第8話 名前というものは


 怪我をしてから数日後、ようやく外出許可が下りた。


「コリルバート様、あまり無茶はしないように」


朝、体調を見に来てくれた治癒師の男性にもきっちり説教をくらう。


俺は王宮内ではダメダメ王子ってことになってるしね。


でも今回に限っては、俺にとっても予想外の失点だった。


くすん。


 下手をするとグリフォンにも怪我させるところだったので、今も罰として近寄るのは禁止されている。


飛んでるのを遠くから見てるだけでもダメっぽい。


えー、そんなの無理って不貞腐れてたら、警備兵に、


「グリフォンに手を振るのはおやめ下さい」


って言われた。


げっ、なんで知っ……。


「あ、はい、気を付けます」


とーっても残念だけど仕方ない。


くすん、くすん。




 俺は勉強を午前中で終わらせ、午後は厩舎へ飛んで行った。


「お待たせ、弟たち!」


グルグルグルッ


全身黒い色をしたグロンが真っ先に身体を摺り寄せてくる。


人や荷物を運ぶゴゴゴにしては身体が細いグロンは俺ぐらいしか乗せない。


しかし防御結界の魔法を使ってくれるので狩りには良い相棒だ。




 気が付くと淡い緑色の体色をした、成体にしては小さいゴゴゴが俺の足をつつく。


うん、こいつの名前をツンツンにしたのは正解だったと思う。


 実は眼球が無い状態で産まれたツンツン。


目が見えないので、すぐに仲間外れにされ長く生きられないと思われていた。


だけど、障害物や他の生き物の気配を察知するのが早くて、危険を感じるとすぐに隠れる。


まるで目が見えてるみたいに。


その上、自分の気配を消すのが上手うまいので、気を抜くと俺でも姿を見つけられなくなるんだ。


生き延びたのは、この能力で密かに仲間外れを回避していたお蔭だろうな。


「よしよし」


俺はツンツンの滑らかな肌を撫でる。


気配を消して隠れるくせに見つけてくれとつつくツンデレさん。


キュッキュッ


可愛い声のツンツンは、グロンより一年ほど先に産まれ、弟たちの中では年長だけど、俺が世話するようになるまで最低限の栄養しか摂れていなかったせいで一番小さい。




 逆に一番体格が大きいのが、ゼフと名付けたゴゴゴで、三体の中では一番遅く産まれたくせに食欲旺盛で成長も早かった。


身体の色は濃い茶と暗い赤の縞模様をしている。


単色の茶系と緑系が多いゴゴゴの中では珍しい。


まあ、だから仲間外れにされてたんだけどね。


 俺の顔を細い舌でベロベロ舐めてくるのはお腹空いたアピールだ。


だーかーら、俺は餌じゃねえって!。


ゴーフ ゴーフ


鳴き声も重低音。


ゼフは、荷物や人を大量に載せても知らん顔して安定した走りを見せるゴゴゴらしいゴゴゴだ。


顔も一番怖いしな。




 隣の厩舎から王宮魔獣担当のじいちゃんが顔を出した。


「コリル、雛の名前はどうするんじゃ」


俺は弟たちに餌を与えながら、一番奥の小型の檻を見る。


「んー、それなあ」


厩舎にいる魔獣は世話をする上で名前が必要になる。


飼える魔獣の数が決まっているので王宮に申請しなきゃいけないんだけど、その申請に個体名が必要なわけ。


「だって、この雛さんは親が見つかったら森へ返すつもりだし」


それなら保護してるだけだから申請が要らない。


「わしは、そううまくいくとは思わんがな」


弟たちは食事を終えて、満足気に俺を見上げている。




「山奥に親がいて、巣があったとしても育つかな」


じいちゃんの言葉に俺は目を逸らして黙り込む。


巣さえあれば、他の親鳥だろうと育ててもらえるかもしれない。


そして自分の意思で飛べるようになったら、雛さんは自分の意志で戻って来るなんてこともあり得る。


そうなったら良いなあ、なんて密かに思っていた。


じいちゃんが意味ありげにニヤリと笑う。


「なあ、コリルや。 お前さん、なんであの大鷲の雛を飼うのは嫌なんじゃ?」


俺はぐぐっと唇を噛む。


「その三体のゴゴゴにはあっさり名前を付けおって。


周りの反対も押し切って陛下から許可をもぎ取ってきたじゃろ。


