第7話 ついに新入部員獲得なるか!?
さて、仮入部期間も佳境を迎えつつある今、家庭科部にはピリリとした空気が張り詰めている。
それは、ただ単に部員が来てくれないからではない。この学校の文化部の花形である吹奏楽部が猛烈な勧誘を行っていること、仲間だと(こちらが勝手に思っていた)美術部に、集中豪雨と言わんばかりに一年生が集まっているからである。
後者は、こちらの思い込みのせいでショックが大きくなっているとして、問題は前者。吹奏楽部の勧誘だった。
この学校では仮入部期間の勧誘は禁止となっている。これは先輩たちの圧に耐えかねて、一年生たちが入りたくもない部活に入ることになってしまう、というシチュエーションを無くすためのルールだ。
吹奏楽部はそれをことごとく破っている。それに加え先生たちは見ないふり。吹部の顧問なんかはもっとやれと言わんばかりなのだそうだ。
「吹奏楽部なんだから、なにもしなくたって小学生の時の経験者が入部するでしょうに。」
といった感じで、田中はプリプリしているのである。
「でも、やっぱりそんなにうまくいかないみたいだよ。中学生になったら別のことをしたいって吹部に入部しない子も結構いるんだって。」
そんな田中を宥めようとする河合さん。僕もそれに加勢する。
「それにしかたないだろう。あっちは全国大会常連なんだからさ。学校側としても結果残したいんだろ。」
「しかたないと言う割にはだいぶ皮肉っぽく聞こえるね。」
しかし僕の言葉を聞いて田中はニヤリと笑う。
確かに、怒っていないといったら嘘になる。ルールを破ってまで部員を確保しようとすることも、先生たちが見て見ぬ振りをしていることも気に食わない。
まあ、このピリついた空気のままでは新入生も入りにくいだろう。僕は新しい話題を引っ張り出す。
「そういえば、今日早瀬さんはどうしたんだ?」
いつも欠かさず来ていた早瀬さんが今日はいない。そのせいか、いつもより余計に被服室が広く感じる。
「あ、今日は休みだよ。その・・・・・・体調不良で。」
「へえ、そうなんだ。」
河合さんが少し戸惑っていたことが少し引っかかったのだが、さほど気になることでもないと思い、深掘りするのをやめた。
「うーん、優希がいないとキルトも進められないなあ。」
「なんでだ?」
「デザインを全面的にやってくれてるのがゆうちゃんなの。私たちは絵心ないから。」
そんなもんなのか。女子は誰が絵を描いたって上手だと思っていた。
「紗夜が描いたミッキーマウスなんて、中国でありがちな偽物ミッキーだもんね。」
「なっ、はなちゃんが描いたのだってそんなに変わらないじゃない!」
ああだこうだと2人が言っている中に当然、僕が入れるわけなく、仕方がないからその辺をぶらぶらしてこようと廊下に出た時だった。
「・・・・・・どうしたんだ?」
僕らが座っていた場所からは死角で見えない位置に、女子生徒が立っていた。
小動物を思わせる小柄な身で、こちらを怯えたような目で見つめている。名札の色は青──1年生だった。
「ああ、もしかして仮入部?」
「え、え、えっと」
「中に入って大丈夫だよ。まだ何もしてないけど。部長がいるからそいつに話を聞くといいさ。」
せっかくの新入生だ。女子だけの空間の方が色々聞きやすいこともあるだろう。
僕は、じゃ、といってその場を立ち去った。その際に、あの1年生がつぶやいた言葉は僕には届かなかった。
「男がいるなんて・・・・・・」
***
「あ、家庭科部の人だ。」
校内をぶらぶらと、適当に散策していると、数名の男子から声をかけられた。
「ちょうどいいじゃん、今ここで渡そうぜ。」
その集団の中の1人が言う。
「これ、入部届なんすけど。」
「え。」
一斉に差し出された入部届に絶句し、言葉を失う。まさか、こんな一度に入部希望者が集まるとは。この前までの閑古鳥が鳴いていた被服室は想像ができない。
内心ニンマリとしながら、「なんで入部しようと思ってくれたんだ?」と調子に乗って聞く。
すると、男子たちは口を揃えて言うのだった。
「俺ら、サッカーのクラブチームに入っていらので、活動日数が少なそうな家庭科部に籍を置いておきたいんす。」
入部届を受け取ろうとしていた手が自然と止まる。けれどもそれは一瞬のことで、すぐにその動きは元に戻る。
「じゃあ、お願いします。」
男子たちはお礼を言って昇降口に向かって歩いて行った。今日もこれからサッカーがあるのかもしれない。その背中を、僕はぼんやりと見つめる。
もやもやとした心地の悪い何かが身体中で蠢いている。
でも、部員を集めるためには、家庭科部を存続させるには、彼らが必要なのだ。きっと、田中も許してくれる。
そんなふうに自分に言い聞かせて、被服室に戻る。窓から吹き込んだ風は、春にしては冷たかった。
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仮入部期間5日目
仮入部希望者 1名
入部希望者 4名
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