第42話 12月12日、カーチス家

メリルは事前に、ロイの母であるカーチスの叔母に連絡をしておいたので、直接本家に顔を出して昼食はそこで取るようにとのことだった。メリルとジョージとマリアはカーチス家の高級車が何台も並ぶ駐車場の一番端に車を停め、カーチスの本家を訪ねた。

「まあメリル、よく来てくれたわね」

と、叔母はメリルを抱きかかえるようにして言った。そして、メリルの後ろにいるマリアを見て、

「もしかして、マリアちゃん?」

と、訊いた。

「はい、マリアです。今日は叔母さんたちに会いたくてママに無理を言って連れて来てもらったんです」

と、マリアが突然の訪問を怪しまれないように言った。

「まあ、それはそれはようこそ。どこの奇麗なお嬢さんかと思ったけれど、メリルに目がそっくりだからすぐわかったわ」

と、叔母は言った。そして

「ジョージさんもようこそいらっしゃいました。車の運転疲れたでしょ」

とジョージにも声をかけた。

メリルとマリアとジョージは大広間に通された。来客用の長テーブルには昼食が用意されていた。

「ゆっくりと掛けて休憩していてちょうだい。今、主人を呼んで来るわね。マリアちゃんも一緒だって言ったらきっとびっくりするわよ」

と、言って叔母は叔父を呼びに部屋を出て行った。

「ママ、ジョージパパのお母さんに長男たちのことを話したように、叔母さんや叔父さんにも真実を話すの?」

と、マリアが声を潜めて訊いた。

「多分それは無理ね。それでなくったってロンド家とカーチス家は仲が悪くて、言葉を選ばないとどこで地雷を踏むかわからないのに、いきなり長男の死の真相に迫るなんて、きっと叔父さんが怒るわ」

と、メリルも声を潜めて言った。

と、そこへ

「おう、メリルよく来たな。今日は娘も連れて来たのか。どんな風の吹き回しだ」

と、言って叔父が入ってきた。

「叔父さん、ご無沙汰をしております。お元気でいらっしゃいましたか?」

と、メリルが挨拶をした。ジョージも、お邪魔します、と頭を下げたが、叔父はそんな挨拶などどうでもいいというように、

「おう娘か、名前はマリアだって、メリルの娘にしてはなかなか美人じゃないか」

と、マリアに向かって言った。

「まあ、叔父さんお褒めいただいてありがとうございます。はじめましてマリアです」

と、張り付いたような笑顔でマリアが挨拶をした。

叔母が、

「まあ、積もる話はあとにして、さあさ、食べてちょうだい」

と、促した。そして、

「マリアちゃん、食べたいものがあったら何でも言ってちょうだい。何か好きなものはある?」

と、マリアに訊いた。

「いえ、何も。もう、この目の前のご馳走だけで充分です」

と、マリアは答えた。

そして、叔父は世間の景気や動向について語り、ジョージの仕事についてもいくつかの質問をした。そして、今度はマリアに

「今まで一度も顔を出したことがないのに、どうして来たんだ?心境の変化でもあったのか?」

と、笑いながら訊いた。

「はい、私も大人にならなきゃなって思いました。自分のルーツを知って、そろそろ足元を固めなくちゃいけない年頃かと」

と、マリアが言った。

すると、叔父はさも面白いといったふうに大笑いをして

「大人にだって。マリアはなかなか面白いことを言うな」

と、言った。そして

「それで、ルーツはわかったのか?」

と、マリアに訊いた。

「いえ、今からです。そう思ってまずは叔父様のところにお邪魔しました」

と、マリアは言った。

「それで、実際に来てみて、母親の故郷はどうだ?」

と、叔父は訊いた。

「はい。とても海がきれいなところで見とれました。正直、母からも今まで故郷の話は聞いたことがなかったので、来る道中でクジラの話や、ウミネコが飛来する海洋公園の話やらを聞いてびっくりしました。それで、もっと母の故郷や家族のことが知りたくなりました」

