第12話 魔法というものは


 ヴェルバート兄の式典から十日が経過した。


今日から魔法の授業が始まる。


「よろしくお願いします、先生」


「ええ、こちらこそ。 よろしくお願いしますね」


ヴェルバート兄の部屋に呼ばれて来てみれば、あの嫌味従者が待っていた。


「ああ、私が教えるわけじゃないんです。


コリルバート様にお渡しするものがありましてね」


そこから隣の部屋に移動する。


 ここ、従者用の部屋だよな、おそらく。


嫌味従者は子供にとっては分厚い本を三冊、ドサリと机の上に積み上げた。


「魔術の基礎を書き記した教本でございます。


ヴェルバート殿下はもう読み終わられておりますから、コリルバート様はこれを全て読み終わられましてから、授業に参加していただきます」


「はあ」


なるほど、それまでお預けだ、と。

 



「それから、剣術の教師からも預かっております」


今度は子供には少し大きな木剣と、紙が一枚。


紙には「階段往復十回、木剣素振り百回」など、身体作りのための基礎運動が書かれている。


「ヴェルバート殿下は五歳から始められましたが、コリルバート様はお兄様に追いつくため、これくらいは毎日おやりにならないと」


「あー、はい、分かりました」


つまり、いくら教師たちが教えると言っても、この嫌味従者は俺には受けさせる気は無いんだな。


うん、張り切ってやって来た自分がバカみたいだ。




 ニヤニヤする嫌味従者に、俺は一つ確認しなければならない。


「えーっと、これを読んだり、この運動をしている間は、先生はご指導してくださるのですか?」


見張りはいるのか、どうか。


「人手不足なので、そこまで暇な者はおりませんよ。


ですが、使用人や護衛の兵士が交代で見ておりますからね」


あー、まあ、それくらいなら何とかなるか。


「最終的に試験を行いますから、決してサボったりなさいませんように」


そりゃあ、当然だね。


「承知いたしました。 では、失礼します」


勉強のために文房具を入れた鞄を持って来て良かった。


かなり重い魔術の本を何とか入れられた。


キチンと挨拶をして廊下に出ると、俺は重い鞄と木剣を引きずって離れに戻る。




 剣術のトレーニング表を確認。


時間の指定がないから助かる。


実は俺、この程度のトレーニングなら毎日やってるんだよね。 


夜中っていうか、早朝、陽が昇る前だけどね。


その時間が一番、人が少ないから。


 さすがに木剣は手に入らなかったけど、せっかく剣のある世界に来たんだし、憧れもあって、剣術はやってみたかった。


 俺の身体は前世から比べれば格段に丈夫だ。


やればやるだけ身になる。


おまけに武寄りの民族の血ってやつかな。


じっとしてられないというか、身体を動かすのが楽しい。


子供だから、やり過ぎには気をつけてるけどね。




「トレーニングは今まで通りとして、問題はこの本か」


分厚い魔術の本。


別に読書は嫌いじゃないし、寝る前や厩舎の休憩時間を使えば読めるだろう。


問題は。


「これ、イロエストの文字?。 それとも古代文字とか、なのかな」


読めない文字で書かれている事だ。


本自体は重くて持ち歩けないので、文章を一節、紙に書き写してポケットに入れる。


誰か分かる人いないかなあ。




 さて、午前中の勉強の時間は町の学校から先生が来る。


「あ、そうだ」と、さっそく文字を書いた紙を見せてみた。


「これをどこで?」


あれ?、微妙に顔が引きつってる。


 嫌味従者から受け取った本を先生の前に出すと、さらに頭を抱えられちゃった。


「高位魔術師用といいますか、大国の古い文字です」


はい?。


「ヴェルバート兄様と一緒に魔術の授業を受けることになって。


でも、これ全部読まないと教えられないって」


俺の言葉に、青い顔をしていた先生は大きなため息を吐いた。


「はあ、状況は分かりました。


この本は私もイロエストに留学していた時に教本として読んだことがあります。


おそらく写本だと思いますが、こんなところで見ることになろうとは」


