第5話 親というものは


 俺、生きてた。


やっぱりこの世界の人間って丈夫なんだなあ。


「良かった、コリル!」


母さんが泣いてる。


一瞬だけ、前世の母親が泣いている姿を思い出す。


また泣かせちゃったな。


 そばに清潔そうな服を着た中年男性がいるのに気づく。


「もう大丈夫でしょう」


そう言って、父王に挨拶して出て行った。




 部屋の中には俺たち親子と、エオジさん、そして魔獣担当のじいちゃんがいる。


もう身体はそんなに痛くない。


たいした怪我じゃなかったのかな。


 父王の大きな手が俺の髪に触れ、案外優しく撫でられた。


「ふぅ、一時はどうなるかと思ったが、治癒魔法師が近くにいてくれて助かった」


おー、治癒魔法、見たかった。


ていうか、俺が治療されてたんだった。


「コリルバート、お前は一晩意識がなかった。


外傷は治ったが、まだ身体の中や心に傷が残っているかもしれん。


しばらくはゆっくりと休め」


「う、うん」


今は朝らしい。 窓の外が明るい。


ホッとした顔で父王が部屋を出て行った。


忙しいのにお手数かけてごめんなさい。




「まったく!」


エオジさんが大きく息を吐いて俺の顔を覗き込む。


「あの後、どうなったか分かるか?」


俺が寝たまま顔を横に振る。


「まあ、ざっくり言えば、お前が大怪我して大騒ぎになったんだが。


お前はそっちより雛がどうなったか知りたいんだろ?」


「うん」


起き上がろうとした俺は、何故かくらりとして再びベッドに沈む。


「心配するな、雛はお前のもんになった」


「えっ」


俺は自分でも顔がパアァッと明るくなったのが分かった。


エオジさんが呆れている。


「あのグリフォンだがな」


その先はじいちゃんが話してくれるみたいだ。


 


