第4話 雛というものは


 周りの森の木々の色がだんだん深くなる。


体長が二メートルほどあるグロンは身体が柔らかいのでスルスルと木々の間を抜けて移動していく。


下草が行く手を阻むけどグロンは全く気にする様子はない。


ガンガン進んでいる。


「そろそろいいか」と、合図をするとグロンが止まった。


俺は地図を広げ、エオジさんは木の間から覗く空を見上げて魔鳥の姿を探す。


「この辺りでいいかな」


「そうだね」


俺の提案にエオジさんも頷く。




 グロンは俺が降りるとしばらくの間引っ付いていたが、鳥の声を聞くとソワソワし始める。


鳥の卵とかヒナが好物なんだよな、こいつ。


雑食性のゴゴゴだが、グロンは特に肉が好きだったりする。


「いいよ、探しておいで。


でもすぐに食べないで、何を捕まえたか見せに来るんだよ」


グルグルゥ


お腹が空いているのか、ちょっと不満そうな返事をして、グロンは大きな木を見つけて登っていった。


俺とエオジさんも適当な木を見つけては幹に鳥の巣がないか調べる。



 

 まだ七歳の俺では捕まえられるのはせいぜい昆虫ぐらいだというのは分かってた。


「グロン、偉いね。 これは食べてもいいよ。 あとは持って帰って皆で分けようか」


少し開けた場所に集めていると、次から次にと何やらくわえて戻って来る。


グロンは思ったより優秀だった。


「なんか負けた気分だ」


ええ、同感です、エオジさん。


 エオジさんに見てもらって、害虫、害獣のたぐいだけを選ぶ。


害のないものは放してやり、卵は餌と厨房にお裾分すそわけする物とに分けていく。


厨房に頼まれたとかでエオジさんは特別製のバッグを持っていた。


結構たくさん入るな。


あれ、もしかしたら、異世界定番の、魔法的な収納ってやつですか!。


俺の視線に気づいたエオジさんは、ちょっとイタズラっぽく笑っただけで教えてはくれなかった。




 どこか得意気だったグロンは、さっきから卵の山をじっと見ている。


「卵、欲しいの?」


まあ、グロンの好物だしね。


グルル


え、違うの?。


グロンの様子がいつもと違う感じがする。


 急に卵の山が崩れそうになって、エオジさんが慌ててバッグに入れる速度を速めた。


「おや?」


ピィピィ


「ああ、かえっちゃったか」


どうやら孵化ふか間近の卵があったようで、このタイミングで出て来たようだ。


「どうしよう」


グロンがよだれを垂らさんばかりに卵の山を見ている。


「よっと、こいつか」


エオジさんがその卵を持ち上げた。


半分殻が割れて、雛の声と濡れた羽色が覗いている。




 何だろう、この卵、結構大きいな。


前世で見たダチョウの卵くらいはある。


俺もその卵に目が釘付けになった。


「何のひなか、分かる?」


エオジさんに訊いてみるけど、首をひねっている。


「いやあ、分からんな。 とりあえず魔力は感じるから魔獣なのは間違いないんだが」


灰色の殻の中に薄い灰色の産毛が見える。


ピィピィピィ


「連れて帰って調べたい」


俺がそう言うとエオジさんは少し考えてから、


「まあ、何かあっても城内なら誰かいるし大丈夫か」


あ、そうか。


「親か仲間が取り返しに来ちゃうかもしれないね」


そう言いながらも俺は昆虫用の箱にそっと雛を入れる。


「ん-、まだかえってなかったから、親も判別しにくいとは思うけど」


エオジさんも、もういいかなということで、そのまま戻ることになった。




「取り越し苦労ならいいけど、もしヤバいやつだと困るから」


俺たちは城の裏口に魔獣係のじいちゃんを呼んでもらった。


「これなんだけど」


そっと箱を開いて見せる。


「ほお、大きいな」


「魔力はあるっぽいから、魔獣だってエオジさんは言うんだけど」


裏口の警備室で、俺とエオジさん、そして魔獣に詳しいじいちゃんと三人で雛を囲む。


戸口の前には裏口の警備兵が二人立っている。


 厨房用のバッグはすでに運ばれていった。


グロンはもう厩舎へ返した。


口止め料に卵を食べさせたら雛は諦めてくれたみたい。




 薄い灰色の雛はだいぶ羽毛も乾いてきている。


