第3話 魔獣というものは


 俺は七歳になった。


相変わらず勉強のほうは中の上くらいの成績を修めている。


あんまり優秀過ぎると警戒されるし、これくらいがちょうど良い。


負け惜しみなんかじゃない!、こっちのほうが勉強進んでるとかじゃない!。


前世では勉強は苦手だったけど、今の俺は案外すらすらと理解してるから頭は悪くないんだろうと思う。


 ま、礼儀作法の教師には相変わらず嫌味を言われ続けてるけど、別にそれはいいんだ。


ほんっとに立居振る舞いが完璧なヴェルバート兄を見てると俺なんて下手過ぎて笑えるし。


教師だってあれを基本にしてるから俺が出来ないのを責めるんだ。


でもさ、きっとアンタも子供の頃はここまで出来なかったと思うよ、絶対にね。




「はあ、癒されるぅ」


俺の癒しは王宮の魔獣用厩舎の外れにある俺専用厩舎だ。


トカゲ型魔獣のゴゴゴの幼体たちはしっかり大きく成長してくれて、俺は毎日楽しく通ってる。


王宮の魔獣担当が、ある程度の餌は用意はしてくれるけど、こいつらは俺の我が儘で飼ってるから自分で世話したいんだ。


「じゃ、餌を取りに行ってくるから待ってろよ」


三体の弟たちを撫でる。


 厩舎から出るとグリフォンの声がした。


「あー、陛下かー」


父王は毎日グリフォンを空で散歩させている。


それを見上げながら、俺は何となく手を振った。


もしかしたら向こうが気づいてくれたかもしれないと思ったから。




 護衛のおじさん、エオジさんが近づいて来た。


「コリル、今日はどこにする?」


「ん-っと、この辺りかな。 魔獣の卵を狙ってみようかと」


地図を出して指差す。


「なるほど」


森への狩りは害虫、害獣の駆除が目的でもあるので当然危険もある。


だけど、俺は全然心配してない。


「行くよ、グロン」


グルルルル


俺たちの後ろに黒いゴゴゴが付いてくる。




 俺が育てた、俺の弟たち三体のうちの一体。


弟たちの中では身体はほっそりしてるけど一番賢いグロン。


一般的なゴゴゴは身体の色が茶色か深い緑なのに、このグロンは真っ黒だ。


おまけに普通は目の色が黒色なのに、こいつは赤い。


産まれたときからゴゴゴの群れから仲間外れにされていて、不気味な姿に飼育業者も売り物にならないと見捨てたのを俺がもらったんだ。


「こんなに可愛いのにな」


撫で撫で。


グロンはトカゲ型だけど体表面は案外ツヤツヤして滑らかだ。


「でもホントにこいつはきれいな皮してるねえ」


「でしょう?」


俺はグロンを褒められて、うれしくなってニカッと笑う。




 子供の頃から俺の弟たちには、たっぷり愛情と栄養を与えて育てた。


そのせいか、他のゴゴゴが鎧のような硬い鱗の皮膚なのに、うちの弟たちは滑らかな柔らかい皮膚をしてる。


「こんなんじゃ攻撃されたら怪我するんじゃないか?」


エオジさんが心配そうな顔をする。


「えっ、だってグロンたちは魔法が使えるんですよ?」


一緒に森へ行くのは今日が初めてだったね。


「見て貰えば分かります」


百聞は一見にしかず、っていうんだっけ。




 俺は森に入る前にグロンの背に騎乗する。


おじさんにも乗るように言ったけど遠慮された。


「じゃ、行こうか」


グルッ


合図をするとグロンがボウッと光って、俺ごと身体全体を包み込む。


「おい、そりゃいったい」


エオジさんが驚いた。


「防御結界です」


「な、なるほど」


首を傾げる。




 以前から俺が厩舎で弟たちと遊んでいると、たまに魔獣担当のじいちゃんが来て、俺たちに防御結界の魔法を施してくれた。


俺もゴゴゴたちもまだまだ子供だから、勢い余って怪我するなんて日常茶飯事だったしね。


それが癖になって、いつの間にか弟たちは自分で結界を張ることを覚えた。


他の弟たちは自分にだけ魔法を掛けるんだけど、グロンだけは俺にも掛けてくれる。


だから森に行くときに一緒に連れてってみることにしたんだ。




「普通のゴゴゴは魔法を使わないの?」


俺も首を傾げる。


「あー、危険を感じれば使うこともあるが、移動するだけの時に魔法を使うゴゴゴは見たことないな」


「へえ」


む、これはやっちまったか。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ゴゴゴたちの世話をし始めて二ヶ月くらい経った頃。


