第26話 こんがらがった糸
メリルとマリアがジョージを連れてやってきた。そして、ハリスの指定した9月13日のいきさつを語ってくれた。
「私、弟がハリスを自殺だと思っていたなんて、今のいままで考えたこともなくて…」
と、メリルが言った。
「ハリスは自殺じゃないんでしょ?」
と、私が訊いた。
「はい、自殺なんかじゃありません。間違いなく不慮の事故です。それだけは確信があります」
と、メリルはきっぱりと言った。
「でも、自殺じゃないって証明できないことが悔しいのです。ハリスだってきっと不本意だと思います」
と、メリルは沈痛な面持ちで言った。
「ママの弟だから私にとっては叔父に当たる訳でしょ。あの叔父さんったら正気じゃないわ。横にいてぞっとしたわ」
と、マリアが身震いするように言った。そして、
「あんな奴と話しても無駄よ。まともじゃないもの」
と。
メリルはため息をついて言った。
「ママもそう思っていたわ、だから出来るだけ関わらないようにしてきたの。でもその事が間違いだったって気づいたのよ」
「だからってどうしようもないじゃない、あっちがあんな調子じゃ。死にたきゃ死ねばいいのよ、あんな奴!ハリスやジミーじゃなくて、あいつが死ねばよかったのよ!やっぱり着いて行くんじゃなかった。親戚なんて糞くらえだわ!私、もう次は着いて行かないわよ!」
と、マリアが剣幕でまくしたてた。
「マリア、言葉が過ぎるわよ!」
と、黒猫がたしなめた。
「仮にも、長男が四人も死んでいる事実があるのよ。それに次はエイドの番かも知れないって時に…」
と言って、メリルは、はっとしたように続けた。
「今、まざまざと思い知りました。こうやって家族が罵り合って、いがみ合ってきたこと自体が業を生んだんじゃないでしょうか」
「業?」
と、私が訊いた。
「はい、今マリアの言葉を聞いて、自分の姿が見えました」
と、メリルは話し出した。
今、マリアが放った言葉を聞いて、まるでフラッシュバックのようにメリルは気づいた。かつて、自分もマリアと同じ言葉を放っていたことに。父親など死んでしまえばいい、母親など糞くらえだと。そして、理由はどうであれ、他人を死んでしまえばいい、糞くらえだと言い放つ心根の正体は命を軽んじることではないか、と。その命を軽んじること自体が罪深く、業を生んでしまったのではないかと。
「ママ、何よそれ!まるで私が悪いっていうの?私が長男たちを殺したっていうの?元はと言えば、私が親族のことを嫌いになったのだってママのせいじゃない!ママが親族を嫌っていたからじゃない!それなのにハリスが死んだからって、いきなり故郷に帰って親族と仲良くするなんて言われたって納得いく訳がないじゃない!」
と、マリアが激しい口調で言った。
「そうね、マリアの言う通りよ。マリアのせいじゃない、ママのせいよ、全部」
と、メリルが言った。
「親子ですもの、私の姿がマリアの姿です」
と、メリルが続けた。
メリルの姿は、メリルの母の姿でもあった。メリルの母も両親を嫌っていた。現に今も行方不明のまま、年老いた母親のもとさえ訪れることがない。そんな身勝手な姉を妹であるカーチスの叔母は憎んでいる。カーチス家においては、ロイの父とジミーの父は対立し、その溝は深まるばかりだと聞いている。メリルの父にしても例外ではない。もともと厳格な家柄のロンド家で、素行の悪いメリルの父は、両親はともより兄たち一同からも疎んじられてきた。そして、その家族間の憎悪は、そのままメリルたち姉弟間にも連鎖していた。
「相手を憎んで軽んじる、死んでしまえと命を軽んじる罪が何世代にもわたって繰り返されてきたんじゃないでしょうか、うちの親族は。だから罰が当たったんだと思います」
と、メリルは顔を覆った。ずっと黙って聞いていたジョージがメリルの肩を抱いた。
と、その時
「痛、痛いよ、ジミー」
と、黒猫が言った。
「ジミーの心が痛がってる。どうやら、メリルの言っていることは核心をついているわね」
と、黒猫が言った。
「命の大切さを教えるために長男たちが死んだってこと?」
と、マリアが蒼ざめて言った。
「メリルの言ったことが正しいなら、一家の業を背負って死んだってことじゃないかしら」
と、私が言った。
「昔から、長男が家を継ぐって言われてるのは、そういうこともあるんじゃない」
と、黒猫が補足する形で言った。
「まさに、長男に生まれ出るということは、そういう意味じゃないでしょうか。ハリスの言った家族を救え、とは、みなが命の尊さを知ることであり、こんがらがった憎しみの糸をほどいていくことでしかないと思います」
と、メリルが言った。
「そんなことママひとりがわかったって仕方ないじゃない。ほかの誰もそれに気づきもしないのに!誰ひとり、言ったって理解する気もないのに!何故、いつもママだけが頑張らなきゃいけないの?何故、ママだけが大変な目にあうの?だから親族が許せないのよ!」
と、マリアが泣きながら言った。
「長男が一家の業を背負うなら、長女もまた同じだと思います。ハリスが命の大切さを教えるために命を落としたなら、私もまた命をかけて、その大切さを家族に伝えていくしかないと思います」
と、メリルは言った。
「そうね。そのためには、マリアやジョージの支えが必要だわ」
と、私が言った。
「ジミーが家族の団結だって」
と、黒猫が言うと、すかさずマリアが返した。
「ジミーったらうるさいわね!わかっているわよ!」
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