それなのに大鷲の雛を返そうとするのは何故じゃ」


んー、俺にもよく分からない。


ただ、あの雛さんを見てから、俺の胸の中にある前世の気持ちがザワザワするのを感じるんだ。




 前世の記憶。


年を重ねるうちに、それが少しづつ鮮明になってきた。


たぶん俺が覚えている年齢に近づいているせいだろう。


そして、あの、死んだと思われる日の、気持ちというか、感情の嵐みたいなものに支配されそうになるときがある。


 最初は厩舎の中で仲間外れにされているゴゴゴを見たとき、俺は何の罪もない他のゴゴゴたちを殴りそうになった。


違うのに、これは自然の摂理なのに。


この世界の常識が前世の俺を抑え込んだ。


気が付くと、俺は泣きながら真っ黒な身体で産まれたゴゴゴを抱き締めていた。




「じいちゃん、俺、雛さんに名前付けちゃったら」


顔を上げてじいちゃんをじっと見る。


「空を飛びたくなる気がするんだ」


じいちゃんは顔をしかめた。


 魔力を持った大鷲。


しかも普通よりもかなり大きな個体。


「俺はグリフォンには乗れない。 乗っちゃいけない」


「コリル」


「そうだよね、じいちゃん」


ああ、俺はじいちゃんには心配させたくないのに。




 コリルバート、お前は馬鹿だ。


そう言って前世の俺がウズウズしている。


グリフォンに乗りたいんだろ。


王宮に乗り込んで、父王にねだりたかったんだろ。


ずっとずっとずっと。


「大鷲を手懐けたら、きっともう俺は我慢出来ないよ」


グリフォンと同じ翼を持つ大鷲を、グリフォンの代わりにして空を飛ぶだろう。


それがどんな風に見られるか、分からないのに。




「だから、雛さんに名前を付けたくない」


少なくとも、今はまだその時じゃないと思う。


可愛くて仕方ないけど森の親鳥に返すんだ。


帰って来ても来なくてもいい。


ただ、今の暴走しそうな俺の気持ちを一度切り捨てるために。

 

 じいちゃんは側まで来て、俺の頭をガシガシ撫でた。


「分かった。 そうと決まれば、さっさと飛べるようにしてやらなきゃあな」


俺は「うん」と頷く。




 雛さんの檻に自分から入り、扉を閉める。


この檻には隠蔽の魔法が掛かっているし、弟たちが餌と勘違いして食べようとするかもしれないから、雛さんはここから出さないほうがいい。


特にグロンは雛が大好物だから危ない。


じいちゃんなら色々魔獣用の魔道具を使えるから、俺の部屋まで連れて来てくれたけど、俺には無理だしね。


 後は、暇そうなエオジさんに頼んで、森であの雛の親か巣を探してもらおうと思う。


魔獣は成長が早いものは三ヶ月くらいで飛べるようになるらしいので、他の雛が巣立ちする前に見つかるといいな。


ピィピィ ピィピィ


自然の中で生きていけるように、元気で丈夫になれよ。


そっと両手で灰色の羽毛を包み込む。




 ふいに厩舎の入り口が少しザワザワし始め、足音と声が聞こえた。


「コリル、いるかい?」


あの優しい少年の声はヴェルバート兄だ。


俺は雛さんの檻から出て、パンパンと服に着いた汚れを払う。


「ヴェルバート殿下、どうされました?」


殿下呼びは嫌がるけど、ヴェルバート兄はいつも周りに何人か連れている。


彼らは王妃様の国から送り込まれた者たちだ。


王妃が来た時は誰も来なかったくせに、王子が産まれた途端、まるで自分たちの国のような顔で乗り込んで来た。


噂では小国ブガタリアを保護する名目で併合しようとしているとか。


それが本当なら、こいつらにとって俺は邪魔なんだろうな。




 とはいえ、俺たち兄弟の仲は悪くない。


「あ、うん、なかなか見舞いにこれなくてすまん」


金色の柔らかい髪を肩まで垂らしたヴェルバート兄はすまなさそうに笑う。


「殿下はお忙しいのに、俺なんかに気を使わなくていいですよ。


ほら、もう全然痛くありませんから」


俺は目一杯バカっぽく腕を振り回して見せた。


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