第9話 兄弟というものは


 ヴェルバート兄は九歳。


大国イロエストから嫁いで来た正妃ヴェズリア様と父王の息子。


まあ、俺の兄になるわけだけど。


王妃様譲りの頭の良さに、父王に鍛えられて剣の腕も才能有りと聞いている。


王宮でのヴェルバート兄周りの教師たちはイロエストから王子教育に来た人が多いんだ。


そりゃあ、俺はボソクソ言われるよね。

 



 イロエストは、ブガタリアの東の山脈を越えたところにある中規模の国ヤーガスアを越えたところにある。


結構大きな国だ。


とにかく古い歴史がある国で、無駄に国土が広く、小国であるブガタリアを下に見てる。


国境を接している訳ではないので直接の交流は無い。


だけど、ヴェズリア様が嫁いで来たことで無視出来なくなった。


イロエストにすれば、こんな田舎に王家の者を嫁に出す気は無かったし、王女もすぐに戻って来ると思ってたみたいだ。




 ブガタリア自体は別に鎖国してるわけでもないし、ただ険しい山脈に囲まれているから他の国からの往来が少ない。


冬は雪がすごいし、夏は盆地なんで熱が溜まって蒸し暑い。


山越えだけでも大変な上、快適な気候の季節が少ないので地元民族でないと生活しづらい。


俺はもう慣れた。




「本当にコリルバート様はもう少しヴェルバート殿下を見習ってもらわないと。


ブガタリアの民族は所詮しょせん、イロエスト王族の血を引く殿下の足元にも及ばないでしょうがね」


ヴェルバート兄の側に嫌味タラタラな若い従者が一人いる。


名前は忘れた、どうでもいいしな。


イロエストからはブガタリアまでの道程みちのりが厳しいせいか、向こうから来た王子教育係は思ったより若者が多かった。


その分、俺から見るとなんだか頼りないし、教養も浅い気がする。


その程度で良いと馬鹿にされてるってことだ。


「はい、申し訳ありません。


ヴェルバート殿下のご迷惑になりませぬよう、精進してまいります」


俺が頭を下げておけば機嫌が良いので適当に相手をしている。




 その様子をヴェルバート兄はイライラしながら見ていた。


「コリルバート、新しい魔獣を見せてくれ」


兄様は俺の腕を掴んでドンドンと厩舎の奥へ歩いて行く。


「お、お待ちください、殿下!」


嫌味従者は魔獣が怖くて中までは入って来られない。


護衛の騎士たちのほうは割と好意的で、黙って外で待ってくれる。


 新しい小型の檻の前まで行って、二人で座り込む。


「コリル、もういいよ。


あの従者が悪いのは分かってるけど、そこまで私に対して他人行儀にするな」


ふふ、ヴェルバート兄は相変わらず優しいな。


自分より歳も体格も小さい俺が、さらに身体を小さくしてるのを見るのが辛いんだって。


俺の教育が始まった頃はいちいち従者に突っかかってたけど、今は少し落ち着いている。


何を言っても無駄だって諦めたみたいだ。


「いいんだ、俺は気にしないから。 それより、お見舞い、ありがとうございました」


俺がエオジさんに借りてばかりいた単眼鏡だが、ヴェルバート兄が新しい物を買って贈ってくれた。


「わ、私がたまたま持っていたのを忘れて新しいのを買ってしまったのだ。


コリルの役に立つなら使って欲しい」


顔を真っ赤にして俯く兄様が可愛い。


「はい、大切に使います」


そしてしばらくの間、雛さんを見せたり、弟たちと遊んだりして過ごした。




 従者が痺れを切らす前に厩舎を出ようと並んで歩きながら兄様が訊いてきた。


「今度の式典の練習には来るか?」


ヴェルバート兄はもうすぐ十歳になる。


この国では産まれた年と、そこから十年ごとに祝う習慣があった。


 王宮でも同じで、生誕はそのまま誕生を祝い、十歳まではあまり外に出さない。


王族の子女は十歳の祝いが内外に対する正式なお披露目になる。


おそらくヴェルバート兄を王太子とする発表もあるんだろうなと思う。




「んー、どうかなあ」


平民になる予定の俺はあんまり出たいとは思わない。


「コリルの時の予行練習にもなるだろう?。 来いよ、ちゃんと」


