第10話 宴というものは


 王宮で祝典のための作法練習が始まった。


しっかし、ヴェルバート兄と俺との差はますます開いてるな。


十歳なのに背が高くてキリッとした顔のヴェルバート兄と、黒髪で小柄、現地の平民の子供たちと変わらない容姿の俺。


俺たち兄弟は見た目だけなら五歳くらいは離れてるんじゃなかろうか。


式典の祭礼用衣装を見せてもらったけど、かっちりした丈長の白い上着は金糸銀糸の刺繍でキラキラしてて、ヴェルバート兄の金髪にはすごく良く似合っていた。


 俺はヴェルバート兄に恥をかかせないよう、全力で取り組んだ。


「ま、まあ、この私の今までの指導が実ったということですね」


引きつった笑顔の嫌味従者に、俺も笑顔で答える。


「ええ、先生が俺の腕や足をつねって教えてくださったお蔭です」


「なっ」


「あれは痛かったですねえ」と感慨深く目を閉じれば、周りが慌てている。


「ち、違いますっ、私じゃありませんから」


へえ、そういうことがあったということは否定しないんだ。




 そそくさと逃げて行く嫌味従者の後ろ姿に呆れていると、隣でヴェルバート兄が笑っていた。


「コリルは、出来ない振りはもう止めたんだな」


むぅ、バレてたか。


「いえ、あの従者が気に入らなかっただけです」


王族とはいえ小国の側妃の子供だからと、それこそ大人気おとなげないイジメだったからな。


 しばらくの間、ヴェルバート兄だけじゃなく、王宮の使用人たちや父王までもが、嫌味従者を見ると噴き出して笑ってしまうという現象が続いた。


いや、なんなの、そのブーム。


あの場限りで済むと思ってたのに、俺はイロエストの従者たちから会う度にすっげー睨まれることになった。


忘れてたんだけど、式典にはイロエストからも招待客が来るんだった。


うーん、嫌な予感しかしない。




 王都の北斜面にある王城は全部で三つの段に分かれ、長い階段で繋がっている。


式典用の建物は執務棟と同じ二段目にあり、二階建てのホテルっぽい豪華な造り。


一階が宴会用ホールや厨房等、二階が招待客の宿泊用の部屋が並ぶ。


騎士や爵位のある側近は主と同列だが、平民の護衛兵用は別棟で、使用人には下の城壁近くに宿泊施設がある。


 招待客にはゴゴゴを送迎用に貸し出しもしている。


もちろん、御者付き。


最初は怖がられるが、一度乗るとその安定感に病み付きになるらしい。


買い取りを希望される客もいるとか。


 まあ、可愛がってくれるなら別にいいんだけど、顔が怖いからって理不尽な虐待もあるって聞いてる。


ブガタリアじゃとんでもない話だけど、他国じゃ良くあること。


「魔法契約で縛ってるから」と、安心していたら、仲間を呼ぶ能力持ちがいて、大量のゴゴゴに囲まれたっていう話もあるから侮れない。


魔法契約は物や人を運ぶための契約で、イジメられても文句を言わないって契約じゃないんだから。


人間だってイジメられたら反発するだろうに、ゴゴゴだって同じだよ。




 そして式典当日。


十歳という子供中心の式典のため、開始は午後の早い時間。


場所は建物の外。


ガーデンパーティーってやつだ。


ブガタリアの神官みたいな爺さんがズラズラとマッチョなオニイサンたちを使って祭壇みたいな物を作る。


そこに豚の丸焼きだの、由緒ありそうな酒なんかが並ぶ。




 この国であんまり宗教なんて聞いたことがなかった俺は、こっそり母さんに訊いた。


「神として祀られてるのは初代国王陛下よ」


へえ、俺のご先祖様ってことか。


「ご本人はとっても恥ずかしがり屋だったそうで、目立った神殿とか造られなかったの」


こういう式典でしか祭壇も出て来ないのは、そういうことらしい。


なんとなく気持ちは分かる。


でも、本人は小っ恥ずかしいだろうけど、死んだ後ならやりようはあったと思うけどなあ。


「コリルはお父さんのために神殿を造りたい?」


「えっ」


母さんは時々変なことを言う。


「それとも、静かに眠らせてあげたい?」


ああ、そういうことか。


俺は「分かった」と答える代わりにニカッと笑った。


母さんもニッコリ笑って、俺たちの会話は終了。