俺は弟たちから他の魔獣とは違う何かを感じた。


それまでは自分たちから寄って来なかった弟たちが、ゆっくりだけど俺に近づいて来るようになったんだ。


ただ餌箱をつつくだけだったのが、俺の手から食べたり、撫でて欲しそうに俺の身体に擦り寄ったり。


そうなるともう可愛いくて仕方ない。


 前世では爬虫類どころか、犬猫も飼ったことはなかった。


両親がペットから俺に病気が移ったり怪我させたりするのを嫌がったからだ。


子供が飼うと言っても、結局のところ自分たちが世話をすることになるから面倒だったのかもしれないけどね。




 ゴゴゴはこの国では普通に飼われている魔獣だし、王宮には専門の係もいる。


危ない事なんて滅多にない。


でも誰がどのゴゴゴに乗るかは決まってるんだよね。


騎乗する者と相性が悪いとうまく操作出来ないらしい。


「魔獣は自分が主人だと決めた者にしか懐かないんじゃ」


だから魔法で縛る。


魔獣担当のじいちゃんがそう言ってた。


「わしらはゴゴゴたちが人間を恐れないように育てるだけさ。


後は人間のほうがゴゴゴたちを恐れないで、相棒として接してやってくれれば」


じいちゃんは遠い目をしてた。




 ゴゴゴは見た目が怖いからな。


人間のほうがビビるとゴゴゴのほうも戸惑うらしくて、命令に従わないこともある。


そんな騎乗に向かない人間ほどゴゴゴに対して高圧的に暴力を振う。


馬鹿だよね、体力的に勝てるわけないのに。


「まあ、年に何回かはそんな事件もありますんでな」


俺はじいちゃんに何度も何度も指導を受けた。


あれはまだ子供である俺を傷付けないためだけじゃなく、ゴゴゴたちも守るためだった。


だって、人を襲ったゴゴゴの行く先は決まっているから。


「うん、気をつけるよ」


俺の可愛いい弟たちは決して誰にも傷付けさせない。


そう約束して、ようやく俺は飼うことを許されたんだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 森へ向かいながらグロンの横を歩くエオジさんが俺を見上げて訊いた。


「そいつはコリル専用なのか?」


「俺が育ててるから好きにしていいとは言われてるよ」


専用というわけじゃないけど、まだ俺も弟たちも子供だから魔法で縛れないんだ。


弟たちは俺に懐いてるから一応言う事は聞いてくれる。




 ゴゴゴは基本群れで生活するので仲間意識が強い。


だけどその仲間に入れてもらえない個体がいる。


同じ厩舎で産まれても、先天的に欠陥があったり、他の個体と違うところがある幼体だ。


俺の弟たちも王宮の魔獣用厩舎で産まれたけど納入業者にも引き取りを拒否されている。


そうなると育つうちに自然淘汰されて、弱って死ぬのを待つだけになってしまう。


殺したほうが楽だろうと思うかもしれないけど、ゴゴゴたちは賢いから、たとえ仲間外れの個体だとしても同じゴゴゴを殺した人間を怖がってしまうんだ。


だから放出し、野生に戻す。


「可愛いからもらっちゃった」


「そりゃあ、ゴゴゴも幼体なら可愛いよ、確かにな」


エオジさんもゴゴゴは基本的に大人しいと知っているから顔が怖くても恐れたりしない。




「だけど、ゴゴゴは戦闘向きじゃないからなあ」


「そうですねえ」


攻撃されれば極稀に反撃することはあるらしいが、魔力的には防御に特化してる魔獣だ。


「魔法も防御結界くらいしか使えないし」


他には、逃げ足が速くなる「俊足」とか、広範囲の仲間を呼び寄せる「遠吠」の魔法が使える個体がいるけど、魔力が少ないから結界張ってると使えなかったりする。


 でも俺は弟たちを見てると攻撃型になる可能性はゼロじゃないと思うけどな。


まあ、平和な世界には必要ない力だから黙ってる。


顔が怖いゴゴゴたちが、これ以上怖がられるのもかわいそうだからね。


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