第7話 心配というものは(別視点)
ブガタリア国、国王ガザンドール、三十五歳。
前国王だった父を不慮の事故で亡くし、バタバタと王位を継いで十年。
腕っぷしの強さと若さを頼りに夢中で働いてきた。
未熟ながら、たくさんの家臣や協力者に恵まれて、ようやく余裕が出て来たところだ。
森に魔獣が潜んでいることと、四方を高い山脈に囲まれた土地柄、おまけに国は小さいながら武勇に優れた国民性のお蔭で他国から攻められることなく平和である。
今のところは。
執務室内で休憩中に側妃である侍女から手紙を渡された。
ガザンドールは、いい加減、側妃には侍女を辞めて欲しいと思っている。
まあ結婚したときの条件の一つが「侍女を辞めない」だったので文句は言えないのだが。
息子から感謝の文だというので、その場で封を切った。
「……これを七歳のコリルバートが書いたというのか?」
「はい、陛下」
国王は「はあ」と、ため息を吐いた。
彼には息子が二人いる。
正妃ヴェズリアとの間に第一子、ヴェルバート。
側妃カリマとの間に第二子、コリルバート。
二つ違いである息子たちを国王は分け隔て無く、同じように愛情を持って接している。
ヴェルバートは、まだ九歳だが王宮の教師たちも「完璧です!」と褒めるほど王族らしい王子に育った。
まあ、あまり完璧な子供というのも問題ではあるが、母親も他国の王族であるし、その血のせいかもしれないと納得する。
しかし、ガザンドールが頭を悩ませているのはコリルバートのことである。
誰に似たのか、少々変わっている。
何せ、三歳ですでに王位継承権を放棄すると言い出し、母親と同じように働くのだと仕事を手伝い始める。
王宮は年中人手不足で大変な状況だったので、仕方なく認め、しばらくは様子を見ていた。
十分使える子供だった。
五歳で平民の学校に通いたいと言い出し、それは許可が下りず、ならばそこの教師を呼んでくれと頼んできた。
勉強が好きなのか、と思えば成績は普通らしい。
その教師の話では「やれるのに、やらないようだ」という。
訳が分からない。
コリルバートはグリフォンが飛ぶ姿を毎日熱心に見ている。
魔獣が好きなのか、恐ろしい顔付きのトカゲ型魔獣のゴゴゴさえ怖がらない。
魔獣担当の老人にも可愛がられていて、よく厩舎の手伝いをしているらしい。
そんなある日、コリルバートは「自分専用の魔獣用厩舎」をねだってきた。
五歳の幼児が欲しがるものではない。
しかし、今まで何も欲しがらない子供だったゆえ、
すると、飼育業者さえ買い取らない問題有りの魔獣の幼体を飼い始めた。
あのトカゲ型魔獣を弟だと言い、いつの間にか三体も世話している。
我が子ながら、不気味だ。
そして七歳になった先日。
コリルバートはグリフォンの前に飛び出して大怪我を
幸いにも、たまたま近くに治療師がいたため大事には至らなかった。
しかし原因はコリルバート本人にあり、加害者はガザンドールである。
誰も罰することなど出来ず、まずは休養を取らせることになった。
動き回れないというのは、案外子供には辛いものだ。
多少は反省するだろうと思っていたら、コリルバートはベッドの上に様々な地図を並べ、護衛のエオジを相手に楽しそうに話をしているそうだ。
ガザンドールは忙しくて、あまりゆっくりと息子たちと話も出来ないというのに、羨ましい。
しかし、今日は手紙をもらった。
側妃に良く似た愛嬌のある息子の顔を思い浮かべて、ニヤニヤしながら手紙を開いて、ガザンドールは固まった。
『国王陛下、先日は驚かせてしまい、大変申し訳ございませんでした。
大切なグリフォン様にはお怪我がないと聞いて安心しています。
しかも今回は誰にもお咎めは無いとか、本当に慈悲深い陛下には感謝いたします。
その上、高価な治療、お見舞いをいただき、ありがとうございました。
療養後は臣下として再び微力ながら働きとうございます』
「何だ、これは」