と、マリアが言った。

すると、叔父が手を横に振って

「やめておけ。知るのは故郷の海だけでいい。メリルの親の話なんかは知ってもろくなもんじゃないぞ。マリアにとっては祖父や祖母になるがな」

と、叔父が言った。

「母からもそう聞かされていますが、何しろ今まで会ってもいないものだから、確かめたくて」

と、マリアが言った。

叔父は面白そうにマリアを見て、まあ好きにしろ、と言った。

そこに、カーチス家の次男であるロイの弟が入って来た。

「おう、お前もここに来て一緒に昼飯にしろ。メリルの娘がなかなか面白いぞ」

と、叔父が言って次男を長テーブルに促した。

「お久しぶり。今日は娘のマリアがカーチスの皆さんに会いたいっていうものだから連れて来たの」

と、メリルがロイの弟に挨拶をした。

ロイの弟は静かに頷いて、ちらとマリアを見た。

マリアはロイの弟に笑顔で会釈し、

「嬉しいわ、ママの従弟に会えるなんて。ママがよく言ってたじゃない、故郷に帰る度にメリル姉さんって慕ってくれる従弟がいるって」

と、唐突にロイの話題を振った。

「ああ、それはロイのことよ。こちらはロイの弟さん」

と、メリルは平静を装って言った。

一瞬、緊張の糸が走った。気まずい空気が立ち込めるのをお構いなしにマリアは続けた。

「そのロイはどちらにいらっしゃるの?会いたいわ」

メリルは、咄嗟に言葉が見つからず、どぎまぎとして黙った。

「マリアちゃんは知らなくて当然ね、ロイは死んだのよ」

と、叔母が言った。

「えっ、知りませんでした。ごめんなさい」

と、マリアは叔母に言った。

「えっ、でもロイはまだ若かったんじゃないですか?」

と、マリアが叔母に訊いた。

「ええ。若かったわ」

と、叔母が言った。すると、

「お前たち、そんな湿っぽい話なんかやめろ。他に面白い話はないのか」

と、笑みが消えた顔の叔父が言った。

メリルもジョージもマリアも一旦話題を変え、最近観た映画の話やら近所に生まれた子犬の話やら、当たり障りのない話で談笑した。そして、ジョージがゲーム好きであること、息子のエイドがアニメオタクであること、マリアが爬虫類好きであること、メリルが異常に掃除好きであることなどに触れ、ロイの弟に何か好きなこと、夢中になっていることは?と質問をした。

ロイの弟は少し考えて

「昔はバスケットボールが好きだった」

と、答えた。

「わお、バスケットボール格好良いわね。だから、背が高いのね」

と、マリアがはしゃいだように言った。

「同じ従弟でもハリスとは大違いね。ハリスは背が低いことを気にしていたから」

と、メリルが笑って言った。

「ハリスは背が低かったっけ?中学生の頃までしか知らないから…」

と、ロイの弟が記憶をたどるように言った。

「そうね、ハリスはその後すぐに故郷を出たから」

と、メリルが言った。

「ハリスやロイもみんな、従弟同士だから仲が良かったんでしょ?」

と、マリアが楽し気な雰囲気を装って訊いた。

「まあ、仲が悪くはなかったけど、まだ子供だったし。だけど、俺もロイもハリスとは歳が離れていたから、ハリスの弟のほうがよく覚えているよ。特にロイはハリスの弟とは同い年だったから仲が良かったんじゃないかな」

と、ロイの弟が言った。

「お前ら、またそんな面白くもない昔話をするのか、勝手にしろ」

と、叔父が不機嫌に部屋を出て行った。

叔母が、

「叔父さんはロイの話が出るといつも不機嫌になるんだけど、気にしないで。私は、美味しい食後のデザートを用意してくるわ。ゆっくりとしてちょうだいね」

と、言って部屋を出て行った。

叔母の足音が遠くなったのを確かめて、メリルは思い切ってロイの弟に言った。

「実は、ジミー・カーチスのことを知りたいの。生前一度もジミーには会ったことがないけれど、ロイからジミーが亡くなったことは聞いていたから、ずっと今も祈り続けているの」

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