 治療師を見送るために席を外していた母さんが戻って来た。


お茶や軽食が乗ったお盆を持っている。


「皆さん、お疲れでしょう。


お話は座ってお茶を飲みながらどうぞ」


さっきまで心配で死にそうな顔をしていた母さんが、安心したように微笑んで、部屋にあるテーブルに食器を並べていく。


「ありがとう、カリマ。 遠慮なくいただくよ」


エオジさんは母さんの名前を呼び捨てにする。


どうやら親しい間柄のようだ、あとで訊いてみよう。


「それじゃ、話して聞かせようかの」


じいちゃんは俺のベッドの側に椅子を持ってきて、どっかりと座った。




「結果から言えば、雛はお前の好きにしていい」


俺は笑顔でコクンと頷く。


「で、魔鳥の親なんだが。 まあ、グリフォンがいたせいか、姿は見せなかった」


ああ、そうだろうな。


空を飛べるグリフォンはこの辺りじゃ最強だもん。


あと張り合えるとしたらドラゴンくらいだろうし。


まだ見たことないけど。


「しかし、陛下が乗っていたグリフォンが異常にあの雛を気にしていてな」


グリフォンが王城に近づいてすぐに雛に気づき、突っ込んで来たらしい。


「そうなの?」


「ああ」


じいちゃんは母さんにお茶を勧められ、一口飲んでからまた話し始める。




「わしが思うに、あの雛は大鷲のもんだ。 ただ大き過ぎる」


俺にはこの世界の魔獣の標準なんて分からない。


ただ、じいちゃんの話を聞く。


「グリフォンに限らんが、個体数が少ない魔獣は同族以外ともつがいになることがある」


「つがい?」


「早い話、あのグリフォンは大鷲の雛を同族と勘違いしたんじゃ」


「えっ、あんなに小さいのに分かるの?」


産まれたばかりの赤ちゃんだよ。


「つまり、あの大鷲の卵を産んだ雌をグリフォンが番だと勘違いしたんじゃないかって話なのさ」


じいちゃんの話にエオジさんが口を挟んだ。


そういえば魔力を感じるってエオジさんが言ってた。


「じゃあ、もしかしたらグリフォンになるの?、あの雛は」


「いや、グリフォンにはならんだろうな。


グリフォンは誕生そのものが未だに不明なのじゃ」


エオジさんも頷いている。


「あれは、ただの魔力を持った大鷲だな」


ああ、そうなんだ。


グリフォンはグリフォンだもんね。


分かってたけど、何だかちょっと残念な気がする。




 それでも、雛さんが無事で良かった。


「俺、大事にする」


親がいるなら森へ返さないといけないけど、見つかるまではちゃんと面倒みるよ。


 じいちゃんが俺の頭をガシガシと撫でる。


「コリルの魔獣好きは良く知っとる。


ゴゴゴたちも元気に育っとるしな。 そこは心配しとらん」


思わず顔がほころんでしまう。


「長居した。 わしはそろそろ戻るよ」


「うん、ありがとう」


厩舎の世話もあるし忙しいもんね。


じいちゃんが立ち上がると、エオジさんも立ち上がる。


「あ、一つだけ忠告だ」


扉から出ようとしたところでエオジさんが振り返った。


「しばらくはあの雛をグリフォンに見せないようにしろってさ」


父王から頼まれたそうだ。


「でも、どうすればいいの?」


あんな遠い距離から見つけて突っ込んで来るグリフォンに、見つからないように育てるって無理じゃね?。


「そこはちゃんと用意するよ」


エオジさんはウィンクを一つ飛ばして部屋を出て行った。


いや、なんなのさ。


俺におじさんのウィンクなんてされてもキモイだけなんだが。




 その日はベッドから出ることもさせてもらえず、翌朝、俺は家を抜け出して厩舎に向かった。


「あはは、こら、やめろ」


弟たちの大歓迎を受ける。


餌やりはしてくれる人がいるけど、俺は今まで顔を出さなかった日なんて無い。


ごめんよ、心配させたかな。




 グロンが何かを気にしてるのでそっちを見ると、俺専用厩舎の隅に新しい箱型の檻が置いてある。


大きさは俺の胸ぐらいの高さで、人がニ、三人入れる感じ?。


覗き込むとピィピィと声がした。


「おー、雛さん、元気にしてた?」


丸い巣に似せた寝床に、何故か俺がいつも使ってるタオルが詰め込まれている。


 どうしても近くで見たくて、そっと鍵の無い扉を開けて身体を入れてみた。


羽毛がフワフワになってる。 ますます可愛いな。


「お、さっそく来とるな」


「じいちゃん、この檻は?」


「ああ、陛下が貸してくださったんじゃ」


グリフォンの幼体用の檻らしい。


「魔獣の幼体は狙われ易いからな。


発見されないように隠蔽魔法が掛かっとる」


「へええ」


王族専用魔獣だから、ものすごく大切にされてるし、この幼体用檻は他にも強力な魔法が掛かってるみたいだ。


ピィピィ、ピィピィ、ピィピィ


俺に気づくと元気に鳴き出す。


可愛い可愛い。




 デレッとした顔でずっと雛さんを見ていたら、弟たちが身体をスリスリしてくる。


「ああ、ごめんごめん。 でもまだ餌は取りに行けないんだよな」


厩舎に来たのも内緒だし、森なんて当分無理っぽい。


「餌の心配はいらん。 これだけ大きくなればゴゴゴも好き嫌いがはっきりするでな」


敵味方の判別が怪しい幼体のうちは様子を見ながらのお世話になるけど、成体になったらそこは曖昧でもいいらしい。


全部俺がする必要もないってこと。


それはそれでちょっと寂しいけど、これからも俺がずうっと一緒に居られる保証はないしな。


「そうなったら魔法で縛って調教するから心配いらんぞ」


「うん、そうだね」


うちの弟たちはだいたい生後二年。


ゴゴゴの平均寿命が五十年ぐらいらしいから、成体といってもまだまだ若造だ。


「でも従属魔法はもうちょっと待って」


じいちゃんは微笑む。


「ああ、コリルのゴゴゴたちは何か役目があるわけじゃねぇんだから、のんびりしとればええさ」


「ありがとう、じいちゃん」




「あー、礼なら陛下にもちゃんと言っとけよ」


じいちゃんはそう言うけど。


父王かあ。


王城の離れで生活する俺は、王族の居住する宮内部にはあまり入りたくない。


 そうだ。


感謝の手紙にしよう!。


だってまだ体調が不安定だし、それで勘弁してくださいねっと。


その夜、俺はがんばって父王宛てに丁寧に手紙を書いて、一応まだ王宮侍女として働いている母さんにことずけた。


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