があるのに同じ内容の勉強なんて真面目にやってられないよ。


「ヴェルバートが優秀なのはイロエストの教師たちの贔屓目ひいきめもあったとは思うが、コリルの場合、やれるのにやらない、と教師たちが口を揃えている」


ぐぅ。 


「それなら二年ぐらい早く指導を受けても大丈夫だろうと、そういうことだそうだ」


いや、そんなの訳分からん。




 何だか、誰が言い出したか分かりそう。


「ねぇ、父様。 他にも何か指導するって言ってなかった?」


「察しがいいな」


お茶を飲み干してカップをテーブルに置いた父王は、口元をニヤリと歪めた。

 

「優秀なお前に剣術の指導をしたいそうだ」


あー、やっぱり。


ただ剣術というむちでぶっ叩きたいと思っても俺がまた手を抜くから、魔法を教えるという甘い飴で釣るわけか。


「分かりました」


いいよ、やってやる。


だって魔法使いたいもん!。


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