おー、それは幸運な偶然。




「こんな高位魔術の本を十歳にも満たない子供に読ませるなど、危険極まりない」


結構やべえ本だったらしくて、小声でブツブツ言ってる。


なんか先生の目が怖い。


やっぱり、うちの民族は武寄りだな、としみじみ思う。


「コリルは普通の子供用の勉強はとっくに終わっていますから、今後はこの本での勉強にいたしましょう」


まあ、平民の子供なんて、ある程度の読み書き計算が出来ればオッケーだしな。


でも、いいのか、それ。


俺は助かるけど。




 先生がいうには、十歳になった子供はまずは魔力の基礎を学ぶ。


ヴェルバート兄の場合は分からないけれど基礎は同じはずだ。


でも、この本は基礎どころではない。


 先生は別部屋でお茶を飲んでいた護衛のエオジさんに声を掛けて、何やら二人で話し始めた。


そして、エオジさんが俺の側に来て、


「おい、コリル。 ちょっと二人で出て来るから、お前はコレでも振ってろ」


と、木剣を差し出した。


エオジさん、サボってるのかと思ったら、俺の木剣の持ち手を少し削ってくれてたみたいだ。


ありがてぇ。


この木剣、大人用みたいで、太過ぎてしっかり握れなかったんだよね。


「分かりました!、素振りやってます」 


二人を見送り、魔術の本を片付けて、俺は木剣を持って飛び出した。


 もちろん、俺が喜んで行くところなんて、厩舎に決まってる。


「見ろ、弟たち。 これが剣ってもんだ」

 

素材は木だけどな。


しょうがないよ、俺はまだ七歳だし。




 嫌味従者は気に入らないけど、魔術や剣術を習うにはあと二、三年は待たないといけないと思ってたから、案外早くチャンスが来たことには感謝してる。


「魔法!、剣!、ファンタジー!、楽しみだなあ」と、浮かれていた俺。


 翌日、エオジさんに付き添われて、王宮の客間に入る。


え?、な、なに。


「えーっと」


目の前には、式典でかたをやってた爺さんがいる。


 この爺さん、部族最年長の長老様だった。


部族の子供たちの魔力を調べることが出来る人である。


ヴェルバート兄のも調べたのかなと思ったら、平民だからという理由でイロエストの従者が拒否したらしい。


いや、アンタに拒否する権限はないだろうに。


まあ、結局のところ、王宮に勤める魔術師が調べたらしいけど詳しいことは王家の秘密らしい。


俺はいいんか。


あ、いいわ、平民志望だしな。




「両手を出しなされ」


「はあ」


俺はシワシワの骨張った手に両手を握られ、皺が深く刻まれた顔の、細く垂れた目にじっと覗き込まれる。


 この世界の人間はほとんどが魔力を持っている。


しかし個々で魔力の量や、強さというか、濃さが違うらしい。


魔法を習い始める子供は、まず自分の魔力を知らなければ話にならないのだ。


「お前さん、面白い魔力をしとるな」


え、もしかしてチートきた?。




「人は、体力という身体の力と、魔力という魂の力で出来ておる」


長老様の話を要約すると、身体を鍛えるのと同じように魔力という精神力を鍛えろということらしい。


「子供の魔力が危険だというのは、大人のように割り切ったり、諦めたり出来んからじゃ」


幼くて、真っ直ぐな魔力は不安定で、魔法を使うと暴走し易い。


俺はウンウンと頷きながら話を聞く。


でも、それだと大人でも思い込みが激しい子供っぽい奴は魔法を使うのはやべえんじゃないか?。


長老様は笑う。


「それが分かっておるお前さんは、やはりおかしいのお」


えっ、ドキッ。


「その年で、まるで大人のような魔力をしとる。


まあ、これなら魔法の指導を始めても大丈夫じゃろう」


「ありがとうございます!」


俺が勢いよく頭を下げたせいで、爺さんの額とゴツンとぶつかる。


「ごめんなさいっ」


涙目で謝ると爺さんはほやほやと笑っている。


「いやいや、幼い子供が相手じゃ。 構わんよ」


えーっと、爺さん、俺をいくつだと思ってるか訊いていい?。


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