第48話 喜びの再会
今年の冬は暖冬になるだろうとの予測がささやかれているが、さずがに朝夕の冷えこみは日に日に厳しくなってきている。
メリルとマリアとジョージがやって来た。三人揃っての来訪は約一年ぶりだ。我が虹いろ探偵団も、今日はローリーも交え、全員が顔を揃えて待っていた。
「こんにちわ、ご無沙汰をしておりました。こうして再び虹いろ探偵団の皆さんにお会いできるなんて光栄です」
と、メリルが笑顔で挨拶をした。
「その節は大変お世話になりました。今日はローリーさんもいらっしゃるんですね。あえて嬉しいです」
と、ジョージが言った。
僕もです、とローリーはジョージに再会の握手を求めた。勿論、笑顔でジョージもそれに応じた。
「またリンダやキッシュに会えて嬉しいわ。今年の夏、無事にエイドが30歳を迎えたの。その報告が出来るなんて、私の祈りが叶ったのね」
と、マリアが満面の笑みで言った。
「取りあえず、みんな掛けてちょうだい。美味しい珈琲を淹れるわ」
と、言って私はキッチンに立った。
こうしてこの懐かしい面々に珈琲を淹れる日が再び訪れたことに、私は素直に喜びを感じた。
さあ、どうぞ、と私は淹れたての珈琲と、ほんのりとチョコの風味がする焼き菓子を振舞った。
メリルもマリアもジョージも黒猫もローリーも皆、嬉しそうだった。一年前のあの数か月が、それほどまでに私たちの心を強く結びつけていたのだと、今更のように感じずにはいられなかった。
「エイドが無事に30歳をむかえられて良かったわね。おめでとう」
と、私はあらためてメリルとジョージ、そしてマリアに言った。
「有り難うございます。今年の春からはエイドも希望通りの就職をし、おかげ様で今も元気に頑張っています」
と、メリルが言った。
「だけど、油断は出来ないの。うちの長男が越えることが出来ない30代はまだ始まったばかりよ。引き続き、気を引き締めて家族の団結が必要なの」
と、マリアが言った。
「まあ、心強いことね、マリアがいると」
と、私が笑った。
「あっ、そうだ、ママから聞いたんだけど、ロイとジミーのこと」
と、マリアが言った。
「そうなのよ、あくまでも私の仮説だけれど」
と、私が言った。
「でも、リンダの仮説は間違っていないと思うわ。じゃなきゃ、ロイとトムが真っ黒い姿で顕れて、ハリスとジミーが白い姿で顕れた意味がわからないもの。ママもジョージパパも同じ意見よ」
と、マリアが言った。
「私、昔本で読んだことがあるんです。人は死ぬと、一度死の世界に行って、また生まれ変わるけれど、自殺をした人はその場所に止まるらしいのです。何処にも行けなくて動けなくて、生まれ変わることが出来ないそうなんです。私、ふとその事を思い出したんです。だから、ロイもトムも死んだ部屋に止まっていたんだって」
と、メリルが言った。
「そうなのよ、だからキッシュがいなかったら、ロイもトムもあの部屋から出ることは出来ないままだったってことなのよ。キッシュは命の恩人ね、ロイとトムにとって」
と、マリアが言った。
「命の恩人ったって、相手は既に死んでるんだから、妙な話だけど」
と、黒猫が言った。
「でもマリアの言う通りだと思います。あのまま真っ黒い姿で、あの部屋から出られなければ、次の生へと生まれ変わることが出来なかった訳ですから。やはり命の恩人だと私も思います」
と、メリルが言った。
でも……と、首を傾げて、マリアが訊いた。
「そもそも、どうして自殺だと黒くなるの?」
「そうね、どうしてかしら…」
と、メリルの小さな呟きとともに、誰もが途方に暮れているようだった。
すると、ジョージが恐る恐る
「死を選ぶということ自体が、ネガティブな感情だからじゃないでしょうか?いや、これは実体験からです。私の別人格が、ヘドロのように真っ黒だったものですから…」
と、申し訳なさように言った。
「なるほど……確かに、そうとも考えられるわね。私なんか、根暗な性格だったからじゃないの、なんてね。さすがに、これじゃ単純すぎるって自分でも呆れちゃったけど」
と、マリアが言った。