国王が死んだ後の話なんて側妃親子がしていい話じゃないからね。




 じゃあ、何でこの爺さんが出て来るのかというと、このブガタリアの歴史のかただった。


子供たちに、この国がどうやっておこったのかを面白おかしく話して聞かせる役だ。


俺も興味があったので数名の子供たちと一緒に最前列に座って聴いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 その昔、この土地は魔獣たちのものだった。


四方を山に囲まれた魔獣たちの楽園。


当時、西にある港から東にある大国への道は、魔獣の森を大きく迂回するしかなかった。


しかし、南回りのその迂回路は多くの小国を経由しなければならず、その度に税金を払わねばならなかった。


 大国の大商人は考える。


森を突っ切る方法はないか、と。


大商人は森の近くに住む屈強な部族に打診した。


「やってみなければ分からない」


武を至上とする彼らは魔獣に挑むことを選ぶ。


その代わり。


「倒した魔獣も、ひらいた土地も、我らに」


どこの国のものでも無かった土地は拓いた者に権利がある。


大国でもそれは認めていた。


 道はあっても無くても荷物は運ぶ。


本来なら南回りで消費する金の八割ほどで請け負い、半額を手付けとして支払った。




 契約は成された。


だが、その荷物が届いたのは十年以上後のこと。


屈強な彼らは森の魔獣を狩り、拠点を作り、道無き道を何年もかかって少しずつ進んでいたのだ。


何年掛かろうと諦めずに。




 大国に姿を見せた部族長に大商人は驚いた。


魔獣のグリフォンを騎獣としていたからだ。


荷物はトカゲ型の魔獣が運んで来た。


「我らは山の向こう、森の中に道を造り、町を造った」


しかし、大国は荷物だけを受け取り、残金は支払われず、契約は破棄されてしまう。




 大国はその部族を認めなかったが、森に隣接した国々はその脅威を知っていた。


幻の獣といわれたグリフォンは魔獣の楽園の王。


それを手懐けたということは森を制圧したという証拠だ。


賢い周辺の国々はその部族を認め、魔獣狩りや土地の開拓に協力を頼み、交流していく。




 大商人は自分たちで勝手にその道を使えば良いと思っていた。


しかし、実際にはその道を使うためには魔獣を使うしかないことを思い知る。


それほど険しく、荷物を運ぶことが難しい道だったのだ。


「結局は大商人であれ、どんなに高貴な方であろうと、この土地を通るためには魔獣を使う我ら一族に頼るしかなかったのである」


大国でもブガタリアという国を認めざるを得なくなったというお話。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 パチパチパチパチ……


大人も子供も現地部族民は拍手喝采だ。


グリフォンの登場に「おおー」と歓声を上げ、契約の破棄に怒り、大商人の失敗にはクスクスと笑う。


この爺さんも大したもんだ。


ガッチリこっちの心を掴んでくる。


不覚にも俺まで興奮しちまったぜ。


 だけど他国の人たちの反応は微妙だ。


国名は出てこないものの、話に出てくる大商人の国はどう考えてもイロエストだ。


そのイロエストからの客人がいる前で、ブガタリアの民のように喜べるはずはない。


嫌味従者なんか、顔を真っ赤にしてギリギリと歯軋りしてる。




 さて、夕暮れが近づいて幼い子供たちは帰され、会場は建物の中に移った。


ここからは食事を中心とした大人の時間になる。


ホールの中には大きな長いテーブルが二列。


基本的に、それぞれの従者や担当者が部屋の何ヵ所かに用意された大皿の食事を取りに行くスタイルのようだ。


 宴の中心であるブガタリアの王族は別席になる。


父王、王妃、主役のヴェルバート兄が座り、一歩下がって、側妃のカリマ母さんと俺が立つ。


まだ十歳未満である俺は参加出来ないので、ヴェルバート兄の王太子宣言の後、母さんと一緒にこの場を離れる予定だ。


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