ガザンドールの肩がプルプルと震える。
なんて他人行儀な文だ。
自分は父でありながら、そんなにも恐れられているのか。
ガザンドールは落ち込んだ。
息子の母であるカリマに渡せば、彼女は手紙を読むとケラケラと笑い始めた。
「まあ、なんてコリルらしい。
陛下に精一杯の感謝を伝えようと、必死さが滲み出ておりますわ」
「そ、そうなのか?」
ガザンドールは俯いた顔を少し上げてカリマの様子を見る。
「ええ。あの子は緊張すればするほど、馬鹿丁寧になるんですもの」
クスクスと笑いを堪えるカリマにガザンドールも気分が上昇する。
「……うむ、そうであったな」
ガザンドールは、二年前にもコリルバートから厩舎をねだられたとき、同じような文面の手紙をもらっていた事を思い出す。
あの頃はもう少し
悩んで悩んで書いていたと母親から聞いた父親は、眉尻を下げて頷いた。
「では、私は返事を書けばいいのかな」
さっきまで暗い気持ちで読んでいた手紙をうれしそうに読み返しながら訊く。
「あら、手紙より直接顔をお出し下さいな。
コリルも喜びます」
「おお、そうか」
日頃から、ちょくちょく離れに顔を出すくせに「ちゃんとした理由があると遠慮なく行ける」と喜ぶガザンドール。
幼い頃から彼を良く知る幼馴染の女性は、自分の息子を見るのと同じような目をして微笑んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カリマは、本来は王妃付き侍女である。
「ヴェズリア様、お茶でございます」
正妃ヴェズリアはその聡明さから国の政務を一部任されている。
有能過ぎて仕事量が国王よりも多いのは、他に頼れる事務方の人材が不足しているからだ。
「ああ、もうそんな時間?。
ありがとう、カリマ、助かります」
根を詰め過ぎる王妃に適度に休憩を取らせることも大切な侍女の仕事である。
カリマは、良く風の通る窓際のテーブルに一式を並べていく。
王妃はぐぅっと大きく身体を伸ばした。
国王と王妃の執務室はそれほど離れてはいない。
王宮の規模自体が大きくはないのと、近いほうが何かと都合が良いとヴェズリアが主張したためである。
本当のことをいえば、カリマがどちらにも顔を出し、雑用を引き受け易くしていた。
ヴェズリアは、ガザンドールと共にこの国に来た時、あまりにも古臭い制度に頭を抱えた。
ブガタリアという国は物理的な力が全て。
力のある者の発言が一番で、契約などの大切な取り決めが明確な文書になっていなかった。
国民ならば従うだろうが、他国から入って来る商人や外交の人間にはいいようにされてしまう危険があった。
自国に戻りたくなかったヴェズリアは、ガザンドールに進言し書類の作成を手伝い始める。
「ヴェズリア様のお陰でブガタリアも少しずつ変わってまいりました。
本当に感謝しております」
カリマはいつも感謝を込めて、香りの良いお茶と、疲労回復の薬草を練り込んだ菓子を出す。
武力だけでは他国には勝てないと官僚たちを説得してくれた。
他国の商人たちから高額な品を買わされる日常を変えてくれた。
「いいのよ、私は自分の都合で押しかけたのだし。
この国に置いてもらえるだけでもありがたいのに、王妃なんて立場までもらってしまって……」
事務官程度で居座るつもりだったが、今では王妃で政務の中心になっている。
しかし、息子たちには嫌われているかもしれない。
「ヴェルバートには、私は王妃となるために恋人から国王を奪った女。
コリルバートの目には、ガザンドールが優柔不断な男に見えるでしょうね」
「それでも、息子たち同士が憎しみ合うよりマシですよ」
二人の妃は苦笑いを浮かべながら、いつものようにお茶の時間を過ごす。
まだまだ平和なブガタリアの日常であった。
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