「うーん、しかし、これは、うーむ、そんなことが」


じいちゃんは唸ってばかりいる。


「この人が分からないとなると飼うのは無理だ。 諦めろ」


エオジさんはそう言うけど、俺は何とか食い下がる。


「これ、どう見たって大型の鳥だよね。 あの、ほら荷物運んだり、偵察したりしてるやつ」


伝書鳩みたいに普通に働く鳥はいる。


珍しい鳥なら観賞用に飼っている人もいる。


だけど俺は調査が終わったら、親や仲間がいるところに返してやりたい。


グロンは食べたがってたけど。




「ああ、そうじゃなあ」


さっきまでピィピィ煩かった雛は、疲れたのかうずくまって眠っている。


「わしもあんまり見たことがない魔鳥なんで、確認したいのお」


じいちゃんがそう言い出した。


「確認?」


「ああ、ここの見張り台に雛を置いて、親を確かめるんじゃ」


なるほど、そうすれば一発で何の魔鳥か分かるもんね。


もし、今日のうちに来なければ俺の好きにしていいって。 やった!。


「それって、危なくないんですか?」


裏口の警備兵がじいちゃんとエオジさんの顔をチラチラ見ている。


「そりゃあ、親による、としか言えんな」


じいちゃんはガハハハッと笑って若い警備兵の背中をバンバン叩いた。


 夕暮れまで、まだ時間はある。


俺たちは裏口に面した見張り台のうち、一番ボロいやつの天辺てっぺんに雛の入った箱を置く。


じいちゃんに観察を任せて、俺とエオジさんは一旦着替えに行く。


俺はいつ親が来るかと気が気じゃなかったので大急ぎで着替えて戻った。




 魔獣の親は愛情深いという。


俺とエオジさんは少し離れたところの見張り台で待機。


借りてきた単眼鏡を覗き込む。


ピィピィという、か細い声がここまで聞こえる気がする。


わざと鳴かせるために、まだ餌付けとか、お世話はさせてもらってない。


 ドキドキしながら見ていると、何かがこっちに向かって飛んで来る気配がした。


夕日を背にしているので影になって姿が判別しにくいけど。


「あー」


エオジさんが単眼鏡を俺に渡してくれた。


「あー、陛下」


グリフォンの散歩から戻って来た父王だった。




 そのグリフォンが真っ直ぐに雛のいる見張り台に向かっている。


「あれ、不味いんじゃね?」


エオジさんが大きく手を振ってグリフォンに合図を送る。


だけどグリフォンは父王のいうことしか聞かないし、父王はこっちの事情をまだ知らない。


「どうしよう、このまま突っ込んじゃったら」


グリフォンの餌になっちゃう!。


 気が付いたら俺は走り出していた。


「じいちゃーん!、グリフォンがあ」


俺が大声で叫んだせいで、グリフォンがこっちを向いた。


「あ、ばかやろう!」


じいちゃんが慌てている。


バサバサバサーッ


耳をつんざくような羽の音がして、俺の身体がふわっと浮いたのが分かった。


「わっ」


次の瞬間、俺は地面に叩き付けられ、ごろごろと転がって何かにぶつかってやっと止まった。


わーわーと声がする。




 ああ、失敗した。


おそらく、グリフォンの風圧で飛ばされたんだな。


俺、まだ七歳だもん、軽いしさ。


全身が痛くて動けない。


ごめん、神様。 せっかく転生させてもらったのに。


「おい!、大丈夫か!」


父さん?。


はは、前世の父さんなわけないか。


何だろ、走馬灯?。


前世の懐かしい記憶が見えた気がした。




 どうやら俺は抱き上げられたようだ。


「愚かな。 グリフォンの前を横切るなど」


父王の声だ。


はい、すみませんでした。


もうしません。


もう一度生まれ変わったら気を付ける。


 次は何に生まれるんだろうな、俺。


また人間だといいけど、現世じゃちっとも修行らしいことしてないから無理かな。


そうだ、魔獣とかいいな。 かっこ良さそう。


虫はちょっと嫌だ。




「何が嫌だって?」


父王の声に急激に意識が浮上する。


「とう、さん」


「馬鹿野郎、心配させやがって」


俺は王宮の離れにある、自分のベッドの上で目を覚ました。


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