第43話 12月12日、カーチス家(続)
ロイの弟は少し驚いたようだが黙っていた。
「ジミーは車のなかで発見されたって聞いているけれど、他に外傷ななかったのかしら?例えば首のあたりとか」
と、マリアが訊いた。
「一酸化炭素中毒だって聞いているし、車には練炭も積んでいたって聞いたような気がするから、どちらにしろ眠るように死んだんじゃないかな。俺はジミーが死んだ時はまだ田舎に出戻っていなかったから、直接は知らないんだ」
と、ロイの弟は言った。
「ジミーってどんな人だったの?知りたいわ」
と、マリアが言った。
「子供の時は陽気な奴だったよ、よく遊んだし。だけど、俺がハイスクールの寮に入ってからは会うことがなくなったから」
と、ロイの弟は言った。
そして、メリルとマリアに
「親族とはいえ一度も会ったことがないのに、今さらどうしてジミーのことを知りたがるんだ。根ほり葉ほり聞き出してどうするつもりなんだ」
と、不審さを露わにして訊いた。
「それは……そう、ジミーがマリアの夢に出てきたからよ」
と、メリルは咄嗟に答えた。
「そう、いきなり夢に現れて、ジミー・カーチスですって自己紹介されたの。それで目が覚めてママに、ジミー・カーチスって人が夢に出てきたんだけど誰か心当たりがある?って訊いたのよね」
と、マリアも咄嗟に話を合わせた。
「それでマリアも一緒に来たってわけなのよ、実は。因みにジミーの写真なんかはないの?」
と、メリルはロイの弟に訊いた。すると、
「小さい頃はジミーと一緒に写っている写真がたくさんあったにはあったよ。だけど、もう今は全部捨ててしまって、無いな」
と、ロイの弟は言った。
そこへ、
「さあさ、お茶にしましょう」
と言って、叔母がお茶とお菓子を持って入って来た。
ロイの弟が、叔母にジミーの写真は残っているかと訊いた。ジミーの写真?と叔母が怪訝そうな顔をした。
「はい。実は、ジミー・カーチスが私の夢に突然現れまして」
と、マリアが慌てて言った。
「まあ、ジミーがマリアちゃんの夢に?不思議なこともあるものね」
と、叔母が言った。
「はい、本当に不思議としか言いようがなくて。それで、何か意味があるのかと、今日はマリアも連れて来たという次第です」
と、メリルが叔母に言った。
「まあ、そういうことだったの。それでマリアちゃんがわざわざ来てくれた意味がわかったわ」
と、叔母が言った。そして、
「ジミーの写っている写真はもう、うちにはないわね。ロイが死んだ時に、叔父さんが写真も何もかも捨ててしまったのよ、ロイのことを思い出すのが辛いからって。その捨てた写真のかなにはジミーと一緒に写っているものもあったはずだけど」
と、叔母が言った。
「そうですか。実はロイがまだ生きている時に、ジミー・カーチスの死を聞かされていました。それ以来ずっとジミーのことを祈っていたんです。勿論、今はロイのことも。だから、せめて写真だけでもあれば見せていただきたかったのですけれど、残念です」
と、メリルは言った。
「でも、ジミーがマリアちゃんの夢に出てきたなんて、考えれば考える程不思議なこともあるものね」
と、あらためて叔母が言った。
「はい、やはり親族って繋がっているのかなって思いました。それに、夢に出てきたジミーがあまりにもにこやかなので、本当に自殺なのかなって、そこも不思議で。もしかしたら、誰かに傷を負わされて死んだのかなって」
と、マリアが言った。
「誰かにってことはないわね。ジミーは確実に自殺よ。ジミーの車を発見した人が、車内から窓の隙間をこれでもかって程にガムテープで埋めてあったって言っていたわ。あれだけ頑丈にテープを張りめぐらせるだけでも骨がおれることだったろうって証言するくらいにね」
と、叔母が言った。
「実は、私の兄も、メリルと結婚する前年に亡くなっています」
と、ジョージが言った。
「まあ、そうだったの。ご病気で?」
と、叔母がジョージに訊いた。
「いえ、自殺です」
と、ジョージが答えた。
叔母もロイの弟も、驚いたようだった。
そして、
「うちの親族はみんな、若くで死ぬのね。どうしてかしら」
と、叔母が言った。
「わかりません。でも、ハリスやロイやジミー、また夫になったジョージの兄が同じような年齢で亡くなっているのは、偶然じゃない気がするんです。だからこそ、二度とこんな悲しいことが起こらないようにって祈るばかりで。ねえ叔母さん、みんな同じ悲しみを抱いているからこそ、残された親族が寄り添いながら仲良くしていくことが大事だって思うんです。ロンド家もカーチス家も。またそれが最高の供養にもなると思うんです」
と、メリルが言った。
叔母は目を閉じて暫く考えるようにして、そして言った。
「メリルの言うことがきっと正しいのだと思うけれど、私には無理ね。今となっては溝が深まりすぎたわ」
そこに叔父が再び入って来て、話は打ち切られた。
叔父は、マリアのために町を案内してやると車を出して待っていた。メリルとマリアとジョージは叔父の高級車に乗せられ、ウミネコが飛来する海洋公園に着いた。車を降りたマリアが目の前に現れた大きな石灰の山を見て叫んだ。
「うわーっ本当に真っ白なのね、こんなのはじめて見たわ!」
叔父は、マリアの声を背中に聞きながら、白い石灰の山の反対側を目指して歩いて行く。メリルとマリアとジョージも小走りに後についた。そこには、碧く光る海がひろがっていた。
「きゃーっ素敵!」
と、マリアが感嘆の声をあげた。
ジョージも、目が覚めるような海を前にして感嘆のため息をついた。
「この石灰の白と、エメラルドグリーンのような碧い海のコントラストを、エーゲ海に例える人もいるくらいなのよ」
と、メリルが言った。
暫く、叔父もメリルもマリアもジョージも目の前にひろがる海を眺めた。それ以上誰も、何も言わなかった。
海洋公園を後にして、牡蠣の養殖場や渡船乗り場、移民村や、レモン畑やオレンジ畑、梅の木畑などを通り抜けた。マリアは終始ご機嫌で、あれやこれやと質問をしながら叔父を喜ばせた。そして最後に叔父は、町の小学校や中学校をまわり、
「お前の母親が通っていたところだ。ロンド家もカーチス家もみんな、子供の頃はここに通ったんだ」
と、マリアに言った。
夕暮れ、漁師町の港に架かる大きな橋の上から真っ赤に燃える海を見た。まるで水平線が焼けつくようだった。
「この海を見てママは育ったの?」
と、マリアが訊いた。
「そうね」
と、メリルが答えた。
夕暮れの照り返しをうけて、メリルの頬もマリアの横顔も赤く染まっていた。
メリルとマリアとジョージはカーチス家をあとにした。
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