第8話 家庭科部、決裂

「君に、何がわかるのよっ!?」


 普段は平穏なはずの被服室に、悲痛な声が響く。それは空気を切り裂いて、僕にずさりと突き刺さる。


 僕は、僕は────。


***


 彼らから入部届を受け取った僕は、何事もなかったかのようにして被服室に戻った。女子3人はそれなりに話に花を咲かせているようだった。うむ、僕の判断は正しかった。


「あ、新庄くん。」


 こちらに気づいた河合さんが声を上げる。すると、例の新入生はびくりと体を震わせた。


 ・・・・・・もしや僕、嫌われているのか。


 しかし田中と河合さんはその変化には気づかない。田中は僕の手に握られた入部届をめざとく見つける。


「それ、どーしたの?」


「あ、えっとこれは・・・・・・・」


 ドクリ、ドクリと脈打つ心臓の音がはっきり聞こえる。言葉に詰まった。視線が宙を舞う。


「入部、届。さっき預かった。」


「えっ、ウソ!見せて見せて!」


 田中は1年生そっちのけで僕の手に握られた入部届にはしゃいでいる。僕はなす術もなく、それらをそっと彼女に渡した。


 きっと何も知らない田中は心の底から驚き、喜ぶ。そう思っていた。しかし、田中はそう単純でもなかった。さっと数枚の紙切れに目を通すと、顔を曇らせた。


「これ、もしかしてワケアリのやつ?」


「え・・・・・・」


 なんでわかったんだ。そう思っていると、田中は「はあ」とため息をつく。


「こうやって、男子たちが一度に入部届を持ってくるのは大抵、からかいの気持ちがあったり、別にやりたいことがあるけれど帰宅部っていう肩書きが嫌だっていう場合。新庄くんみたいにちゃんと入部してくれる人もいるんだけど、やっぱり毎年いるの。この手の人間が。」


 毎年、という言葉がはひっかかった。もしや。


「今の2年の部員がいないのも?」


「うん、去年はそういうのばっかだったから。流石に断った。」


 田中はなんでもないふうに言う。その奥で河合さんは俯いていて、表情は読み取れない。そして例の1年生はどうしていいかわからないのだろう。キョロキョロと気まずげに視線を彷徨わせている。


「ねえ、かなこちゃん。この男子たち、知ってる?」


 田中に「かなこ」と呼ばれた子はえ、と小さく声を漏らす。そりゃそうだ。ここで話が回ってくるとは思うまい。


「・・・・・・この人たち、全員サッカーを習っていました。今も多分、続けていると思います。」


「やっぱり。そういうことでしょ、新庄くん?」


 僕はうなずく。すると田中は「じゃあ、これ後で返しに行ってくる」とそばの机に少々雑に放った。一枚、机を滑るようにして僕の足元に落ちた。それを拾いながら僕は言う。


「・・・・・・別に、いいんじゃないか?」


「え?」


「別に、そういう奴がいてもいいんじゃないか?今だって部員が足りないんだ。だったらいないよりはいいじゃないか。田中は、家庭科部を守りたいんだろ?」


 胸がギュッと縮むような心地だ。握りしめた拳に自分の爪が刺さって少し痛む。


「そんなこと言ったって、ちゃんとやる気のある部員が入ってくれないとそれこそ来年、再来年に存続しているかわからないじゃない!」


「いや、だから、とりあえず家庭科部の"今"を考えないと!」


 徐々に、お互いの言葉に呼応して大きくなっていく声量。もうこうなってしまっては止まらない。


「部長なら、もっと部全体のことを考えろよ!!」


 僕の叫びを区切りに、その場は静まる。次に何か言おうものなら、全てが崩れ落ちてしまう。そんな風に思えた。


「君に・・・・・・君に、何がわかるのよっ?!」


 田中の、悲痛な叫びが響く。彼女の瞳は語る。怒りを、悔しさを、そして、深く、傷ついていたことを。


 彼女は自分の鞄を持つと、走り去ってしまった。


「新庄くん・・・・・・・。」


「ごめん、ムキになって。僕も、今日は帰るよ。」


 河合さんの気遣うような声も、新入生の痛ましげな表情も、今の僕には耐えられない。


 僕も逃げるようにして、被服室をあとにした。


 


 

 




 

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