私は、
「メリルはどう?見解を聞かせて」
と、メリルを振り返った。
「実は、私もずっと疑問に感じていたことです。でも正直、今もわかりません。ただ…死を選ぶことがネガティブな思考だから、とか、根暗だからとか、負の要素を意味する、そんな単純なことではない気がします。もっと、私たちが及ばないような深遠な理由なんだと思います」
と、メリルがあらためて自分の考えを確かめるように言った。
「そうね、私も、あの奇蹟のような体験以来、頭の隅でいつもメリルと同じようなことを感じていたわ」
と、私は、この一年ずっと考えあぐねていた結論を語った。
ある経典には、この世で一番尊いのは生命(いのち)である、と明記されている。生命こそが尊極の宝であると。尊極の宝である生命、それ自体がこの大宇宙を貫く根源の法である、と。その尊極の宝である生命を輝かせて生ききることこそが、この世に生まれる意味そのものだと。それ故に、生命を軽んじることこそが一番の罪である、と説かれている。
「だから、自ら命を絶つということは、この大宇宙において一番重い罪なんだって。私、以前にピエールさんからその話を聞いたことを思い出したの。そしたら、すーっと頭を覆っていた霧が晴れていくような気がしたわ。ま、これも、私の仮説の域を出ないのだけれど」
と、私は言った。
“生命”という峻厳な響きに、みんな一瞬、水に打たれたような表情と静けさだった。
その静寂を一番に破ったのは、やはりマリアだった。
「自殺が一番罪が重いの?他人を殺すことよりも?」
「ええ、そうらしいわ。尤も、その経典に照らし合わせれば、の話だけど」
すかさず、今度は
「じゃ、それは、他人を殺しても罪にならない、ってこと?どう考えたって殺人のほうが悪いことじゃない。絶対に自殺より重そうだけど」
と、率直な疑問を投げかけてきた。
いかにも、マリアらしい質問だ、と私は感じつつ、一点の曇りもなく、納得できるまで食らいついて諦めないことが、マリアの長所だ、とあらためて感服させられた。
「さすがに、罪にならない、ってことはないだろうけれど。確か、罪の重さにランクがあったんじゃないかな…よく知らないけれど」
と、ジョージが言った。
「そうね、例えば、殺人や窃盗なんかは、悪の所業に含まれるのかしら」
と、私が言った。
「悪の所業って?難しくて全然わかんないっ」
と、半ばマリアがふくれっ面になるのをなだめるように
「行動や振る舞いだよ。人間には善の行いと、悪の行いっていうのがあるだろ」
と、キッシュが言った。
「分かったーっ!一日一善ね!」
と、妙な頷きをするアリアに皆呆れつつ、今にも脱線しそうな話を軌道修正するようにメリルが言った。
「その経典からいえば、自ら命を絶つということは、悪の所業いぜんの問題ということになるんですね」
今度はジョージが呟いた。
「生まれてきた意味自体を否定することになる……ってことですか」
すると、その呟きを受けるように、今度は珍しくローリーが口を開いた。
「それって、そもそも生命がこの世に出現するという宇宙の法則に、沿っていないということになるのかな」
暫く、沈黙が流れた。皆の思考が、それぞれの内面の深いところで波打っているようだった。
「生命こそが…この大宇宙の…根源の法…ですか…」
再び、ジョージが一語一語を思索するように呟いた。
「生まれては死に、生まれては死に、そうやって命は綿々と受け継がれてきた…。そもそも、それは人間だけじゃなく、動物も自然も。人間が出現する前から、生命の法則として受け継がれてきたってことですね」
と、メリルが言った。それを受けて
「そもそも、宇宙の誕生もそういうことになりますね」
と、ジョージが言った。
メリルは、
「生ききることこそが、生まれた意味…」
と、自身の胸に刻み込むように、あらためて呟いた。
「要するに、みんな簡単に死ぬな、ってことだよ!」
と、キッシュが言った。
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