第44話 ちょっと早いクリスマス
翌週、メリルとマリアとジョージがやって来た。事前にマリアから、夕食をせずにお腹を空かせて待っているようにと連絡を受けていたので、私も黒猫もその通りに待っていた。ローリーもちょうど仕事を終えて帰ってきた。玄関のベルが鳴り、ドアを開けるなり、メリークリスマス!と叫びながら大きなケーキや買い物袋を提げたマリアとメリル、ジョージが入って来た。
「どうしたの?クリスマスにはまだ早いわよ」
と、私は驚いて言った。
「いいの、いいの、気にしない。ちょっと早めのメリークリスマスよ!」
と、マリアが言って、買ってきた食材をテーブルいっぱいに並べた。
「先日私の故郷に行った報告を、マリアがどうしてもこんな風に、クリスマスを兼ねて楽しくやりたいって言うもので」
と、メリルが言った。
「だって、ママの故郷に行って嬉しかったんだもん。かつてママが故郷を捨てて出て来たくらいだから、さぞかし嫌な所で嫌な親族だろうって期待していたんだけど、見事に裏切られちゃった。でも、それが何だか嬉しくてお祝いをしたくなったの」
と、マリアが言った。
「まあ、それは良かった。それで、ジョージやメリルの故郷を訪れて自分の原点は見えたの?」
と、私はマリアに訊いた。
「原点かどうかはわからないけれど、港の橋で水平線に落ちる真っ赤な夕日を見た時、まるで心が鷲づかみされたように動けなくなったの。その瞬間、思ったの。この故郷をなかったことになんか出来っこないって。例え、ママに辛い思い出しかなかったとしてもね」
と、マリアが言った。そして、
「だって、現にママを育てたのはあの故郷なんだから」
と、付け加えた。
ジョージがシャンパンを抜いた。ローリーがクラッカーを鳴らした。そして、みんな一斉にシャンパングラスを片手に声を合わせた。
「メリークリスマス!」
部屋にはメリルが灯した数々のキャンドルが煌めいていた。お腹が空いていた私たちは目の前のご馳走にとびついた。部屋いっぱいに笑顔が咲いていた。
マリアは、メリルの故郷で見た絶景の海やクジラの話、レモン畑や渡船乗り場を、私やローリー、黒猫に語った。そして、ロイの弟や叔母さんの前で咄嗟に出た嘘のことも。
「だってまさか、ジミーの幽霊が生首だけで現れたなんて言えるわけないじゃない。どうせ、信じてくれないんだし」
と、マリアが言った。
「ただでさえカーチスの家では言葉を選ばなきゃいけないと思っているのに、叔父さんの前でマリアがぎくっとするようなことを言い出すものだから、内心冷や汗をかいたわ」
と、メリルが言った。
「だって、どうやってでもロイやジミーの話にごぎつけたかったんだもん」
と、マリアが言った。
「でも、マリアのおかげで写真のことも聞くことが出来たじゃないか」
と、ジョージが言った。
「そうね。結局手に入らなかったけれど、諦めがついたわ」
と、メリルが言った。
「はじめて会ったカーチスの叔母さんと叔父さんだけど、私のことを歓迎してくれているのがわかったわ。叔父さんはちょっと口が悪くて最初はびっくりしたけど。それに、叔母さんも融通が利かなさそうな感じはするけど、如何にも、うちの血筋ねって憎めない感じがしたの」
と、マリアが言った。
「そうね、カーチスの叔父さんは昔からあんな物言いだから、私の母もよく泣いていたわ。それに私の妹も」
と、メリルが言った。
「じゃ、マリアの口が悪いのは、カーチスの叔父さん譲りなの?」
と、黒猫が笑いながら言った。
失礼ね、とマリアは黒猫に返し、
「どんなに悪人で嫌な人たちなんだろうって思っていたんだけど、会ってみたら案外普通の人だったことにびっくりしたわ。叔父さんに至っては、横柄に振舞ってはいるけれど、息子を亡くしたことに目を背けているただの傷ついた人だった。どこにでもいる人。そんなに良い人たちでもなく、でもそんなに悪い人たちでもない、普通の人たち」
と、マリアが言った。
「確かに、マリアの言うとおりかも知れないわね。人間、神さまのように完璧な人もいないし、それなりに、付き合ってみれば根っから悪い人もいないし。みんな大差なく普通の人たちなのかも」
と、私が言った。
「むしろ、そんな普通の人たちのなかで、知らず知らずのうちに、長男を死なすような業が積まれていったんだってことに驚いたわ」
と、マリアが言った。
「本当ね。私たちが、ジョージの分身が現れた時に過ちを犯しそうになったように」
と、メリルが言った。そして
「今回の件で、何の罪もないマリアやエイドにまで憎しみの感情を植えつけてしまっていたのは私なんだって、思い知りました。そして、その憎しみの連鎖がハリスやロイたちに止まらず、エイドまでを失うかも知れない形で自分に返ってきたんだってことも」
と、メリルが目を伏せた。
「いいじゃない、気づけたんだから。これからいくらでもやり直しがきくじゃない。まだ間に合うわ。エイドも救える」
と、私は言った。
「そうよママ。私、今から思いっきり親族を愛せる気がするのよ。今まで憎んできた30年分を取り戻すつもりでね」
と、マリアが言った。
そうですね、とメリルが頷いた。
ローリーとジョージも楽しそうに話している。まさかローリーも、虹いろ探偵団の依頼人とこんな風に少し早めのクリスマスを祝えるとは思っていなかっただろう。本当に人生はいつだって、妙としか言いようがないのだ。黒猫はキャンドルの煌めく窓際で美味しそうに煙草をふかしながら目を細めて笑っていた。
そして、マリアがみんなに言った。
「ちょっと早めのクリスマスをした訳は、もうひとつあるの。それは間借りのジミーがクリスマスの日に家を出たって聞いたから。だから、ジミーにクリスマスの楽しい思い出をプレゼントしたくって。そうすれば、この先ジミーは、クリスマスに家を出なくて済むかしらってね」
そして、マリアは黒猫に訊いた。
「ねえキッシュ、間借りのジミーは何か言っている?間借りのジミーは、今このパーティーを楽しんでくれている?」
「間借りのジミーは、さっきからずっと笑顔で見ているよ。メリルとマリアとジョージの最高の家族をね」
と、黒猫が答えた。
マリアは満足そうに頷いた。
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