俺の態度が微妙なんで、ヴェルバート兄は眉を寄せる。


嫌味従者がこっちに向かって来るのが見えた。


「承知いたしました。


ヴェルバート殿下のお祝いの宴、喜んで参加させていただきます」


実際にはその前に何回か式典の段取や作法の練習がある。


俺は叩き込まれた正式な礼を取った。


「あ、ああ」


急に変わった雰囲気にヴェルバート兄が苦笑いする。


「おや、だいぶマシになりましたね。


まあ、まだまだヴェルバート殿下には程遠いですが」


実はこいつが礼儀作法の教師なんだよ。


「ありがとうございます、先生のお蔭です」


俺に対する愚痴を兄様がグダグダと聞かされないように対処してるだけだ、バーカ。


 ヴェルバート兄を祝いたい気持ちは俺だってある。


ただ、おおやけの場でバカっぽくしなきゃいけないのが邪魔くさいだけ。




 あの嫌味従者のせいで、ヴェルバート兄は俺の母方の実家である豪商一族から良く思われていない。


この土地の豪商を中心とする派閥が第二王子である俺を担ぎ上げようとしないとはいえないから、早いとこ王位継承権を破棄させてもらった。


俺は絶対に王とかの器じゃないもん。


ゆったり穏やかに寿命まで生きて、ちゃんと輪廻の輪に乗らせてよ。


 


 ヴェルバート兄の一行が居なくなると、今度は父王が姿を見せた。


「コリル、もう大丈夫なのか?」


俺は一応周りをチェックする。


見慣れた顔しかいないようだ。


「はい。 ご心配いただき、ありがとうございます」


正式な場ではないので、胸に片手を当てる簡易礼にした。


 父も兄も俺が平民がするような敬意を示すと嫌な顔する。


当たり前だけど、一応まだ王族だからね、俺。


「また変な心配をしておるんだろうが、そんなにかしこまるな」


「心配しているわけではありませんが」


父王はヴェルバート兄がここに来たのを見ていたのかな。


兄弟仲はそんなに悪くないって知ってるはずだけど。




 俺と父王は、騎獣たちの運動場を見渡せる場所にある休憩所に入る。


ここは魔獣たちを見ながら業者と交渉するための場所で、簡単な屋根とテーブルセットが設置されているだけだ。


「ヴェルバートは、お前がゴゴゴたちを弟だなんて言うから、気にしてるんだぞ」


どかりと椅子に座った父王は場をなごませようといたずらっぽく笑う。


ヴェルバート兄には魔獣と同じ扱いなのかと思われてるの?。


「ゴゴゴたちは弟だから、俺が守らなきゃならないんです」


ただの騎獣じゃなくて、それ以上だから弟だと思ってるって、それだけなんだけど。




 父王が合図を送ると、どこからともなく侍従が現れて目の前のボロい木のテーブルに布を掛ける。


そしてお茶とお菓子を並べるとササッと姿を消した。


ほんと、こういうところがブガタリアって国が武寄りの国だっていわれるんだよ。


絶対ただの侍従の動きじゃねえもん。


「ここには誰もおらぬ。 男同士の話と思って本心を聞かせて欲しい」


そんなこと言われても。




 本心ってなあに?。


俺が他の世界から転生して、前世で十四歳まで生きた記憶を持ってるって言えばいいの?。


子供らしくないのは、その十四年にこっちの世界での七年を足して、二十一歳の精神年齢だからだよって?。


あ、二十一歳なんて前世じゃただの若造だし、そんなに大人ってわけでもないな。


それに今までの俺の行動はどうみても大人のものじゃなかった。


ごめんなさい。




「コリル、この国が好きか」


「はい」


顔を上げて、そこはハッキリと父王の目を見て答える。


「俺は父様も兄様も嫌いじゃないです」


むしろ好きだからこそ、俺なんかが王族の評判を下げたくない。


「父様の女性関係だけは納得してませんけど」


ちょっとブスッとした顔になった。


「あははは、やっと本音が出たな」


ポロッと愚痴が出てしまう俺は自分の子供っぽさにうんざりする。


父王は、何故かうれしそうに俺の頭を大きな手でガシガシと撫でた。


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